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蛇足の11 カーティス王子の幸せ
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綾人とジェラルドは、立太子を果たしたカーティス王太子に呼び出された。
破魔の矢はまだまだ大丈夫だし、何かと思えば、鬱々とした表情のカーティスに出迎えられた。
「結婚相手が……いなくてね……」
「それは……大事なことですね……」
カーティスは綾人――聖者とその聖騎士、ジェラルドに絶大な信頼を置いている。気の緩みまくったカーティスは、女神のような美貌を気にすることもなくだらりとソファにもたれかかっていた。
「こんな身体だから婚約者はいなくてね。子供に遺伝する可能性もまぁ、少なくはないから、いずれ君たちに子供ができたら養子に貰いたいけど――あ、まぁ、アヤトが結婚してくれるって言うなら大歓迎なのだけれど」
「兄上。我々はもう身も心もしっかり、一日と空けずにそれはもうがっぷり繋がった婚約者ですので、諦めてください」
「ちょっ、ルド!何を言って……!」
慌ててジェラルドの口元を塞ぐ綾人に、はぁ~、とまたカーティスが呻き声を発した。
彼は儚げな美貌と相反して、割と男気に溢れた男である。腹黒さと冷徹さも持ち合わせたその気質はまさに王。その見た目だけが深窓の令嬢のよう。
カーティスはこれまで立太子の可能性も低かったし、その体質から、男を受け入れる側でしか婚姻は成り立たないだろうと思っていた。魔力を受け入れて、命を延ばすために。
今まで飲んでいた魔蜜は、カーティスに割り当てられた予算の大半を消費するほど高価だ。そのため、どこかに婿入りするとしたら婚姻後購入することはできない。
婚約者がいなかったのは、カーティスが人生を、身体を預けようと思える人がいなかったから。
しかし綾人から二つも神具――とカーティスは呼んでいる――をもらい、その必要は無くなった。そうなると、カーティスは自覚する。自分は抱きたい側だと。
立太子が決まると婚約の申し込みが殺到した。やはり逞しくて男らしいタイプの令息ばかりで、うんざりしてきた。筋肉が欲しいのではない。
柔らかく清らかな、そう、綾人のような、可愛らしさと、それでいて王妃にもなれる強さと賢さを持ち、貞淑で芯の通った人がいい。
希望は女性だが、男でもいい。
カーティスの理想は、綾人と出会ったことによりとんでもなく高くなってしまっていることに、彼自身気付いていなかった。
宰相に問い合わせてみれば、希望に近い令嬢はもう既に結婚している。当たり前である。
カーティスは25歳。女性は男同士の夫婦と違い子宮に子を宿すため、早く婚姻するのだ。しかも、美しい女性ほどカーティスの隣は嫌がってしまう。
となれば男。しかしこれも難しい。
抱かれる側の男は貞操観念が低いか、『守ってもらえて当然』とばかりにプライドが高いか、その両方か。綾人のように自身も鍛え、芯の通った強さを持つ者などいない。
そう語ったカーティスに、ジェラルドは心底呆れたようにため息を吐く。
「……それは、そうです。兄上。アヤトのような者がいたとしたら既にどうにかこうにか囲い込んでいる筈でしょう、兄上なら」
「そうだった。私ならそうするか。ふむ……失念していた」
「どれだけアヤトの良さを語っても、あげませんからね?」
「そこをなんとか……!だってこのまま数年婚約者が見つからないのなら、アヤトに王妃教育の勉強をしてもらった方が早いかもしれないじゃないか!アヤトは頭が良いし、貴族からも国民からも心情は抜群!」
「だめったらだめです」
「ちょっとだけでいいから……!」
蚊帳の外に置かれてしまった綾人は、仲の良い兄弟の会話を聞きながら高級な茶葉の香りを楽しんでいた。
