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綾人たちが王城から逃げ出した翌日、カンナこと神無月優奈は虚な目で、ギティル王子と共に魔物の討伐へと旅立った。
ギティル王子への罰だとか、鎧の一人が言っていた気がする。それより頭の中は綾人のことでいっぱいだった。
あれ程に焦がれた彼。人生を賭けて愛した人。
誰よりも綺麗で整っていて、一点の染みもない人。
神社の息子だからかどこか浮世離れした雰囲気が、大好きだった。
優奈は手に入れたくて仕方がなくて、ずっと追いかけてきた。
それこそ出会った中学生の頃から、彼の隣にいる自分を夢想してきた。
彼の容姿だけに惹かれている有象無象とは違う。
男も女も綾人を好きになる。それは分かる。
特に男。
友人のふりをしながら綾人の肩を抱いたり、抱きついたりとやりたい放題なのが羨ましかった。
今思えば彼らにも下心があったのかもしれない。
女はあの顔立ちと、物腰の柔らかさ、それから少し謎めいた神秘的な雰囲気に惹かれていく。
当然蹴散らしたが。
分かっちゃいない。
優奈は姿形よりも、あの気高い魂に惹かれている。
滲み出る所作の上品さ。
毎日ブレることなく日課をこなす背中は引き締まり、ストイックさに痺れそうになる。
禁欲的で淡白に見えるのもいい。実際、自慰行為の頻度は高くないし、避妊具は買っていてもその他のオモチャなどは購入している様子は無かった。恐らく必要に駆られて適当に抜いているのだろうと分かる。その音声を聞くために盗聴器を仕掛けたかったけれど、セキュリティが厳しくて入れなかったのが残念だった。
誰にも平等に優しく、平等に距離をとっている。
決して弱みや愚痴は吐かず、人の噂話も興味がない。自分の道だけを真っ直ぐ進んで、寄り道などしない。
日本人の赤みがかった黒髪というよりは、紺に近い宵闇の髪と瞳も、白い肌によって更に際立つ。
艶やかなそれらは、濡れたように見えて色っぽい。
頭も良い。
優奈では到底合格することの出来ない難関校に行ってしまい、眺める時間は減ったけれど、将来優奈を養うことになるのだ。
学歴は高い方がいいに決まっている。
だから、綾人が滝の付近で姿を消した時、一瞬も迷わず命を失う覚悟で後を追った。
愛の力で世界を越えた。そう思った。
だって、あたしが聖女なんだって!
あたしのための世界みたいじゃない?
優奈は歓喜した。
『願いを叶える力』って、最強じゃん!
地球では封印されていたに違いない。でなければとっくに綾人を手に入れている。
それなのに、その力は人には使えない。……多少がっかりはしても、まだ落ち込むには早い。
優奈の周りには、人一人なんて簡単にどうこうできる権力者、しかもイケメンが沢山いるのだから。
日本人の男より断然造形の整った男達。
体力もあるしアレも大きく、紳士的だから乱暴をする人もいない。最高だった。
綾人に拘らなくても良いかも、とチラリと頭をよぎる程に。
しかし彼らはどこか薄っぺらい。人の望む貴公子を演じているような外面。
いくら熱心に抱かれても、優奈を満足させることは出来なかった。
綾人のような本物の輝きと比べれば小石に過ぎない。やはり手に入れるべきだと本能が叫ぶ。
綾人が優奈を抱く時は、どんな表情を見せるのか。あの細身だがしっかりと筋肉で覆われた身体に覆い被さられたら。絶対に優しい愛撫だろうけれど、綾人になら多少乱暴にされたっていい。
あの欲のカケラもないように見える顔に色気が滲んだら、どんなにゾクゾクするだろう。想像するだけで下腹がキュンとする。
ただし、ここには優奈を求める男たちがたくさんいる。便利な彼らを手放す気もない。
優奈は綾人のものではないが、綾人は自分のもの。
これまで接触禁止だとか、デリヘルで働くとか、客と交渉して言えないことしたりとか不本意なことをさせられてきたのだ。その分、綾人を好きなようにさせてもらう。
そうしたら、何?男が、好き?
