26 / 67
本編
26 エリオットside
しおりを挟むアペルがシオンに暴言を吐き、自室に軟禁されたらしい。
二人が顔を合わせれば、良くないことなど分かりきっていた。だからエリオットはアペルを自由にさせないよう、領地の孤児院への見舞いや難民の移動などの、足を使う仕事を任せたというのに、それも放り出して行ってしまったらしい。
「エリオット。悲しい知らせだ」
「……はい」
「お前を嫡男から外す。私の可愛い息子だが、やはりその甘さが領主として相応しいとは言えない」
「……っ!そんな!俺は、アペルをシオンに合わせないようにしました!勝手に会いに行ったのはアペルです!」
「そうだな。しかし、一日中監視をしていた訳ではないだろう?妻一人制御出来ない男だということだ。領地の端の、湖の近くに別邸があるから、そちらで暮らすように」
「そうしたら、次期当主は……」
「ブロディには断られてしまったからな。別の者を遠縁から養子にもらう。はは、ブロディの推薦なら、お前よりよほど安心だろう」
「父上……っ!」
「はぁ……アペル殿も、アペル殿だ。シオン殿に、耳にするのも恐ろしい暴言を吐いた、と。領地ごと吹き飛ばなかったのは、シオン殿の温情だ。謝罪の文を書くように」
「……直接、会ってきます」
「だめだ!それは向こうが望んでおられない。絶対に、会いに行くなよ。お前の顔も見たくないそうだ……お前、一体何をしたんだ?」
「え、い、い、いえ、何も」
伯爵の言葉は、エリオットに衝撃を与えた。
幼い頃から優しく、仲良くしてきたシオンだ。
にわかには信じがたい。いや、信じたくなかった。
無闇にもウィンストン領城まで出向く。
当然のように門前払いされたことによって、エリオットは理解せざるを得なかった。
(シオンに、嫌われた?……まさか。嘘だ)
最後に会った時はどんな表情だったか?
シオンは既に以前のような、親しい者に向ける瞳はしていなかったのに、自分語りに一生懸命だったエリオットは気付いていなかった。
「君が、エリオット?」
そう話しかける、可愛らしい猫耳の少年がいた。確かシオンの下男かなにかをしている少年————エリオットは正式に紹介されていないため、知らない————だったと、エリオットはほっとする。
「君は……!シオンに、伝えてくれないだろうか。話がしたいと」
「それなら、おれに言ってみたら?シオンに話さないといけない内容なら、伝えてあげるよ」
「……大人の話だから、君にはちょっと……」
「それなら、シオンには伝えなくていいね?じゃあ」
「まっ、待ってくれ!頼む、聞いてくれ!」
グロリアスはエリオットを近くの切り株に座らせ、話を聞く体勢を取った。取ったが、肘をつき手に顎を乗せた不遜なポーズ。しかし、今のエリオットにはシオンへ辿り着く唯一。
少年の態度には目を瞑り、声に熱を籠らせる。
「俺は、シオンを愛しているんだ。物心ついた時から、ずっとだ。もう俺たちの間に障害は無い。だから安心して、嫁いできてくれと、そう、伝えて欲しい」
目をしぱしぱと瞬かせたグロリアスは、一拍考えていた。
(こいつは、何を、言っているんだ?)