「はぁ……こうなると、私も父上のようになりそうだな……」
「それは一つの解決策ですね。兄上には良いと思いますよ」
父上……つまり陛下の事だ。『陛下のように』とはどういう事だろう、と小首を傾げていると、ジェラルドが遠い目をしながら教えてくれる。
陛下は大変に割り切った性格らしい。
第一王妃は高位貴族で少し地味ではあるが、公務もバリバリとこなせる優秀な女性。
子供はギティル。子供よりも政務に夢中になった結果、ギティルの教育は完全人任せになってしまったそう。
第二王妃も高位貴族だが、大変美しいか弱い女性。カーティスの美貌は母親譲りだ。しかし母親は体も弱く、王の相手をするのも一苦労らしい。
そこで王が手を出したのが、第三王妃(?)となった護衛騎士。肉体美を持つ男性で、どんな絶倫でも受け入れられる体と体力が気に入ったとか。
タイプの違う王妃(?)たちをそれぞれ愛していると言うけれど、王子たちから見れば飽きっぽく、定期的に味を変えたいだけのように見える。
ただ、それはそれで権力が分散されて都合が良いらしい。
「ジェラルドを見ていると心底幸せそうだから羨ましくてねぇ……出来れば父上のような節操無しにはなりたくないんだよ。三人も妃がいれば、私なら気をつかうし」
「兄上の理想から言えば、俺の母親のような……護衛騎士が好きそうですね。綺麗めなのがいたと思いますが」
「そうかい?それは知らなかった。ふむ、そうか。釣り書きがないとなかなか出会えないな……」
「僕の組紐を身につけているのであれば、城の中を彷徨いてみては?良い出会いがあるかもしれませんよ」
綾人の言葉に、カーティスは神妙な顔で頷いた。
これまで自室に篭っているのが当たり前だったため、なかなか習慣を覆すのは難しい。
しかし良い相手を探すため、変わらなくてはいけない。
そうして一ヶ月後。
旅を続ける綾人とジェラルドの元に、カーティスから婚約者が出来たと手紙が届いた。
相手は魔術師団に在籍し、城から少し離れた研究棟に篭っていた優秀な男性。少し変わり者で、『自分より美しい人はいない』と豪語し、結婚する気はなかった一つ年上の男。
カーティスを一目見て魂を奪われたらしい。一方のカーティスもまた、その男の孤高の姿勢と美しさ、有能さをいたく気に入った。
金髪を肩口で切り揃え、ガーネットのような瞳を持つその男は、カーティスとはまた違った美貌を持つ。大変なナルシストだが、だからこそ美しくない自分は愛せない為全力で努力する。
元々が高位貴族の出身なので、王太子妃教育も難なくこなし、フライング気味だが閨に入れば、普段の生意気さは無くなり可愛らしくなるのがカーティスのお気に入りポイントの一つ。
「幸せそうですね。カーティス殿下。良かった……」
「ああ。これでアヤトに纏わりつくことは無いだろう。相手の男には頑張って貰いたいところだ」
「ええと、王太子妃教育を、ですか?」
ジェラルドはにこりと笑って何も答えなかった。そういう得体の知れない笑みを浮かべる時は、何も聞かないに限る。学習した綾人は、引き攣った顔で視線を逸らした。
綾人は知らない。カーティスとその男がばったり会ってから婚約するまでに、2日とかけていないこと。それからすぐに手を出し身体を手に入れたこと。
あまりに寝台の中での姿が可愛らしいため、少し執拗に虐めてしまっているらしいこと。
それはジェラルド宛の手紙だけに書いてあった。ジェラルドは兄のしつこさを知っている。幼い頃に、見舞いに行って野の花をあげた時のジェラルドの可愛らしさを今でもずっと語る。勘弁して欲しい。
救いなのは、カーティスはあまり体力がないと言うことだが、兄に限ってはそれを補う頭脳があるため救いになっているかどうかは分からない。なにかしらで補填してしまうような気もする。
カーティスに見染められた可哀想な男は、しかし鈍感で夫の腹黒さに気付かないまま王太子妃となり、立派に務めた。
