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本編
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しおりを挟む父親に見られたこと。
あれほど僕を嫌っていた王子ですら、性欲解消のために僕を使ったこと。
疲弊した僕は、なんだか無性にエリオットに会いたくなって、彼との待合場所に急いだ。あの日、僕が突き放してしまった日から、エリオットは会いにきてくれなくなったから、会える場所を指定したんだ。
エリオットはそのスキル『身体強化』を生かした騎士団に所属しているのだが、今の僕は騎士団に近付けば大変な目に遭うことは予想できていたため、誰にも見つからない、手入れもされていない裏庭の端、昔建てられたまま放置されている庭師小屋で、逢瀬を重ねようと思っていた。
「エリオット!」
「シオン!……今日は、大丈夫か」
「うん。この間は、ごめん。虫の居所が、悪くて」
「すまないが、あまり時間が取れない……いいか?」
こくりと頷くと、エリオットに背中側を向けさせられ、早急に下衣を落とされる。
寝台も何もない、けれどエリオット、その存在だけで十分。
今や疲れ果てている僕は、別にエリオットとの行為は求めていなかった。けれどエリオットは抱くことがすなわち僕を慰めることだと思い込んでいるみたいで、自然とそうなる。訂正は、しない。
面倒だ。流されてしまえばいい。
熱い舌は僕の頸のあたりを撫でていった。エリオットの大きな背中が屈み、その影にすっぽりと収まる僕。細くなった下肢や臀部に触れると、早急に蕾を押し開いた。
既に柔らかくなっていることを確認したエリオットは、はぁ、と熱い吐息を吐いて、一気に貫く。
「……んっ!」
「我慢、しなくていい……シオン……」
「エリオット……っ、あっ、――」
「愛している……」
「ぼく、も……んっ」
庭師小屋の古びた壁に、しがみ付く。足が浮いて、エリオットの腕だけで支えられていた。気持ち良いのか、そうでないのかは、やっぱり分からない。ただ、安心する。この人に愛されているのだ、という気がして。
それなのに、不思議。愛している、という言葉は、僕の心に引っかからず、すり抜けていった。
事が終わると、エリオットは服を整えながら言った。
「……もう、辞めようと思う。こんなことは……」
「えっ」
驚き、顔を上げる。ちょっと困ったような顔。……よく見る、エリオットの表情だ。
「シオンも分かっているだろう……いけないことだって」
「うん……そうだけど!でも、僕には……エリオットが必要なんだ……」
「……ごめん。俺も、愛しているのはシオンだけだ。でも……結婚式が間近で」
「……そんな……嫌だ……。せめて、話すだけでもいい。僕から離れないで」
「俺も辛いが……アペルが、嫌がるんだ。分かってくれ」
エリオットは僕に酒を握らせた。自分のものを何一つも買えない僕のために、買ってきてくれたもの。これを、エリオット代わりに?自分を慰めろってこと?
重たい酒瓶を抱えて、去っていくエリオットの背中を呆然と眺めていた。
部屋に戻った僕は、酒を煽った。執務?とりあえず精度はともかく、終わらせた。終わらせることが重要であって、その質までは僕の匙加減だ。今の王家は、質など確認しないもの。完璧主義の僕は、気付くのが遅かった。ただ処理出来ていれば問題ないのに。
グラスを空にして、また琥珀色の液体を注いだ。甘さを含んだリキュールが、僕の喉を熱く焦がしながら落ちていく。
ああ、そっか。エリオットは最後の言葉まで、優しい。あんまり優しいものだから、僕を大事にしてくれると、うっかり勘違いしていた。
実際の所、違うんだ。エリオットは押しに弱いだけ。僕を愛しているだとかは、リップサービス。そう、つい信じてしまうくらいに熱っぽい声なものだから、タチが悪い。
……僕だって、同類だ。愛しているみたいなことを言ったけど……本当は、違う。彼に縋っていたいから。そう言えば、繋ぎ止められると、思っていたから。
エリオットと抱き合うことは、救いのない現実の中の、たった一つの希望。けれどその希望は、底なし沼のようなものだった。
僕にとっては甘くて優しい地獄。そうだと分かっているのに、離れたくない。だって、僕に優しくしてくれるのはエリオットだけだから……。
ああ、何か、良くも悪くもない夢が見たい。
そのままずっと、起きることが無ければ、もっといい。
エリオットから離れることを宣言されてから、彼と体を重ねることはなくなった。そればかりでなく、たまにばったりと会った時も顔を逸らされ、避けられている。
この生活からエリオットが消えてしまうなんて考えられない。考えたくない。だからまだ、期待してしまっている。ほとぼりが冷めたら、ひょっこり、話しかけてくれるんじゃないかって。
1日1日がより長く感じるのは、この期待を捨てられないからだろうか。
依存していると思う。
悪いことをしていると思う。
理性は言う。お前は最低だと。人の婚約者を弄んで、頼りにして、僕からレギアス殿下を取ったアレアリアと同じじゃないか、と。
不貞、それは、いけないことだ。けれどその理論の正しさは、僕にはびっくりするほど響かない。何故なら、今の僕にとって何一つとして、正しいことなんかないから。僕を嵌めるのも犯すのも『正』。僕がやることは、何であっても『間違い』なんだから、少しでも慰めになる道を選んだっていいじゃないか。
数日後、執務室へ向かう途中。待ち構えたように、エリオットの婚約者、アペルがいた。
「シオンさ……いや、今は、ただのシオンだったね」
「アペル様、ご機嫌よう。道案内は必要でしょうか?」
「結構。ボクの目的は、あんただから」
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