予想の斜め上をぶち抜けた言葉に、目が虚になる。とりあえず一番分からないのが、“障害はない“の言葉だろう。
「……?ええと、『障害』って、何だったの?」
「シオンは王子の婚約者だったけど、もうそうじゃ無くなった。それに、俺たちが愛し合った時は、まだ王子に目をつけられると良くない時期だった。でも今は違う!同じ領民を同じ立場で救おうとしている。だから、結婚に支障はない」
「あれ、エリオット、君、奥さんいたよね?」
少年らしからぬ言葉だが、エリオットは気付かない。感情は昂り、伝えたい言葉が濁流のように溢れる。この少年に、いかにシオンが安心出来る状況だということを分かってもらわなくてはならない。
「いるにはいるが、シオンの足元にも及ばない、ただ、俺のことを好いていて、子供を産むというから娶っただけの妻だ」
「じゃあなんで、離縁してからここに来なかったの?」
「離縁には、父上の許可がいる。シオンを連れていかないと、父上は納得しないだろう。一緒に父上に会ってくれれば、すぐにでも離縁できる」
「そうとは思えないけど……」
「子供には分からないさ。けど、シオンに伝えてくれ。待ってる、と」
「ふうん。まず、お父君に聞いてみようね」
グロリアスはにこりと微笑むと、エリオットを引っ掴み伯爵家へ転移した。
目を白黒させたエリオットはぽいと放って、伯爵に話を通す。
「伯爵、君のご子息はウィンストン城に来て、シオンに会いたいと数時間騒いでいたよ。それに妻と離縁してシオンを娶るとか。……躾不足なんじゃないかな?」
「……っ!なんと!申し訳ありません!これ!エリオット!何故行った!」
「だ、だって……!」
「子供でもあるまいに、『だって』じゃない!この、愚か者!」
「シオンは!俺に突き放されて傷付いているんだ!謝らないと!俺だって辛かったんだ!」
「は……?お前、何を……」
「失礼」
グロリアスはエリオットの後頭部を峰打ちして昏倒させた。これ以上、余計なことしか言わない口を開かせないように。グエ、と鳴いたエリオットは床へ伸びる。
「伯爵。分かっているとは思いますが……」
「ええ、ええ。勿論です。エリオットはアペル殿と共に、別邸に閉じ込めます。出られないように監視もつけますから、どうか……」
「信じましょう。今は」
その翌日には、エリオットはアペルと共に、押し込められるようにして別邸へと移動させられた。
別邸というだけあり、住むのには困らない。家事なども使用人がついている。ただし、伯爵邸にいた時よりもグレードは格段に下がり、ちょっと裕福な平民と同じ程度の生活となった。
アペルは、与えられた内職をやりながらぶつぶつと文句を垂れる。
「なんでボクがこんな所に……!予算ってなにさ!」
「贅沢をしたければ自分で稼げ、と……父上が」
「エリオット、パパがパパがっていつまで言うの!?乗っ取ってやる、くらいの気位を持ってさぁ、早く跡を継げるようにアピールのひとつでもしてきたらどうなの!?」
民芸品の小物に延々と紐を括り付ける、地味に根気と器用さの求められる仕事だ。エリオットは黙りこくり、淡々と作業をする。アペルの愚痴は、口を挟むほどに悪化すると、分かっているから。
そうなると考えてしまうのは、シオンのこと。
エリオットは、シオンが自分に抱かれたのは愛があった訳ではないと知っていた。
あの状況では幼馴染に縋りたくもなるだろう、と。
それでもエリオットの方はシオンを愛したかった。この上ないチャンスだった。そうして優しく抱き、シオンに求められているうちに、エリオットは勘違いをした。
シオンは、自分を愛するようになったのだと。
エリオットはシオンを手に入れた。そう安心すると同時に達成感に満たされ、日に日にシオンにかける時間は減っていった。結婚式前になると、エリオットに依存してくるシオンに少し、煩わしさを感じていた。
手に入れたかったのは『誰からも敬われるシオン』。しかし手に入ったのは、『誰からも便利に扱っていいとされるシオン』、『自分にすら縋るシオン』。あれだけ切望していたシオンが、あまり輝いて見えなくなってしまった。
もう身体も心も手に入った。政略的にも旨味のあるアペルと別れてまで、手に入れるほどではないと判断したのだ。
けれど、今は違う。救世主となったシオンは、やはり以前の……いや、以前以上に美しく輝いていた。
領民も、領主ではなくシオンを崇める。それはその筈で、スキルによって難民諸共引き受け、平和を齎したからだ。
「シオン……」
何故、自分の元に来ないのだろう?
愛してもいないアペルと、一生ここで暮らしていかなければならないなんて、
(そんなはずはない、……よな?)