許されない、そんなことは。
そんな生産性のない、汚らしい、常識を疑う、そんな趣味など。
優奈は綾人に近づくために全身整形を施したのだ。それこそ、風俗に身を落とすほどに。
元々それなりに甘い顔立ちの優奈だったが、おさわりだけの夜の飲食店ではあまり稼げなかったのだ。話術や気遣いが出来ない上、自分より人気のある嬢に嫉妬してストレスを溜めるだけで。
だから身体で稼いだ。小柄な優奈はサイズ感が良いらしい。
親は知らない。優奈を甘やかすだけで躾には無関心の親。
進学もせず、昼からデリヘルのバイトで稼ぎ、ダウンタイムの痛みも我慢して整形して、その間はバイト出来ないため予め計画しておいて予約して。
顔の系統も、身体も変えて、元の優奈と違う優奈であれば、接触禁止されなくて済むはず。
綾人に声をかけられなかったのは、あともう少し手入れが必要だったから。もう少し胸を増やしたかったから、それまでの我慢だった。
その努力は一体何のために?
「カンナ、出番だ!」
不意に声をかけられ、優奈は齧っていた爪から口を離す。
そうだ。ここで聖女として認められなければ、この世界で権力を手に入れられない。
手を地に置いて念じる。
『この地を浄化して』
優奈の足元から波紋が広がる様に、柔らかな浄化の力が広がっていく。
ドヤ顔でギティル王子を見上げた、その時だった。
「カンナ様!っ、クイーンアラクネがっ」
「カンナ!早く!」
「え」
その声に、無理やり力を絞り上げてアラクネを拘束する。しかし……倒すまでには至らず。
身体の中にあった暖かな存在が、無くなった。
騎士達が必死になってクイーンアラクネを倒そうとする中、優奈は意識を失い崩れ落ちたのだった。
ギティル王子への罰だとか、鎧の一人が言っていた気がする。それより頭の中は綾人のことでいっぱいだった。
あれ程に焦がれた彼。人生を賭けて愛した人。
誰よりも綺麗で整っていて、一点の染みもない人。
神社の息子だからかどこか浮世離れした雰囲気が、大好きだった。
優奈は手に入れたくて仕方がなくて、ずっと追いかけてきた。
それこそ出会った中学生の頃から、彼の隣にいる自分を夢想してきた。
彼の容姿だけに惹かれている有象無象とは違う。
男も女も綾人を好きになる。それは分かる。
特に男。
友人のふりをしながら綾人の肩を抱いたり、抱きついたりとやりたい放題なのが羨ましかった。
今思えば彼らにも下心があったのかもしれない。
女はあの顔立ちと、物腰の柔らかさ、それから少し謎めいた神秘的な雰囲気に惹かれていく。
当然蹴散らしたが。
分かっちゃいない。
優奈は姿形よりも、あの気高い魂に惹かれている。
滲み出る所作の上品さ。
毎日ブレることなく日課をこなす背中は引き締まり、ストイックさに痺れそうになる。
禁欲的で淡白に見えるのもいい。実際、自慰行為の頻度は高くないし、避妊具は買っていてもその他のオモチャなどは購入している様子は無かった。恐らく必要に駆られて適当に抜いているのだろうと分かる。その音声を聞くために盗聴器を仕掛けたかったけれど、セキュリティが厳しくて入れなかったのが残念だった。
誰にも平等に優しく、平等に距離をとっている。
決して弱みや愚痴は吐かず、人の噂話も興味がない。自分の道だけを真っ直ぐ進んで、寄り道などしない。
日本人の赤みがかった黒髪というよりは、紺に近い宵闇の髪と瞳も、白い肌によって更に際立つ。
艶やかなそれらは、濡れたように見えて色っぽい。
頭も良い。
優奈では到底合格することの出来ない難関校に行ってしまい、眺める時間は減ったけれど、将来優奈を養うことになるのだ。
学歴は高い方がいいに決まっている。
だから、綾人が滝の付近で姿を消した時、一瞬も迷わず命を失う覚悟で後を追った。
愛の力で世界を越えた。そう思った。
だって、あたしが聖女なんだって!
