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次の日は、憔悴した様子の優奈がまた、ジェラルド達、全身鎧の騎士をぞろぞろとつれてやって来た。


「綾人ぉ。あたし、よーく考えたんだけど。やっぱり嘘よね?男が好き、なんて」


ビク。後ろに並ぶ鎧が少し揺れる。ジェラルドと思われる大柄の鎧はやはりびくとも動かない。


「だからねぇ、証明して見せて。男いっぱい連れてきたから、キスして見せて。」

「……男の人の方が好きだと言っただけで、全ての男が好きな訳ではないんです。貴女だって、全ての、ありとあらゆる男が好きな訳ではないでしょう?」

「ハンッ!それは、そう!あたしはビッチじゃないもん。じゃあ、綾人が選んでいいから」

「…………こんなところで、ファーストキスを消費したくないのですが?」

「あはははっ!やっぱり、嘘!男が好きなんて言うけど、なんだかんだ理由つけて拒否してるじゃん!」

「………………ルド」


ギリ。奥歯を噛み締める。ええい、こうなったら仕方がない。
ジェラルドを呼ぶと、おずおずと大柄な鎧が進み出てくる。


「え、綾人、ソレ?待って、そいつは穢れてるってギティルが言ってた……こっち向かせないでよ!あたしは汚いものは見たくないの!」


(ルド、ごめんなさい。思いっきり、キスして?)


綾人はジェラルドだけに聞こえる小声で囁く。

本当はこんな場所で、こんな風にキスなんてしたくかった。
それでも、ジェラルドとキスをするのは嫌じゃない、むしろ少し、嬉しいとすら思う。彼が嫌がっていたら申し訳ないけれど、綾人にとっては一生の思い出になる。誰も知らない、類稀な美貌を持ち、いつも優しいジェラルドとのキス。


優奈に背を向け、ジェラルドは綾人の檻の前で、口元だけ兜をずらして露出させた。

掠れた声で「すまない」と言われた後、檻の隙間で――二人は唇を合わせた。

ピチュッ、むちゅっ、ピチャ、くちゅくちゅ……。

優奈が見なくても分かるくらいに水音を立てて。


「んっ、ふ……んんっ……」


段々と深くなるキス。荒くなる息遣い。
ヤバい。気持ち良い。じんじんと頭の中が痺れるような甘い気持ちよさで思考が回らない。

ようやっと離れた時には、綾人の白い頬はうっすらと上気し、濡れた唇が壮絶な色気を醸し出していた。腰が抜けそうになり、鉄格子を掴んで立つのに精一杯。


「なっ、なっ、なっ……う、そ……」


その綾人を見て、また優奈は再度気絶し、騎士達が優奈を運び出していく。

そこに残ったジェラルドは、名残惜しむように綾人の頭を撫で、頬を撫で、ぐっと引き寄せると、ちゅ、と音を立てて軽くキスをした。


「……っ?!」

「はぁ、クソ、我慢できない。好きだ、アヤト。城を出るまでは、と思っていたのに、アヤトからあんな風に言われて抑えることなどできない!俺は……俺はアヤトの好みの範疇にいると、自惚れてもいいか?」


息を荒げて言うジェラルド。綾人はギュン!と心臓が止まる様な心地になってしまった。
好き、と言った?この、極上のいい男が?


「あの……ルドは僕の好みそのものなんですが」

「!」

「いつも気にかけてくれて、誠実で……あの、一瞬しか顔は見ていませんが、とても格好良かったですし」

「あ、アヤト。それって」

「ルドのこと、好き……かもしれません」


ガシャンッ!

ジェラルドの鎧が勢いよく檻にぶつかる。綾人なら腕くらいは通り抜けられるその檻は、ジェラルドの鎧までは通してくれず、頭が当たったようだ。


「嬉しいがっ!そこは、『かも』なのか?」

「えっと、す、すみません……」

「いまはそれでよしとしよう……もう少しの辛抱だ。明日。早ければ夕方には迎えに来るから。それまでどうか、無事で」

「分かりました。ルドも」


まだ一緒にいたい。
しかしジェラルドにはどうやらやることが沢山あるらしく、綾人の手の甲にキスを送ると慌ただしく出て行ってしまった。










「まだかな……」

翌日。昼を過ぎてもまだ聖女は起きていないらしく、やはり衝撃が大きかったのだろうと綾人はほくそ笑む。

このまま逃げ切りたい。ジェラルドはもうすぐ来るはずだ。いつでも出られる様、軽く身体を動かして気を紛らわせる。


コツ、コツ、コツ。ガチャガチャ。

複数人の足音に、綾人は身を硬くする。ジェラルドが来るならこっそり、彼だけでくるかと思っていたのだ。

そして扉が開けられて、入ってきたのは――ジェラルドではなく、ギティル王子だった。

後ろには煌びやかな服を纏った中年の男性を何人も連れて。彼らは一様にニヤニヤと汚らしい笑みを浮かべ、綾人にはこの部屋全体が暗く翳ったようにも見えた。


「お前は……カンナに酷いことを言った様だな。男が好きだなんていう見え透いた嘘を。カンナは可哀想に、寝込んでいるぞ」

「お言葉ですが。僕に『犯された』らしい聖女様が、僕が男を好きだという事実にショックを受けるなんて辻褄が合いませんよね」

「黙れッ!お前は罪人だぞ?!よくもこの私の前で口を開けたな……!」

「彼女の言い分はどこかおかしい、ですよね?殿下」

「……いいか?聖女が言ったことが全て。それぞれの整合性など考える必要もない。ただ、お前は……お前と言う存在はカンナの中で大きい様だ。だからこうして、罰を与えに来たのだ」

