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本編

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 僕の救いは、エリオットだけだった。

 エリオットにも婚約者がいる。それは重々、承知している。
 けれど押しに弱いエリオットに付け込み、僕はエリオットに抱かれることを唯一の逃げ場にしていた。


「……ハァっ……はぁっ……」

 エリオットの呼吸と、衣擦れの音。僕の体はあんまり反応しない。なんとなく、気持ちいいような気もする。一方でエリオットは気持ち良いらしく懸命に腰を振っているので、僕は雰囲気を盛り下げないために、少しだけそれっぽい声を出す。

「……んっ……、」
「もう、いいか?」
「うん、」

 熱が放たれた。内部は満たされていくのに、僕は空っぽのままだった。儀式を受けていないので、妊娠することはない。つまり普通の男性と同じ体。そのまま放置すると腹を下してしまう。

 中に出さない方法もあるのに、エリオットは知らないのかなあ。知らないはずはないと思うけど……まぁ、いいか……。後で、自分で掻き出せば。

「……愛している」
「…………ぼ、くも」


 そんな、ベッドの上だけの睦言。けれど、それでもいい。エリオットは優しく、丁寧に僕を抱くから。


 汚れた身体を上書きしてもらえるような。

 甘く蕩け、現世から離れる時間。





 けれど、その時間は長くは続かない。

「それじゃあ、そろそろ行く」
「もう?まだ……」
「……家に、もう来ているから。待たれているんだ」

 口を噤んだのは、エリオットの婚約者の話だから。急速に現実でガツンと殴られ、夢から醒めていく。
 卒業してから、数ヶ月か。確かに、嫁入り前に婚約者の家へ移動する者も多いし、エリオットの婚約者もそうなのだろう。

 そそくさと衣服を身につけたエリオットは、申し訳なさそうに眉を下げて、手早く出て行った。

 長くても小一時間ほどで、いつもエリオットは帰ってしまう。婚約者が待っているから。分かる。分かっている。僕にかける時間など、無いってことは。

 会えば会うほど、エリオットとの時間は短く、行為はおざなりになっていく。














 僕の食事は平民用に支給される硬いパンと、野菜屑のスープだけ。貴重な食糧のため残さず食べているが、行為によって吐く事も多いし、腹は頻繁に下す。
 実際に粗相をしてしまったこともある。僕としては汚いのだから帰ればいいと思うのに、水魔法のスキル持ちは結構多いため、綺麗にされてしまう。もう、人としての尊厳はほとんど残っていなかった。

 それでも、それでも、甘んじてこの役目を果たさなければ。父や弟の顔を思い浮かべて、耐えていた。憎らしいことに回復力だけは高い僕の体でも、肋骨の浮くほどに痩せ、自慢だったベルベットのような艶々の尻尾は毛が抜け、ひどく見窄らしい。



 容姿は明らかに衰えているというのに、何故か、僕の身体を使う男たちは大胆になっていった。

「お前ら、俺に遠慮はしないのかよ」
「いやぁ、本当になかなか空いてなくて。さすが人気の、シオン様」
「ははっ!男娼より名器だからなぁ」

 執務机に手をつけさせられている。ここでは、扉を開けた人にすぐに見られてしまうのに、もはや気にする恥じらいは持ち合わせていないらしい。

 文官か、何らかの候補生か。分からないが、三人の男によって服は剥ぎ取られ、悪趣味な赤いリボンを首に巻かれていた。

「可愛い、似合いますよ!子猫ちゃん」
「こんな淫らな子猫ちゃんなんかいるか?っは、締まった!気持ちいい」

 後ろから乱暴に貫く男により、出したくもない声が漏れそうだ。食いしばりすぎると歯が欠けてしまうので、唇を噛む。瘡蓋やアザの絶えない唇を。

「あっ……う、んん……!」
「シオン様ぁ、もっと、声、出してくれていいんですよぉ」

 甘ったるく囁くのは、かつて僕を『尊敬しています』と言ってくれた男爵令息。乳首を強く抓りながら、僕の陰茎を咥えて恍惚としていた。

「ぐ……っ、」
「あ、シオンさま、こっちに集中して」

 ぐい、と顔を引き寄せられ、キスをされる。べちゃべちゃと湿度の高い口付けが、気持ち悪い。けれど応じなければ、それもそれで面倒だ。差し出した舌は強く吸われて、吐きそうになるのを必死に堪える。

「唇、ガッサガサ。ちゃんとケアしてくれる?瘡蓋だらけじゃん」
「……では、やめてくれます?」
「辞めないけど。ははっ!」

 鉄の味のするキスなど、何故したがるのか分からない。咥内をうぞうぞと這う虫のような舌の動きに、鳥肌がたった。

「あ……っ、すみません……」

 扉を開けた人が、顔を真っ赤にしていた。その手に持った書類を置きにきたのだろう。ソロソロと机に紙を置き、退出するまで、犯される僕を舐めるように凝視していた。…………手を出さないだけ、まだマシなのかな。


 ああ、こんな時。スキルさえ授かっていれば。


 一人が満足しても、まだまだ終わらない。後から後から、欲望に飢えた男たちが執務室を訪れて、僕を犯していく。一度僕を抱いたら満足、という訳ではなく、むしろ何度も来るようになるから余計にタチが悪い。全員の息の根を止められたらいいのに、と思う性根が悪いからか、猫神様はいつまで経っても僕にスキルを与えてくださらない。








 全身をどろどろに汚した僕が解放されたのは、夜も更けた頃。

「……シオン」
「………………えり、おっと」

 エリオットは何も言わずに、温めた布巾で身体を清めてくれる。もしここで僕から口付けを強請れば、応じてくれる。口直しにエリオットの硬くなったモノを、与えてくれさえするだろう。


 仕官してから半年が、経っていた。

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