上 下
66 / 67
番外編

2 アルフレッド

しおりを挟む

 アルフレッドは思い出しながら、ぽつぽつと話した。



 ブロディとの婚約が成立した。ケリーには諦めてもらうため、『アルフレッドがブロディに惚れ込み、三日三晩土下座して頼んでようやく了承してくれた』ということになっている。

 王城のとある一室を借りて、慎重に伝えたのだが……、それを知ったケリーは、表情を削ぎ落とし、次の瞬間、自分の首へ太い刺繍針を突き刺そうとしたのだ。
 持ち前の反射神経でギリギリ止めたが、ケリーは泣きじゃくって止まらない。

『ッ!?何をしている、ケリー!』
『だって……だって!アルフ、あなたが私を捨てようとするから!』

『私がいつ君を拾った!?』
『ずっとよ!ずっと一緒にいてくれたじゃない……!ハッ!そうよ!無責任な男!今日、もう私は30なの!婚約はしちゃったけど婚姻はまだよね!?ほら、責任をとって!』

『な……、何を言っているんだ。優秀な侍女だった君が、道理のないことを……』
『結婚に道理もクソもないわよ!ほら!婚姻届はここにあるから!結婚!けっこん!!ケッコン!!!』

 ケリーが血走った目でどこからか出してきたのは、分厚い婚姻契約書だった。ちらりと見ただけでも全てが『アルフレッドは×××すること』とあり、ケリー優位のもので、当然のように、すでにケリーのサインがしてあった。優秀な能力の無駄遣いである。
 アルフレッドは完全に怯え、未知の魔物の巣窟にいるような心地になっていた。

(どうしよう。一番のカードを切ったというのに全く効かない……!どうすれば諦めてくれるんだ!?分からない!!)

 その時。

 空中からふわりと現れたのが、グロリアスだった。少し透けていることから、本物ではなく幻影だということが分かる。

『はい、お嬢さん、そこまで。うちの大事な騎士を恐喝、詐欺しようとした罪で王都から出てもらうよ』
『なっ……先王陛下!?』
『アルフレッド、君は少し優しすぎるね。すぐに応援が行くから、安心して』

 そうグロリアスの言うが早いか、アルフレッドの部下となった後輩騎士たちが流れ込んでくる。

「先輩大丈夫ですか!?」
「ボクたちに任せて下さい!」

 そしてテキパキとケリーを拘束し、どうやらそのまま強制退去となった、らしい。

 ぽかんとしたままのアルフレッドに、グロリアスが言った。

『すごいのに目をつけられたねぇ。彼女は強制退去になるだけで、別に鞭打ちなどはしないから、反省するかは分からない。王都の外に出る時は用心した方が良いかもしれないよ』
『はっ……はい!ありがとうございます!ありがとうございます!!本当に、助かりました……!でも、また自殺なんてしたら……』

 そう不安がるアルフレッドに、グロリアスはちくりと釘を刺す。

『死なせたくないなら、一生側にいる覚悟はある?無いのであれば、死ぬも生きるも彼女の判断。君の幼馴染だろうが、口を出す権利はないと思うけど』

『そ……そうですね!すみません、血迷いました。私にはケリーの人生を背負う覚悟はありません。この御恩は必ず返します……!』

『ふふ。普通に職務を続けてくれたら、それでいい。頼むよ』

 アルフレッドは深く頭を下げた。この人ほど、顔を見てホッと出来る人はいない。そう心から痛感した。






「……と、こういうことがあって」
「グロリアス様、クソかっこいいですね」

「そうなんだよ。シオン様が惚れるのも納得の格好良さ」
「分かります。シオン様の横にグロリアス様がいるから、安心して見れると言うか」

「それ。本当にそれ」


 カチ、とグラスをぶつけ合う。ウンウンと頷きながら酒を酌み交わす二人は、今この瞬間、誰よりも分かち合っている自信があった。

 シオンにはシオンに相応しい絶対的な守護者が必要で、もし居なかったとして、自分がそれになれるかと言えば、否。一時的な雨除けにはなれても、生涯守り切れるかは自信がない。むしろ、シオンに守られてしまい、恐縮する自分が見えてしまっていた。


 そういう心の弱さを、この男二人は自覚している。とは言え、自分が弱いとは思っていない。グロリアスが異常に強く、頼り甲斐がありすぎるだけだから。


「……そう言う意味では、私は、君と婚約関係になれたのは僥倖だ。一緒にいるのに、まるで自分といるかのように気を使わない」
「確かに、俺たちは似ていますからねぇ……」

 アルフレッドはベルを鳴らし、シーサーペントのほろほろ煮込みを頼んだ。その注文を聞いたブロディは『ジジイか』と揶揄う。



 笑い合う二人が、酔ったはずみで一夜を共に過ごす際、どちらが上になるかでまたも喧嘩をする日が来るなんて、今はまだ誰も知らない。








しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。 全17話、約6万文字。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

離縁してくださいと言ったら、大騒ぎになったのですが?

ネコ
恋愛
子爵令嬢レイラは北の領主グレアムと政略結婚をするも、彼が愛しているのは幼い頃から世話してきた従姉妹らしい。夫婦生活らしい交流すらなく、仕事と家事を押し付けられるばかり。ある日、従姉妹とグレアムの微妙な関係を目撃し、全てを諦める。

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 本編完結しました! 時々おまけのお話を更新しています。

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている

飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話 アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。 無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。 ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。 朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。 連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。 ※6/20追記。 少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。 今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。 1話目はちょっと暗めですが………。 宜しかったらお付き合い下さいませ。 多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。 ストックが切れるまで、毎日更新予定です。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

【完】僕の弟と僕の護衛騎士は、赤い糸で繋がっている

たまとら
BL
赤い糸が見えるキリルは、自分には糸が無いのでやさぐれ気味です

処理中です...