カーティスもまた彼だけを愛し、子供は三人も設け、仲睦まじい王太子夫妻として有名になった。
破魔の矢はまだまだ大丈夫だし、何かと思えば、鬱々とした表情のカーティスに出迎えられた。
「結婚相手が……いなくてね……」
「それは……大事なことですね……」
カーティスは綾人――聖者とその聖騎士、ジェラルドに絶大な信頼を置いている。気の緩みまくったカーティスは、女神のような美貌を気にすることもなくだらりとソファにもたれかかっていた。
「こんな身体だから婚約者はいなくてね。子供に遺伝する可能性もまぁ、少なくはないから、いずれ君たちに子供ができたら養子に貰いたいけど――あ、まぁ、アヤトが結婚してくれるって言うなら大歓迎なのだけれど」
「兄上。我々はもう身も心もしっかり、一日と空けずにそれはもうがっぷり繋がった婚約者ですので、諦めてください」
「ちょっ、ルド!何を言って……!」
慌ててジェラルドの口元を塞ぐ綾人に、はぁ~、とまたカーティスが呻き声を発した。
彼は儚げな美貌と相反して、割と男気に溢れた男である。腹黒さと冷徹さも持ち合わせたその気質はまさに王。その見た目だけが深窓の令嬢のよう。
カーティスはこれまで立太子の可能性も低かったし、その体質から、男を受け入れる側でしか婚姻は成り立たないだろうと思っていた。魔力を受け入れて、命を延ばすために。
今まで飲んでいた魔蜜は、カーティスに割り当てられた予算の大半を消費するほど高価だ。そのため、どこかに婿入りするとしたら婚姻後購入することはできない。
婚約者がいなかったのは、カーティスが人生を、身体を預けようと思える人がいなかったから。
しかし綾人から二つも神具――とカーティスは呼んでいる――をもらい、その必要は無くなった。そうなると、カーティスは自覚する。自分は抱きたい側だと。
立太子が決まると婚約の申し込みが殺到した。やはり逞しくて男らしいタイプの令息ばかりで、うんざりしてきた。筋肉が欲しいのではない。
柔らかく清らかな、そう、綾人のような、可愛らしさと、それでいて王妃にもなれる強さと賢さを持ち、貞淑で芯の通った人がいい。
希望は女性だが、男でもいい。
カーティスの理想は、綾人と出会ったことによりとんでもなく高くなってしまっていることに、彼自身気付いていなかった。
宰相に問い合わせてみれば、希望に近い令嬢はもう既に結婚している。当たり前である。
カーティスは25歳。女性は男同士の夫婦と違い子宮に子を宿すため、早く婚姻するのだ。しかも、美しい女性ほどカーティスの隣は嫌がってしまう。
となれば男。しかしこれも難しい。
抱かれる側の男は貞操観念が低いか、『守ってもらえて当然』とばかりにプライドが高いか、その両方か。綾人のように自身も鍛え、芯の通った強さを持つ者などいない。
そう語ったカーティスに、ジェラルドは心底呆れたようにため息を吐く。
「……それは、そうです。兄上。アヤトのような者がいたとしたら既にどうにかこうにか囲い込んでいる筈でしょう、兄上なら」
「そうだった。私ならそうするか。ふむ……失念していた」
「どれだけアヤトの良さを語っても、あげませんからね?」
「そこをなんとか……!だってこのまま数年婚約者が見つからないのなら、アヤトに王妃教育の勉強をしてもらった方が早いかもしれないじゃないか!アヤトは頭が良いし、貴族からも国民からも心情は抜群!」
「だめったらだめです」
「ちょっとだけでいいから……!」
蚊帳の外に置かれてしまった綾人は、仲の良い兄弟の会話を聞きながら高級な茶葉の香りを楽しんでいた。
「はぁ……こうなると、私も父上のようになりそうだな……」
「それは一つの解決策ですね。兄上には良いと思いますよ」
父上……つまり陛下の事だ。『陛下のように』とはどういう事だろう、と小首を傾げていると、ジェラルドが遠い目をしながら教えてくれる。
