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余りにも馬車の乗り心地が悪いため、馬車と御者の代わりに馬を一頭手配してもらう。
後ろからジェラルドに抱えられるようにして、二人乗りをした方が、まだマシだった。気恥ずかしいような気もするのを、乗馬のリズムに集中することでやり過ごす。
もともと身体能力の高い綾人はあっという間に慣れて、一人でも乗れるようになった。ただ、二頭いると何かと手間がかかる、と言われ、やはり二人乗りで旅に出ることとなった。
ジェラルドから離れると不安に駆られ、しかし近すぎるとビクッ!としてしまう綾人に、ジェラルドは一定の距離を保つように気をつけた。
最後まではされていないし、本人も何でもないように振る舞っているものの、綾人の心はまだ怯えているから。
初めて魔物に出会す。綾人が思っていたよりも禍々しさは感じなかった。
綾人が具現化した、扇。それに神気を込めると、玻璃のような美しく透き通ったものに変化し、それを一振りする。
サアッと優しい風が吹き抜けていく。その清い風を浴びた魔物は、一瞬で力が抜けて崩れ、倒れた。
まるで眠りに落ちるような死。
大地もそうだ。綾人の生み出す風を受け、植物や花は命を取り戻した様に瑞々しく輝く。ジェラルドは綾人が扇を振る度に見惚れていた。
瘴気と魔力は表裏一体。魔力の素となる魔元素はこの世界のどこにでも存在していて、生き物であれば持っているもの。
その魔元素の穢れたものが瘴気と言う。穢れを浄化した後、残るものは魔元素だけ。
だから魔物の死骸から取れる肉や素材などは大事な資源である。本来瘴気が抜けるまで放置させなければならないが、綾人がいれば瞬時に浄化されるため必要ない。
ジェラルドは魔物を部位に分けて解体し、綾人はそれを空間収納に確保する。そうして進んだ村や町で売って金を稼ぐ。
どうやら聖女と第一王子一行は王都から南へ向かう浄化の旅に出たらしい。国中を巡るその旅は半年くらいかけて浄化して回るのだそう。だから綾人達は正反対の、北へ向かう。
綾人はこちらにきてから『神気』の存在を強く感じていた。
それは、滝行や瞑想をする度に増幅する。
旅の途中で打たれやすそうな滝を見つけると、綾人はいそいそと行衣に着替え、『少し清めてきます』と飛び込んでいく。
ジェラルドはその度に、周囲に目撃者がいないか殺気立つのだが、綾人は頓着しなかった。それよりも、自身の内部にある神気が精錬されて高まるのに集中していた。
今ならおそらく、国中に浄化の風を行き渡らせることが出来る。しかしジェラルドからは『偽聖女の手柄にしたくない』と止められた。
だから、綾人は自分の道に関係する領だけ浄化する。綾人と優奈、どちらが国に必要かを明確にするため。
ジェラルドは騎士団長の座を辞していた。聖者――どうやら綾人のことらしい――の専属護衛騎士という事で。
ジェラルドの腕は信用しているけれど、綾人も鍛錬を欠かさない。あの男たちに襲われた時、咄嗟に空間収納から木刀でも出して応戦していたら良かったのに、人間いざとなると身体が動かないと知った。
反省した綾人は、無意識にでも武器が出せるよう、反撃出来るよう、最低限結界を張れるよう何度も練習するようになった。
旅の途中、ジェラルドから聞いたのは、過去の聖女のこと。皆、白と赤の衣服に身を包んだ黒髪の女性だったらしい。
そう聞くと女性の僧もいそうなのだが、尼頭巾も剃髪した女性も居なかったと言う。
