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本編
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しおりを挟むウィンストン領への移住希望者が、遠目で見ても分かる程に壮大な列をなしていた。
「すごい行列。これ、みんな入りたい人たち?アリの行列みたいだね」
「ふふ、そうだね、グロリアス。でもね、流石に全員は無理かなぁ……」
高い門の上から眺めると、疲れ切った、どんよりとした顔つきの人々の姿がよく分かる。
移民は何も持たない。僅かな家財道具だけで、職も、家も持たずに入ろうとしてくる。彼らは命もかかっているものだから死に物狂いで、入れないとひどい癇癪を起こす。
先日も橋を落とされたり、扉の外に落書きや何かを投げつけた跡があったようだが、僕が行くまでも無かった。だって水魔法の使い手が綺麗にしてくれたし、橋は領民たちにより綺麗な予備がたくさん作られているので、いくらでも掛け直せる。
いつの間に行ってきたのか、グロリアスが言うには、実行犯にはその動機などよおく話を聞いてから、二度と領内に入れないよう、額に一生消えない印を入れて追い返したらしい。うんうん、いいと思う。そう、少し強めに仕返しをしないと、後から後からキリが無いもの。
領内の治安は最高で、かつて無いほど落ち着いているのに、ここに移民が入ってきたなら、どうなるか。想像に容易い。
「もう既にお隣の領に迷惑をかけているみたい」
「分かるの?」
「ミニ蛇持ってる騎士団員が何人か、家族ごと移住したいみたいで。あの中にいるけど、けっこう、雰囲気悪いよ」
「ますます入れたくないなぁ……、よし、お隣と交渉しようかな」
お父様の執務室へと転移した。次から次へとひっきりなしに部下たちが訪れる、この部屋の主であるお父様も、疲労で目の下が黒い。
そんな疲れたお父様には申し訳ないのだけれど、現在移民希望者で溢れかえっているだろう隣の領へと行くことを提案した。
「そうだな、必要事項だな。そういえば、あそこのエリオットくんは、どうなんだ?最近。城では……」
「う」
「すまん、浅慮だった……何も聞かない」
「いえ、いいんです。ただ、会いたくないだけで」
そうだった……。エリオットは、隣の伯爵家出身。だからこそ、幼い頃から仲良くしていた。
今頃、もう結婚しているだろうな。あれから数ヶ月経った。僕のことなど忘れているだろうか。
エリオットが僕を突き放したことについては、今は恨んでいない。僕も共犯者だから。依存先が今はグロリアスに変わっただけ。
その婚約者だったアペルにされたことも、甘んじて受け止める。自分の婚約者を守るために、したことだ。……とても、辛かったけれど。
僕は詳しいことは話さず、ただエリオットとアペルには会いたくないと伝えた。お父様は沈痛な面持ちで、『ばったりでも会わないよう、先方に配慮するよう伝えておく』と言い、肩を優しく叩いてくれた。
そんなエリオットたちのいる屋敷に向かうのは、大変億劫でも、父親だけで向かわせるのは不安だった。僕の【反射】の膜を付けたとしても、馬車ごと誘拐されたらどうしようとか、色々考えてしまって何も手につかないことが想像出来る。
だから、僕は伯爵領に、父と、グロリアスも連れてやってきた。
「お久しぶりです、侯爵様、シオン様!はて、こちらは……」
「僕の大事なパートナーのグロリアスです。彼の言葉は僕の言葉と思ってくださいね」
「やや、そうでしたか!よろしくお願いします、グロリアス様。どうぞこちらに!」
「歓迎、ありがとう」
「いえいえ、こちらこそお伺いもできず、すみません。ご足労を」
エリオットの父親である伯爵は、応接室へと案内をしてくれた。この人は、単純でいい人である。エリオットと違い背が低く丸っこい体型だからか、それとも幼少期から知っている人だからか、恐怖感は感じない。
そこで打ち合わせた内容は、トントンと決まっていった。
僕の力を使い、伯爵領もまたウィンストン領にくっつけるようにして独立させる。それと同時に、伯爵領も王家に離反することとなるが、僕たちの傘下に入る。攻撃の対象となった場合、保護する。その代わり、伯爵は全面的に統治権を父に委ねることになった。
「これで、ほっとしました。もう私の力ではどうにもならない……領民たちが無事であれば、なんでも。今、移民が大量に入ってきて大変なことになっているので……、王都で起こっていることを思えば、当然のことかと」
そう言った伯爵は、疲れていた。お父様よりも目の下のクマがひどい。
「……ご子息に、引き継ぎはされていないのですか?」
「それが、どうも上手く行っておらんのです。まぁ、新婚ですから、暫くはと思って甘やかしていた私も悪くてですな。今、早急に詰め込んでいる最中ですが……」
「が?」
「代官が優秀すぎて、どうにも見劣りしてしまうんですよ。あ、代官は分家の子爵家から来てくれた青年でして、優柔不断な息子より、余程判断力を持っているんです。いやはや、お恥ずかしい」
「いえ、ご子息は、優しい子でしたからねぇ」
「それだけが取り柄の愚息でして。はは」
父と苦笑しあう伯爵は、エリオットそっくりの、困り眉だ。そうだったな。エリオットは、優しいとも言えるし、優柔不断とも言える。
「その、シオン様。エリオットとその嫁は近付かないよう言い含めておりますが……もし良ければ、理由など伺っても?」
「ごめんなさい。言いたくないのです。もう少し時間をください」
「ええ、ええ……もちろんでございます」
伯爵は、とっても気になっていそうな顔だったが、何もかも明らかにすることは憚られた。狡いけれど、いつか言えるのかな。うーん、出来るだけ先延ばしにしたい。
どうも、伯爵を見るとエリオットを思い出す。エリオットが僕を抱き、僕の欲しがる言葉をくれたこと。そしてアペルのことを思い出したのか、僕の依存度に恐れをなしたのか、分からないけれど、慌てて突き放した。
それでも当時の僕にとって救いの杖だった。無ければ途端に転んで立てなくなる、そんな存在だったのだ。そしてさらに言えば、もう今は必要のない、倉庫の奥に押し込んで忘れてしまいたい杖となった。
その日から、隣領を隔離、ウィンストン領へくっつけたり、新たな城壁を作ったりと、大忙しだった。
土地は接続しているが、ウィンストン領へ入れる人は限定した。身寄りが無かったり、幼児がいたりと、社会的弱者を優先する。
うちの領のほうが格段に治安が良く、豊かであるから、入領希望者は殺到してしまっているのだ。
それを解消するためにも、伯爵領の治安向上と豊穣に力を入れなくちゃならない。
「シオン!」
「……あ」
今日も黙々と、隣領の土壌を整えていると、エリオットが、来た。僕はあちこちに転移をしているため、偶然発見されてしまったらしい。
最後に見た時より、随分と草臥れている。近付いてきたので、土を払って立ち上がった。
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