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本編
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しおりを挟む「……元気、そうで良かった」
「……そう」
「その、……心配していた。ウィンストンが離反したと聞いて、やっとお前が、スキルを得られたと分かったよ」
「そっか」
「今回も、この領を助けてくれてありがとう。俺、親父に色々叩き込まれているけど、全然追いつけなくて。従兄弟の方が余程出来ててさ。まぁ、10も上だから当然と言えば当然かもしれないけど」
「……」
気まずい空気を押し流すように、エリオットは喋り続けた。この間、僕は黙って土壌に栄養を与えている。
「聞いてくれ。元々騎士を齧るのは確かに俺の我儘だったから、後で詰め込まれるのは覚悟していたつもりだったんだ。でも毎日の睡眠が五時間なんだ!朝から昼、昼から夜、夜中はアペルが煩いし……」
エリオットがぺらぺらと話し続ける内容は、仕事が多すぎることや、王都で起こったこと、それによる被害、そして、アペルがいつまでも僕との浮気をねちねちと責めてくることなど、多岐に渡った愚痴だった。
「……それで、アペルは何度も夜を要求するんだ。けど、いくら儀式を受けていたって授かり物は授かり物だろ。そもそも、まだ結婚してから間がないし」
「それ、僕が聞かなきゃいけないことかな」
仕事は終わった。ふう、とエリオットを見れば、なんだか、とても間の抜けた表情。
「その……そう……だな……、そう、か。シオンはまだ、俺を求めてくれると思ったけど」
「は……は?」
エリオットの考えていることが、分からない。関係を終わらせておいて、何?
「もしかして、まだ僕が縋ってくるのだと思っていた?自分から去って行ったくせに?」
怪訝な顔つきになった僕に、エリオットは項垂れたように、のそのそと話す。
「ずっと、好きだったんだ。シオン、お前のことが。だからあの時求められて、嬉しかった。けれど、あのままの関係を続けて、いつか殿下にバレたら、俺まで処罰を受ける気がして……逃げたんだ。保身だ……俺は、お前ごと攫って、逃げるほどの覚悟が持てなかったんだ」
「なに、を、今更……」
「お前にも、アペルにも悪いことをしたと思う。お前は高嶺の花で、手に入れられるなんて思ってもみなかった。アペルなら安心して側に置けた。でも、やっと手に入れられたと思ったら、今度は立場が難しくて。でも、今なら……」
カッと憤りが込み上げ、奥歯を噛み締めた。
なんて……なんて自分勝手なんだ。という思いと、でも僕だって自分勝手だったという思いで、ごっちゃになる。
僕に、エリオットを責める資格なんて無いのかもしれない。けれど、あの頃、最も辛かった時の僕が、『ふざけるな!』と怒っている。ああもう、どうしたらいい!
「ねぇねぇ、なんの話~?」
「グロリアス!」
ぱたぱたと駆け寄ってくるグロリアスに、ほっとする。身体中に蓄えてしまった怒りが、ぷしゅうと抜けていく。
抜けていった怒りの代わりに、グロリアスからもらった安寧が注ぎ込まれる。そうだよ、エリオットのことなど、気にすることはない。僕はもう、彼に関わる気は無いし、何を言われても退けられる立場にいる。
「ねぇ、そろそろ帰ろ?侯爵、ご馳走の用意してるって言ってたよね」
「そうだね、そうしよう。じゃあ、……失礼しますね」
「シオン……!」
まだ話したそうなエリオットを置いて、グロリアスと転移をした。全部、全部今更。本当に辛かった時に離された手は、もう、二度と掴みたくはならないのだ。
夕食の後は、グロリアスとバルコニーで、ホットミルクを飲むことにした。
冷たい夜風に当たりながら、ふかふかの毛布に二人でくるまり、大きめのマグに作ってもらった甘めのホットミルクで温まる。熱すぎて、まだ飲めないけど、陶器から伝わる熱が僕を温めてくれる。それから、毛布の中で絡まる僕とグロリアスの尻尾も。僕のスラッとした尻尾と違い、グロリアスの尻尾はもふもふなので、包み込まれている感じがとてもいい。
「エリオットはさ」
僕が話すのを、グロリアスはいつだって妨げない。神の御使らしくーーーー違うとは分かってるけどーーーー穏やかな顔で聞いてくれる。例え、支離滅裂で意味の分からない話でも。
「僕の地獄が始まる前に、エリオットで知っておけば、怖くないんじゃないかって思って、巻き込んだ。その選択は僕の本能ーーーーというか、危機感からくるものだったと思う。結果として、後悔はしてない」
「そうなんだ」
ズズ、とミルクを飲む音。それが二つ、続く。
「でも、最後はエリオットが正気に戻って、断ち切られた。それもね、今考えれば仕方ない。彼には彼の生活がある。恨んでないと言ったら嘘になるけど、どこかで幸せになるんだろうって思ってた。今回隣領に行くことになるまで、忘れていたくらい、もうなんにも思ってない」
「へえ……なんにも?」
「……うん。でも、今日話しかけられて、『まだ好かれてる』って勘違いしているみたいでビックリした。どうしてそう思えるんだろう?エリオットの方から、僕を捨てたくせに」
「ああ、そういえば。自分から振った恋人は、いつまでも自分を好きでいてくれてる、と勘違いしている人は多いらしいよ」
「そうなの?それ、何調べ?」
「おれ調べ」
グロリアスって本当に何者なんだろうか。
ふと、誰かを大切にするグロリアスを想像して、胸がきゅぅうと痛くなった。
「……?どうしたの、シオン。痛い?」
よしよし、と片手で背中を摩られる。どうしよう、僕って本当に弱くなっちゃった。でも、摩る手から、元気が湧いてくる。
「エリオットは恋人じゃなかった。互いに利用……してた、だけだったんだ。だからもう、関わらない。うん、決めた!ありがとう、聞いてくれて。……グロリアス。ねぇ、君、誰にでもこんなに優しいの?」
「おれ?おれのこと、気になる?」
グロリアスは天使のように可愛らしい顔で笑い、僕を見上げる。
「もっともっと気になってね。それまで、秘密」
「なにそれ」
クスクス笑い合う。
もうすっかり、気分は晴れていた。
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