…………なんだかこちらの世界の王子に当てがうのにちょうど良い年頃の、神気の源に近かった女性を連れてきたんじゃないか、と邪推してしまうのだが。
それは降臨させただろう、神に聞いてみないと分からない。
綾人の考えでは、恐らく優奈の持つ神気はすぐに枯渇する。
神力とは元々綾人の身に宿っていたもので、そのカケラ――という言い方はあまりにも綺麗過ぎるだろうが、綾人は具体的なモノを思い出したくなかった――を飲み込んだだけの優奈。
神気を生み出す訳でもないそれは、一度使い切れば、もう使えなくなってしまうだろう。
そしてその推察は当たった。
半年どころかまだ一週間程度しか経っていないのに、第二王子からの手紙を読んだジェラルドが、突然笑い出した。
「ははっ!やはりあの女は偽物だった!魔物の討伐途中で神気を使い切り、その後睡眠をとっても何をしても回復せず、第一王子を危険に晒したらしいぞ」
「それは予想通りですね。騎士さん達は無事でした?」
「柔な鍛錬は積んでない。今回序盤は浄化の力もあった為、怪我をした者もいなかったようだ。苦戦はしたらしいがな」
「それは良かった」
「それに……」
ジェラルドはにやりと笑っていた。
一方その頃。
優奈は王子の側近のそのまた従者たちと寝台にしけ込んでいた。
聖女の力が何故か使えなくなってからというものの、身体が常に重い。しかし、セックスをすると楽になる。それは魔力の高い人ほど楽になるのだが、優奈が聖女の力を使えなくなったと判明した途端に手のひらを返され、もう何の地位もない男と行為をするしかなかった。
その男らは平民出身らしく、殆ど気持ち程度にしか楽にならない。どんどん身体を持ち上げられなくなり、それが怖くて誰彼構わず身体を開く。イケメンに拘っている場合ではない。一日に5人を相手にしてもまだまだ足りない。
嬌声の止まない部屋をちらりと見たギティル王子は、側近らとため息をついた。
「アレはどうするか……力の弱い聖女ならまだしも、まさか聖女の力が無くなるなど聞いたこともない。いくら見目が良くとも只人の、常識の無い、しかも身持ちの悪い女だ。貴族の妻としてはとてもじゃないが押し付ける訳にはいかないだろうし」
「男を欲しがるのは体内に魔力が無いからでしょう。第二王子と同じ症状のように見えますね。」
「クソッ!あっちが本物だったのかもしれん……。城に戻り次第、ジェラルドからアヤトを取り戻さねば」
ギティル王子は奥歯をギリギリと噛んだ。全く、何故今回に限ってイレギュラーばかり起こるのか。
聖女は女だと決まっている。ギティル王子はその為に、二十年前から準備してきた。
政務に疎い次期王妃の代わりに、優秀な側近、臣下を揃えたり、彼女の為に優しく教養を教えられる教師を探したり。その努力が、このままでは泡となって消えてしまう。
不穏な音を立てる上司の奥歯を横目に、一人の男がサッと存在感を消す。ギティル王子の側近の中の一人は第二王子と繋がっており、これらのことを全て包み隠さず密告していた。
その連絡を受けた第二王子は考察する。
先天性魔力欠乏症。それが第二王子の病名だ。
普通、人間は魔力を持つ。その力の大小はあれど、身体を魔力で満たしていれば生きていける。
しかし何らかの原因で魔力が無い場合、空っぽの身体に外部の魔元素が入っては通過していく。
その時、微量に漂う瘴気も入り込んでしまう。魔力を持たない人間にとってその僅かな瘴気も身体を蝕む毒素となり、微量の毒を飲み続けているようなもの。
つまり魔力は瘴気に対する免疫のような役割を持つ。そのため、魔力欠乏症の者は常に魔力を補充する必要がある。
赤子なら、親の母乳。
