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本編
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しおりを挟む例えエリオットと相対してしまい気分が落ちても、いつもの如くグロリアスによって機嫌を回復した僕は、仕事に取り掛かる。
大きくなったウィンストン領の管理は、流石に大変。ということで代官さんとの顔合わせの日、僕は伯爵領の屋敷にて、もてなされていた。
「優秀な人だって言っていたけど、普通に会話できる人だといいな……」
「そうだといいね。シオンの背負う荷物が多すぎるもの。分担させたいね」
グロリアスもにこにこと座って、紅茶を飲んでいる。
砂糖はほんの少しで、檸檬や柑橘類を入れて飲むのが好きらしい。本当、何者なんだろね、グロリアス。僕の方が甘いミルクティーを好むから、どっちが子供だかわからないや。
ほっこりと緩やかな時間を過ごしていると、水を差す刺々しい会話が、聞こえてくる。
『……ですから、それは無理です。ご容赦を』
『なんで?だって、あれだよ?ボクの、旦那を寝とった奴だよ?なんで、今言わなきゃいつ言うの!』
『それが真実であっても、私や領民が助かる唯一の光ですよ。シオン様は』
どうやら、部屋の外で揉めているらしい。グロリアスと顔を見合わせ、静かに頷いた。
『慰謝料!お金!お金だよ!出来るだけ多くぶん取らないと気が済まない!それに物資や嗜好品も、優秀な人材だって寄越して欲しいの。そう交渉してよ、ね、ブロディ、お願い、ね?』
アペルの甘い声だ。対する男の声は、僕すら両腕をさすりたくなるくらい冷たいものだった。
『……そんなことをして、この契約が打ち切られれば、どうなるか、お分かりでない?シオン様たちは、別にこの領を助けなくても良いのです。崖で断絶されているのですから、うちがどれだけ荒廃しようと関係がない。そのくらい、あの領は揺るがないということです』
『そっ、そうだけど、さぁ!ボク、一度も謝ってもらってないんだよ。エリオットの幼馴染だからってずっとくっついてさ、昔から浮気してたに違いないのに、認めないんだ。どれだけ辛かったのか分かる?ボクね、本当に辛かったんだ……うっ、うっ、……』
『当時のシオン様の状況の方がお辛かったと思いますが。あなたが騎士達をけしかけたことは知っています。それから、その騎士達は現在捕虜としてウィンストンに拘留されていることも。……その後の詳細までは、不明ですが』
どき、とした。ブロディと呼ばれる代官、情報をよく仕入れている。
騎士たちに囲まれたことを少し思い出して、吐き気が込み上げた。僕に群がる男たちは虫の群れのようで、触手に絡め取られて粘液を浴びせられたのが僕。捕食される蝶の気持ちが分かったような、そんな記憶が。
忘れたい記憶ほど、忘れないように出来ているらしい。
「……っ」
「シオン。だいじょうぶ、おれがいる」
グロリアスに抱きしめられる。細っこい腕だけど、何より落ち着く高い体温。
震えそうになる手で、希望にしがみついた。
『でもでも!不貞だよ?ブロディ、そういうの嫌いでしょう?なんで……っ、なんで、ボクの味方をしてくれないのさ!』
『あなたに私なんぞの同情は不要でしょう。それより、くれぐれもシオン様に失礼をしないでくださいね。手を切った瞬間、私たちは王家から滅ぼされますよ』
『そんな!せめて、せめて慰謝料は……っ』
『いいですか、アペル様。今の領主の立場は、王国側についても蹂躙されるだけ。放置したらば領民に嬲り殺される。ですから、領地が吸収されようが、ウィンストンに守って貰える、隣に位置していることだけでも大きなアドバンテージなのですよ。それを、あなたの勝手な私怨でフイにしないでください』
『ふ、うぇぇぇんっ!なんで、なんで……っ!』
ぐすぐすとした泣き声が聞こえて、僕はなんと言ったら良いのか微妙な気分になっていた。
アペルは歴とした被害者だ。夫が他の男と通じていたなんて、許せないだろう。
慰謝料は、確かに払うべきかもしれない。けれどアペルの場合、どれだけ捧げようとも満足することはないだろう。
それに、アペルは僕を騎士たちの前に放り出した。まるで狙っていたかのように、計画的に。何人もの騎士に犯された、その分の慰謝料を請求しても良いだろうか?
そうぼんやりと考えていると、トントントン、ときっちりとしたノックが聞こえてきた。
「失礼致します」
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