あたしのための世界みたいじゃない?
優奈は歓喜した。
『願いを叶える力』って、最強じゃん!
地球では封印されていたに違いない。でなければとっくに綾人を手に入れている。
それなのに、その力は人には使えない。……多少がっかりはしても、まだ落ち込むには早い。
優奈の周りには、人一人なんて簡単にどうこうできる権力者、しかもイケメンが沢山いるのだから。
日本人の男より断然造形の整った男達。
体力もあるしアレも大きく、紳士的だから乱暴をする人もいない。最高だった。
綾人に拘らなくても良いかも、とチラリと頭をよぎる程に。
しかし彼らはどこか薄っぺらい。人の望む貴公子を演じているような外面。
いくら熱心に抱かれても、優奈を満足させることは出来なかった。
綾人のような本物の輝きと比べれば小石に過ぎない。やはり手に入れるべきだと本能が叫ぶ。
綾人が優奈を抱く時は、どんな表情を見せるのか。あの細身だがしっかりと筋肉で覆われた身体に覆い被さられたら。絶対に優しい愛撫だろうけれど、綾人になら多少乱暴にされたっていい。
あの欲のカケラもないように見える顔に色気が滲んだら、どんなにゾクゾクするだろう。想像するだけで下腹がキュンとする。
ただし、ここには優奈を求める男たちがたくさんいる。便利な彼らを手放す気もない。
優奈は綾人のものではないが、綾人は自分のもの。
これまで接触禁止だとか、デリヘルで働くとか、客と交渉して言えないことしたりとか不本意なことをさせられてきたのだ。その分、綾人を好きなようにさせてもらう。
そうしたら、何?男が、好き?
許されない、そんなことは。
そんな生産性のない、汚らしい、常識を疑う、そんな趣味など。
優奈は綾人に近づくために全身整形を施したのだ。それこそ、風俗に身を落とすほどに。
元々それなりに甘い顔立ちの優奈だったが、おさわりだけの夜の飲食店ではあまり稼げなかったのだ。話術や気遣いが出来ない上、自分より人気のある嬢に嫉妬してストレスを溜めるだけで。
だから身体で稼いだ。小柄な優奈はサイズ感が良いらしい。
親は知らない。優奈を甘やかすだけで躾には無関心の親。
進学もせず、昼からデリヘルのバイトで稼ぎ、ダウンタイムの痛みも我慢して整形して、その間はバイト出来ないため予め計画しておいて予約して。
顔の系統も、身体も変えて、元の優奈と違う優奈であれば、接触禁止されなくて済むはず。
綾人に声をかけられなかったのは、あともう少し手入れが必要だったから。もう少し胸を増やしたかったから、それまでの我慢だった。
その努力は一体何のために?
「カンナ、出番だ!」
不意に声をかけられ、優奈は齧っていた爪から口を離す。
そうだ。ここで聖女として認められなければ、この世界で権力を手に入れられない。
手を地に置いて念じる。
『この地を浄化して』
優奈の足元から波紋が広がる様に、柔らかな浄化の力が広がっていく。
ドヤ顔でギティル王子を見上げた、その時だった。
「カンナ様!っ、クイーンアラクネがっ」
「カンナ!早く!」
「え」
その声に、無理やり力を絞り上げてアラクネを拘束する。しかし……倒すまでには至らず。
身体の中にあった暖かな存在が、無くなった。
騎士達が必死になってクイーンアラクネを倒そうとする中、優奈は意識を失い崩れ落ちたのだった。
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