子供なら、ポーション。
大人の場合、高価な魔蜜という手もある。殆ど魔力の気化しない、希少で、ふんだんに魔力を含んだ蜜である。体が大きい分、普通のポーションでは到底足りない。
手っ取り早いのは、魔力の高い男に精を注いでもらうこと。
死亡率は低いが、一生付き合うことになる厄介な病気だ。
第二王子はすぐさまジェラルドにとあるお願いをした。もう、国庫の負担となる魔蜜を買わなくて済んだり、魔蜜の入荷次第で怯えることも無くなるかもしれない。
連絡を受けたジェラルドは、綾人に相談した。
「神気を込めたものを第二王子に?……ああ、なる程……」
綾人は少し考えて、神気をとあるものへ込めることにした。
一つは破魔の矢。ありったけ力を込めたこの矢を部屋に置いておけば、簡易的な聖域となる。
もう一つは、綾人の髪を織り込んだ組紐。髪以外の材料はジェラルドが王族に相応しいものを用意してくれた。それにも神気を込めておく。身体に常に身につければ、僅かな瘴気など跳ね除けてくれるだろう。
どちらも数年は持つが、消耗品だ。効果が弱まればまたいつでも作りますよ、と言伝を頼もうとした。
「これは……凄まじい。手に持つだけで鳥肌が立つな……」
「そうですか?僕としては、素人の作品みたいなもので恐縮なんですが」
「とんでもない!こう、恐れ多い、という感情に近い。これでも王族だからな、これまでこんな強烈な畏怖を感じたことは無かった。俺なら額に入れて毎日清めて祈りたくなるところだ。」
「大袈裟な……あ、でも、毎日清めるのは良さそうですね」
ジェラルドは「これは誰かに預けることはできない」と言い、聖女の力も無くなり優奈の権力も失墜した事から、王城に戻ることにした。
馬で駆け抜け、急ぎ王城に戻った二人は早速謁見に向かう。突然の要望にも関わらず、王と王妃、第二王子が出迎えてくれた。それから居合わせた宰相なども。
ジェラルドは跪き、綾人は静かに立っていた。聖者は誰かに膝を折ることのない地位らしい。
「これが……“聖者”の力か……カーティス。」
「は」
陛下の近くに座っていた、今にも消えそうなほど儚げな美形が進み出てきた。
ジェラルドの掲げる破魔の矢と、組紐を、眩しい光の中を進むようにして恐る恐る受け取る。
「はあっ……これは……!なんて、息がしやすいんだ……!」
ジェラルドが組紐を、第二王子の手首に結んでやる。第二王子の真っ白だった頬にほんの少し赤みが差し、人形に命が吹き込まれたようだった。
その光景に、第二妃は感涙して崩れ落ち、陛下もまた涙ぐむ。
「……感謝する。聖者、アヤト殿。この様子では、ジェラルド、お前も……解いて貰ったのか?」
「はい。畏れながら。一瞬で浄化されたことから、彼の神気は伝承の聖女より余程強いものと思われます。面を取る許可を頂ければ、お見せする事もできます」
「取ってみなさい」
ジェラルドが兜に手をかける。長年の習慣から怯えて震える貴族もいた。
しかし、現れたのは直視すら戸惑う程の美丈夫。王の隣にいた巨軀の騎士が、満面の笑みを浮かべていた。
「本当に……王族が二人も命を救われた!聖者アヤト殿、この恩は決して忘れない。褒美に何か望むものはないか?」
「では、聖者としての身分の保証を。この力を振るうのに否やはありませんが、浄化の旅を終えたらこの国に縛られる必要もないと考えています。」
ふむ、と少し考えた国王は、綾人の傍に控えるジェラルドを見やる。そして綾人の、まっすぐで頑固さすら窺える瞳も。
「相分かった。どの国の王も敬う様な最高のものを用意しよう。皆のもの、良いな。」
ザッ!