400
お気に入りに追加
872
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした
和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。
そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。
* 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵
* 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください
僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました
楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。
ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。
喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。
「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」
契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。
エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
不憫王子に転生したら、獣人王太子の番になりました
織緒こん
BL
日本の大学生だった前世の記憶を持つクラフトクリフは異世界の王子に転生したものの、母親の身分が低く、同母の姉と共に継母である王妃に虐げられていた。そんなある日、父王が獣人族の国へ戦争を仕掛け、あっという間に負けてしまう。戦勝国の代表として乗り込んできたのは、なんと獅子獣人の王太子のリカルデロ! 彼は臣下にクラフトクリフを戦利品として側妃にしたらどうかとすすめられるが、王子があまりに痩せて見すぼらしいせいか、きっぱり「いらない」と断る。それでもクラフトクリフの処遇を決めかねた臣下たちは、彼をリカルデロの後宮に入れた。そこで、しばらく世話をされたクラフトクリフはやがて健康を取り戻し、再び、リカルデロと会う。すると、何故か、リカルデロは突然、クラフトクリフを溺愛し始めた。リカルデロの態度に心当たりのないクラフトクリフは情熱的な彼に戸惑うばかりで――!?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください
わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。
まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!?
悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
【完結】健康な身体に成り代わったので異世界を満喫します。
白(しろ)
BL
神様曰く、これはお節介らしい。
僕の身体は運が悪くとても脆く出来ていた。心臓の部分が。だからそろそろダメかもな、なんて思っていたある日の夢で僕は健康な身体を手に入れていた。
けれどそれは僕の身体じゃなくて、まるで天使のように綺麗な顔をした人の身体だった。
どうせ夢だ、すぐに覚めると思っていたのに夢は覚めない。それどころか感じる全てがリアルで、もしかしてこれは現実なのかもしれないと有り得ない考えに及んだとき、頭に鈴の音が響いた。
「お節介を焼くことにした。なに心配することはない。ただ、成り代わるだけさ。お前が欲しくて堪らなかった身体に」
神様らしき人の差配で、僕は僕じゃない人物として生きることになった。
これは健康な身体を手に入れた僕が、好きなように生きていくお話。
本編は三人称です。
R−18に該当するページには※を付けます。
毎日20時更新
登場人物
ラファエル・ローデン
金髪青眼の美青年。無邪気であどけなくもあるが無鉄砲で好奇心旺盛。
ある日人が変わったように活発になったことで親しい人たちを戸惑わせた。今では受け入れられている。
首筋で脈を取るのがクセ。
アルフレッド
茶髪に赤目の迫力ある男前苦労人。ラファエルの友人であり相棒。
剣の腕が立ち騎士団への入団を強く望まれていたが縛り付けられるのを嫌う性格な為断った。
神様
ガラが悪い大男。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
αからΩになった俺が幸せを掴むまで
なの
BL
柴田海、本名大嶋海里、21歳、今はオメガ、職業……オメガの出張風俗店勤務。
10年前、父が亡くなって新しいお義父さんと義兄貴ができた。
義兄貴は俺に優しくて、俺は大好きだった。
アルファと言われていた俺だったがある日熱を出してしまった。
義兄貴に看病されるうちにヒートのような症状が…
義兄貴と一線を超えてしまって逃げ出した。そんな海里は生きていくためにオメガの出張風俗店で働くようになった。
そんな海里が本当の幸せを掴むまで…
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
5回も婚約破棄されたんで、もう関わりたくありません
くるむ
BL
進化により男も子を産め、同性婚が当たり前となった世界で、
ノエル・モンゴメリー侯爵令息はルーク・クラーク公爵令息と婚約するが、本命の伯爵令嬢を諦められないからと破棄をされてしまう。その後辛い日々を送り若くして死んでしまうが、なぜかいつも婚約破棄をされる朝に巻き戻ってしまう。しかも5回も。
だが6回目に巻き戻った時、婚約破棄当時ではなく、ルークと婚約する前まで巻き戻っていた。
今度こそ、自分が不幸になる切っ掛けとなるルークに近づかないようにと決意するノエルだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる