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本編

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 その日は、どうしても、エリオットに応える元気が無かった。

 ラッピングされ、複数の男に文字通り玩具にされた僕は、どれだけ滑稽だったろう。覗き込んでくる人にも目で犯されているような気がしていた。実際に手を出してこなくとも、その目つきで分かってしまう。

 恐怖、怯え、同情、興味、嘲笑、愉悦。

 何も考えたくない。

 何も見たくない。

 だらりと弛緩したまま、エリオットは不思議に思ったのだろう。唇が降ってきても、動こうと思えない。

「どうした……?シオン」
「……」

 その瞬間、僕の中で怒りが爆発した。


『僕とこんな関係になっておきながら、婚約者とも良好で、僕に同情する余裕もある男が、今、それを言うのか?あまりにも、配慮に欠けないか?』と、思ってしまったのだ。
 完全なる八つ当たり。僕が誘って始まった関係だ。僕が悪い。分かってる。分かってはいる。けど。

「……今日は、帰ってくれ、エリオット」
「……いいのか?」

 その『いいのか?』は、『俺が抱いてやらなくていいのか?』のそれだ。瞬時にそう思い込んだ僕は、さらに怒りで支配される。これはいけない。本人にあたってしまう前に、無理くりにエリオットを追い出した。

「いい。もう、いい」

 パタン。
 扉が閉まると、ずるずると座り込んだ。今日もまた、割り当てられた仕事をこなさなくてはならないのに、どうしてもやる気が起きない。

 1日くらい、いいよね……。

 そう思ったのが、間違いだった。











 次の日、僕が仕事を片付けていないことは、机の上を見れば明白なことだった。下級の文官がちらりと見て、ニヤニヤしながら『言いつけますからね』と去っていく。どうでもいい。心底どうでもいい。

「お、今日俺一番乗りじゃん」

 そう言って入ってくるなり、下品な笑みで僕を見下ろしてきたのは、クインだ。

 ちなみにクインは、歴代騎士団長を輩出する名家に生まれた王子と同級というだけであり、彼が次期騎士団長という訳ではない。

 けれど誰しもが次期騎士団長だと期待して接しているため、彼はとても分不相応な振る舞いをしており、それは、僕に対してもそう。

「ほら、ソファに乗れ」
「……はい」

 こいつは、最近ソファに仰向けとなった僕に乗るのが好き。というか得意気に、下品に腰を振りたくり、何度も何度も精を注ぐという野性的な行為がお気に入りのようだ。

 大人しく仰向けになると、両手をタイで拘束される。雑に下衣を引き抜かれ、クインは慣らしもせずに突っ込んできた!

「うぐっ……」
「シオン、はは、きゅうきゅう吸い付いてくる。一晩経てば処女みたいになるな、お前の体は」
「がっ……」
「ほら、鳴いていいんだぞ?」
「ぐっ……ぐぅっ……」

 気持ちの悪いことを囁きながら、深く腰を当ててくるクイン。絶対に声なんか出さない。気持ち良いのはクインだけであって、僕の方は違和感と嫌悪感で吐きそうなんだ。まなじりから溢れる液体は生理的なもので、泣いている訳ではない。キッと強く睨んでいても、どうしてだか、令息をただ喜ばせるだけで、萎えさせることは出来ない。


 と、その時。


 ガチャリと扉が開く。

 見知った金髪王子か、と思いきや、その後ろにいたのはーーーーなんと、僕の父親だった。

「ほら、ウィンストン侯爵。どんな躾をしていたんだ?執務に手もつけず、こうやって遊んでいる。どうする?」

 こんな姿を父親に見られたくなくて、目を逸らすも、クインはにやりと笑って無理やり顎を掴み、父親に向けさせた。その間にも、卑猥な腰つきは止まる気配もない。

 心が、冷えて固まっていく。父親に元息子の犯されている現場を見せつけることで、双方にダメージを与えるつもりなのか。


 力が、あれば。僕に力さえあれば、こんなことは。


「…………もう、縁を切った身です。私には、なんとも」

 やっとのことで悲痛な声を絞り出した父親に、言いたくないことを言わせてしまったと悲しくなる。けれど、今はそう、関係がないことを強調しなければ、レギアス殿下がどの流れに持っていくのか、予想できない。

「そうか?……はぁ、はぁ、なるほど。侯爵。では、使ってみるか?こいつは随分と具合が良いらしい。関係がないのなら、出来るな?」

 レギアス殿下の悪趣味な言葉に、僕も父親も息を呑んだ。
 この人は、腹の底から根っこの奥まで、腐っている。
 仮にも好きだった人の、腐った性根なんか知りたくなかったな。レギアス殿下だって、昔は好いていてくれたはずなのに、どうして僕をそこまで徹底的に貶めようとするのか。


「殿下ぁ、俺、もうちょっとなんで待ってくれます?よっ、」

 僕の上の男は呑気に腰を振っている。それはまるで、僕を犯すことは、日常の一部であるかのように、自然に。

「…………ご冗談を。私はもう老い枯れた身。相手が誰であれ、その気はありません。ご容赦下さい」
「またまた!そうだ、シオン。お前、口が暇そうだ。侯爵を慰めてやったらどうだ」

「殿下。私は籍を抜いたとしても、赤子から見てきた子供に欲情するような、そのような趣味は持ちません!失礼!」

 ダッと父親が逃げてくれて、ホッと一息をつく。よかった。
 間違っても実の父親と性的な関係など持ちたくはない。それが元、であっても。

「……ふむ、つまらん。じゃあ、俺様のをやろう」

 レギアス殿下はおもむろに下履きを寛げ、僕の前に持ってきた。嫌々口を開くと同時に、にゅっと出てきた手に後頭部を掴まれ、喉の奥にまで突っ込まれた。苦しくてえづきそうになるも、人形のように揺さぶられる。

「シオン、ああ、口が小さいな。ははっ、あのシオンが、いいザマだな。最高だ」
「ぐ、えっ……」
「吐くなよ、最後の一滴まで飲み干すんだ」

 どろりとネトついたものが口の中に広がる。喉が拒否してぎゅっと締まるのを堪えて、必死に嚥下していると、騎士団長令息の方も終わったらしい。ドクドクと放たれている。


 もう、あまり感覚がない。

 心と身体はバラバラに、切り離されていく。


「二度とサボるなよ。次はお前の弟も連れてきてやる。さて、あいつは侯爵ほど肝は据わってなさそうだからな、兄と関係を持てと言われて断れるかどうか」

 いやらしい笑みで去っていくレギアス殿下は、かつて微笑んでくれた面影など、全く残っていなかった。

 確かに僕の弟は、気の優しい子だ。あの子が毅然と断れる気はしない……。

 僕はもう二度と、仕事を遅らせることが出来なくなった。






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