一斉に頭を垂れる貴族達。
これで外国への旅行も自由自在だ、と綾人は内心歓喜した。権力は旅をするのに都合がいい。
ホクホクとしていると、突然、謁見の間の扉がバンッ!と乱暴に開けられた。
全員、呆気に取られた。ぽかんと口を開ける者、怪訝に眉を顰める者。
「陛下!あの聖女は偽物でした!私をもう一人の異世界人付きに……!ああ、こちらにいたのか、アヤト!」
後ろからジェラルドに抱えられるようにして、二人乗りをした方が、まだマシだった。気恥ずかしいような気もするのを、乗馬のリズムに集中することでやり過ごす。
もともと身体能力の高い綾人はあっという間に慣れて、一人でも乗れるようになった。ただ、二頭いると何かと手間がかかる、と言われ、やはり二人乗りで旅に出ることとなった。
ジェラルドから離れると不安に駆られ、しかし近すぎるとビクッ!としてしまう綾人に、ジェラルドは一定の距離を保つように気をつけた。
最後まではされていないし、本人も何でもないように振る舞っているものの、綾人の心はまだ怯えているから。
初めて魔物に出会す。綾人が思っていたよりも禍々しさは感じなかった。
綾人が具現化した、扇。それに神気を込めると、玻璃のような美しく透き通ったものに変化し、それを一振りする。
サアッと優しい風が吹き抜けていく。その清い風を浴びた魔物は、一瞬で力が抜けて崩れ、倒れた。
まるで眠りに落ちるような死。
大地もそうだ。綾人の生み出す風を受け、植物や花は命を取り戻した様に瑞々しく輝く。ジェラルドは綾人が扇を振る度に見惚れていた。
瘴気と魔力は表裏一体。魔力の素となる魔元素はこの世界のどこにでも存在していて、生き物であれば持っているもの。
その魔元素の穢れたものが瘴気と言う。穢れを浄化した後、残るものは魔元素だけ。
だから魔物の死骸から取れる肉や素材などは大事な資源である。本来瘴気が抜けるまで放置させなければならないが、綾人がいれば瞬時に浄化されるため必要ない。
ジェラルドは魔物を部位に分けて解体し、綾人はそれを空間収納に確保する。そうして進んだ村や町で売って金を稼ぐ。
どうやら聖女と第一王子一行は王都から南へ向かう浄化の旅に出たらしい。国中を巡るその旅は半年くらいかけて浄化して回るのだそう。だから綾人達は正反対の、北へ向かう。
綾人はこちらにきてから『神気』の存在を強く感じていた。
それは、滝行や瞑想をする度に増幅する。
旅の途中で打たれやすそうな滝を見つけると、綾人はいそいそと行衣に着替え、『少し清めてきます』と飛び込んでいく。
ジェラルドはその度に、周囲に目撃者がいないか殺気立つのだが、綾人は頓着しなかった。それよりも、自身の内部にある神気が精錬されて高まるのに集中していた。
今ならおそらく、国中に浄化の風を行き渡らせることが出来る。しかしジェラルドからは『偽聖女の手柄にしたくない』と止められた。
だから、綾人は自分の道に関係する領だけ浄化する。綾人と優奈、どちらが国に必要かを明確にするため。
ジェラルドは騎士団長の座を辞していた。聖者――どうやら綾人のことらしい――の専属護衛騎士という事で。
ジェラルドの腕は信用しているけれど、綾人も鍛錬を欠かさない。あの男たちに襲われた時、咄嗟に空間収納から木刀でも出して応戦していたら良かったのに、人間いざとなると身体が動かないと知った。
反省した綾人は、無意識にでも武器が出せるよう、反撃出来るよう、最低限結界を張れるよう何度も練習するようになった。
旅の途中、ジェラルドから聞いたのは、過去の聖女のこと。皆、白と赤の衣服に身を包んだ黒髪の女性だったらしい。
そう聞くと女性の僧もいそうなのだが、尼頭巾も剃髪した女性も居なかったと言う。
…………なんだかこちらの世界の王子に当てがうのにちょうど良い年頃の、神気の源に近かった女性を連れてきたんじゃないか、と邪推してしまうのだが。