「……どういう理屈ですか?」

「カンナは美しいものを好む。お前を穢してボロ雑巾になった姿を見せれば、たちまち嫌悪するだろうな」


ガチャ。檻が開けられる。

中年の男達が中に入って綾人を取り囲んだ。どれも肉付きが良い……ぶよぶよの体のせいで、檻の中は一気に狭くなる。


「その小生意気な顔がどんなふうに堕ちるのか、見ものだな?」


やれ、という言葉が合図となり、男たちが綾人に飛びかかる。

綾人はまだ、混乱で動けなかった。男に、襲われる?自分が?集団リンチ、ではない?


四方八方から押さえつけられ、シャツが破かれる。
重たい身体が綾人をがっしりと掴み、離さない。


「いっ、痛っ!」

「肌が綺麗だな。どれ、こちらはどうだ……」


スラックスが引き抜かれ、下着だけとなる。綾人の白く滑らかな脚、薄い毛の下腹に、喜んで舌や手を沿わせていく男たち。

「離せっ……!」

「極上……、ほうら、乳首もピンクで」


はだけさせられた乳首を、二人の男が舐め出した。ぐりぐり、ぬらぬらと這いずり回る。

気持ち悪い、生温い感触に慄いて身を引こうとしてもまるで動けなかった。

しかし見たことのない珍しい下着に、中年男たちは興奮しつつも手こずっていた。一見布の面積は少なく、局部のみを守る布は頼りなく、男たちの欲を唆ったのに、固く結ばれていて解けない。太った腕が綾人の脚を無理やり開脚させ、僅かに空いた下着の隙間に指を突っ込んでこようとしていた。


「ははっ、いい具合になってきたな……」

「何をやっている!」


ジェラルドが騒々しい音を立てて割入ってきた。

部屋の惨状を見てすぐさま把握したのか、中年男達は瞬く間に吹っ飛んだ。

「グェッ……」

「わ、わ、私は伯爵だぞ?!こんなことを……うっ」

抗議の声を無情に黙殺し、ジェラルドは縄で縛り上げるよう騎士に指示を飛ばす。その顔は鎧で覆われている為に見えなかったが、間違いなく激怒していた。


「第一王子殿下!言ったはずだ。彼は賓客として扱うと。決定事項を覆す事は陛下の決定に異を唱えるということだが、分かっているのか?」

「……チッ、この男を有効利用してやろうと思ったまで。どうやら第三王子はより良い利用方法を思いついたみたいだから、私は退散しよう」

「このことは陛下に伝達しておく。何も無いとは思わぬことだな」

「チッ」


悪態をつきながら、ギティル王子は去っていく。代わりに入ってきた騎士達が男らを連行したり、綾人に全身についた唾液を拭い、服を着せて介抱してくれる。


「アヤト。すまない、遅くなったばかりに……!しかし急ぐんだ。一刻も早く脱出するぞ、まだ聖女は寝ているからな」

「わ、分かり、ました。ありがとう、騎士さんたち」


追い立てる様に準備は整い、地下の使われていない水道道を走る。綾人は震えたままジェラルドの胸に抱かれていた。

先頭にはフェルナンドが居て、時折飛び出す黒い蟲やらぶよぶよした塊を薙ぎ払っていく。

そうして人気のない場所に用意された馬車に乗り込んで、どのくらいたったろうか。








ガタガタと揺れる馬車の中、一睡も出来ないまま夜が明けて、朝になり、また夜が来た。

そうして初めて、御者が「王都から離れましたよ」と囁き、馬車が止まった。


「うえぇぇぇえっ」

「すまない、綾人。無理をさせたな」


外へ出た瞬間、綾人は盛大に吐いた。

馬車の揺れと共に、先程まで男らに押さえつけられていたことで、悪寒と吐き気が止まらない。
神気で『吐き気が治りますように』と無心で唱えていた。治ったような気がしたらまた酔う、その繰り返しだ。

アザは神気で治したし、服も新しいものを着せてもらった。
それなのに、身体を拭っても拭っても、まだ汚いような気がする。





「う、み、見ないで……」

「!す、すまない!目を瞑っているから」

「うう~……」


さすさす、と背中を撫でる大きな手。
優しさが痛い。

綾人はひとしきり吐き終わり、ふう、と深呼吸をした。

ジェラルドは何事もなかったように『清掃』の魔術を用いて吐いた痕跡を消した。


「今日はもう休もう。こちらにおいで、口を濯いで」

「ありがとう……」


ジェラルドの手のひらに水が生み出され、それで口をさっぱりさせる。
騎士団は頻繁に野営をするらしく、ジェラルドの手際は恐ろしく早かった。綾人がはっと気付けばもう食事を終え、天幕で寝るところだった。


「大丈夫、ちゃんと手回ししてきた。しっかり休むんだ」

「……ん……」


瞼が重たい。綾人の意識は闇に沈んだ。



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