陛下は大変に割り切った性格らしい。
第一王妃は高位貴族で少し地味ではあるが、公務もバリバリとこなせる優秀な女性。
子供はギティル。子供よりも政務に夢中になった結果、ギティルの教育は完全人任せになってしまったそう。
第二王妃も高位貴族だが、大変美しいか弱い女性。カーティスの美貌は母親譲りだ。しかし母親は体も弱く、王の相手をするのも一苦労らしい。
そこで王が手を出したのが、第三王妃(?)となった護衛騎士。肉体美を持つ男性で、どんな絶倫でも受け入れられる体と体力が気に入ったとか。
タイプの違う王妃(?)たちをそれぞれ愛していると言うけれど、王子たちから見れば飽きっぽく、定期的に味を変えたいだけのように見える。
ただ、それはそれで権力が分散されて都合が良いらしい。
「ジェラルドを見ていると心底幸せそうだから羨ましくてねぇ……出来れば父上のような節操無しにはなりたくないんだよ。三人も妃がいれば、私なら気をつかうし」
「兄上の理想から言えば、俺の母親のような……護衛騎士が好きそうですね。綺麗めなのがいたと思いますが」
「そうかい?それは知らなかった。ふむ、そうか。釣り書きがないとなかなか出会えないな……」
「僕の組紐を身につけているのであれば、城の中を彷徨いてみては?良い出会いがあるかもしれませんよ」
綾人の言葉に、カーティスは神妙な顔で頷いた。
これまで自室に篭っているのが当たり前だったため、なかなか習慣を覆すのは難しい。
しかし良い相手を探すため、変わらなくてはいけない。
そうして一ヶ月後。
旅を続ける綾人とジェラルドの元に、カーティスから婚約者が出来たと手紙が届いた。
相手は魔術師団に在籍し、城から少し離れた研究棟に篭っていた優秀な男性。少し変わり者で、『自分より美しい人はいない』と豪語し、結婚する気はなかった一つ年上の男。
カーティスを一目見て魂を奪われたらしい。一方のカーティスもまた、その男の孤高の姿勢と美しさ、有能さをいたく気に入った。
金髪を肩口で切り揃え、ガーネットのような瞳を持つその男は、カーティスとはまた違った美貌を持つ。大変なナルシストだが、だからこそ美しくない自分は愛せない為全力で努力する。
元々が高位貴族の出身なので、王太子妃教育も難なくこなし、フライング気味だが閨に入れば、普段の生意気さは無くなり可愛らしくなるのがカーティスのお気に入りポイントの一つ。
「幸せそうですね。カーティス殿下。良かった……」
「ああ。これでアヤトに纏わりつくことは無いだろう。相手の男には頑張って貰いたいところだ」
「ええと、王太子妃教育を、ですか?」
ジェラルドはにこりと笑って何も答えなかった。そういう得体の知れない笑みを浮かべる時は、何も聞かないに限る。学習した綾人は、引き攣った顔で視線を逸らした。
綾人は知らない。カーティスとその男がばったり会ってから婚約するまでに、2日とかけていないこと。それからすぐに手を出し身体を手に入れたこと。
あまりに寝台の中での姿が可愛らしいため、少し執拗に虐めてしまっているらしいこと。
それはジェラルド宛の手紙だけに書いてあった。ジェラルドは兄のしつこさを知っている。幼い頃に、見舞いに行って野の花をあげた時のジェラルドの可愛らしさを今でもずっと語る。勘弁して欲しい。
救いなのは、カーティスはあまり体力がないと言うことだが、兄に限ってはそれを補う頭脳があるため救いになっているかどうかは分からない。なにかしらで補填してしまうような気もする。
カーティスに見染められた可哀想な男は、しかし鈍感で夫の腹黒さに気付かないまま王太子妃となり、立派に務めた。
カーティスもまた彼だけを愛し、子供は三人も設け、仲睦まじい王太子夫妻として有名になった。
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