それは降臨させただろう、神に聞いてみないと分からない。
綾人の考えでは、恐らく優奈の持つ神気はすぐに枯渇する。
神力とは元々綾人の身に宿っていたもので、そのカケラ――という言い方はあまりにも綺麗過ぎるだろうが、綾人は具体的なモノを思い出したくなかった――を飲み込んだだけの優奈。
神気を生み出す訳でもないそれは、一度使い切れば、もう使えなくなってしまうだろう。
そしてその推察は当たった。
半年どころかまだ一週間程度しか経っていないのに、第二王子からの手紙を読んだジェラルドが、突然笑い出した。
「ははっ!やはりあの女は偽物だった!魔物の討伐途中で神気を使い切り、その後睡眠をとっても何をしても回復せず、第一王子を危険に晒したらしいぞ」
「それは予想通りですね。騎士さん達は無事でした?」
「柔な鍛錬は積んでない。今回序盤は浄化の力もあった為、怪我をした者もいなかったようだ。苦戦はしたらしいがな」
「それは良かった」
「それに……」
ジェラルドはにやりと笑っていた。
一方その頃。
優奈は王子の側近のそのまた従者たちと寝台にしけ込んでいた。
聖女の力が何故か使えなくなってからというものの、身体が常に重い。しかし、セックスをすると楽になる。それは魔力の高い人ほど楽になるのだが、優奈が聖女の力を使えなくなったと判明した途端に手のひらを返され、もう何の地位もない男と行為をするしかなかった。
その男らは平民出身らしく、殆ど気持ち程度にしか楽にならない。どんどん身体を持ち上げられなくなり、それが怖くて誰彼構わず身体を開く。イケメンに拘っている場合ではない。一日に5人を相手にしてもまだまだ足りない。
嬌声の止まない部屋をちらりと見たギティル王子は、側近らとため息をついた。
「アレはどうするか……力の弱い聖女ならまだしも、まさか聖女の力が無くなるなど聞いたこともない。いくら見目が良くとも只人の、常識の無い、しかも身持ちの悪い女だ。貴族の妻としてはとてもじゃないが押し付ける訳にはいかないだろうし」
「男を欲しがるのは体内に魔力が無いからでしょう。第二王子と同じ症状のように見えますね。」
「クソッ!あっちが本物だったのかもしれん……。城に戻り次第、ジェラルドからアヤトを取り戻さねば」
ギティル王子は奥歯をギリギリと噛んだ。全く、何故今回に限ってイレギュラーばかり起こるのか。
聖女は女だと決まっている。ギティル王子はその為に、二十年前から準備してきた。
政務に疎い次期王妃の代わりに、優秀な側近、臣下を揃えたり、彼女の為に優しく教養を教えられる教師を探したり。その努力が、このままでは泡となって消えてしまう。
不穏な音を立てる上司の奥歯を横目に、一人の男がサッと存在感を消す。ギティル王子の側近の中の一人は第二王子と繋がっており、これらのことを全て包み隠さず密告していた。
その連絡を受けた第二王子は考察する。
先天性魔力欠乏症。それが第二王子の病名だ。
普通、人間は魔力を持つ。その力の大小はあれど、身体を魔力で満たしていれば生きていける。
しかし何らかの原因で魔力が無い場合、空っぽの身体に外部の魔元素が入っては通過していく。
その時、微量に漂う瘴気も入り込んでしまう。魔力を持たない人間にとってその僅かな瘴気も身体を蝕む毒素となり、微量の毒を飲み続けているようなもの。
つまり魔力は瘴気に対する免疫のような役割を持つ。そのため、魔力欠乏症の者は常に魔力を補充する必要がある。
赤子なら、親の母乳。
子供なら、ポーション。
大人の場合、高価な魔蜜という手もある。殆ど魔力の気化しない、希少で、ふんだんに魔力を含んだ蜜である。体が大きい分、普通のポーションでは到底足りない。
手っ取り早いのは、魔力の高い男に精を注いでもらうこと。
死亡率は低いが、一生付き合うことになる厄介な病気だ。
第二王子はすぐさまジェラルドにとあるお願いをした。もう、国庫の負担となる魔蜜を買わなくて済んだり、魔蜜の入荷次第で怯えることも無くなるかもしれない。
連絡を受けたジェラルドは、綾人に相談した。
「神気を込めたものを第二王子に?……ああ、なる程……」
綾人は少し考えて、神気をとあるものへ込めることにした。
一つは破魔の矢。ありったけ力を込めたこの矢を部屋に置いておけば、簡易的な聖域となる。
もう一つは、綾人の髪を織り込んだ組紐。髪以外の材料はジェラルドが王族に相応しいものを用意してくれた。それにも神気を込めておく。身体に常に身につければ、僅かな瘴気など跳ね除けてくれるだろう。
どちらも数年は持つが、消耗品だ。効果が弱まればまたいつでも作りますよ、と言伝を頼もうとした。
「これは……凄まじい。手に持つだけで鳥肌が立つな……」
「そうですか?僕としては、素人の作品みたいなもので恐縮なんですが」
「とんでもない!こう、恐れ多い、という感情に近い。これでも王族だからな、これまでこんな強烈な畏怖を感じたことは無かった。俺なら額に入れて毎日清めて祈りたくなるところだ。」
「大袈裟な……あ、でも、毎日清めるのは良さそうですね」
ジェラルドは「これは誰かに預けることはできない」と言い、聖女の力も無くなり優奈の権力も失墜した事から、王城に戻ることにした。
馬で駆け抜け、急ぎ王城に戻った二人は早速謁見に向かう。突然の要望にも関わらず、王と王妃、第二王子が出迎えてくれた。それから居合わせた宰相なども。
ジェラルドは跪き、綾人は静かに立っていた。聖者は誰かに膝を折ることのない地位らしい。
「これが……“聖者”の力か……カーティス。」
「は」
陛下の近くに座っていた、今にも消えそうなほど儚げな美形が進み出てきた。
ジェラルドの掲げる破魔の矢と、組紐を、眩しい光の中を進むようにして恐る恐る受け取る。
「はあっ……これは……!なんて、息がしやすいんだ……!」
ジェラルドが組紐を、第二王子の手首に結んでやる。第二王子の真っ白だった頬にほんの少し赤みが差し、人形に命が吹き込まれたようだった。
その光景に、第二妃は感涙して崩れ落ち、陛下もまた涙ぐむ。
「……感謝する。聖者、アヤト殿。この様子では、ジェラルド、お前も……解いて貰ったのか?」
「はい。畏れながら。一瞬で浄化されたことから、彼の神気は伝承の聖女より余程強いものと思われます。面を取る許可を頂ければ、お見せする事もできます」
「取ってみなさい」
ジェラルドが兜に手をかける。長年の習慣から怯えて震える貴族もいた。
しかし、現れたのは直視すら戸惑う程の美丈夫。王の隣にいた巨軀の騎士が、満面の笑みを浮かべていた。
「本当に……王族が二人も命を救われた!聖者アヤト殿、この恩は決して忘れない。褒美に何か望むものはないか?」
「では、聖者としての身分の保証を。この力を振るうのに否やはありませんが、浄化の旅を終えたらこの国に縛られる必要もないと考えています。」
ふむ、と少し考えた国王は、綾人の傍に控えるジェラルドを見やる。そして綾人の、まっすぐで頑固さすら窺える瞳も。
「相分かった。どの国の王も敬う様な最高のものを用意しよう。皆のもの、良いな。」
ザッ!
一斉に頭を垂れる貴族達。
これで外国への旅行も自由自在だ、と綾人は内心歓喜した。権力は旅をするのに都合がいい。
ホクホクとしていると、突然、謁見の間の扉がバンッ!と乱暴に開けられた。
全員、呆気に取られた。ぽかんと口を開ける者、怪訝に眉を顰める者。
「陛下!あの聖女は偽物でした!私をもう一人の異世界人付きに……!ああ、こちらにいたのか、アヤト!」
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