上 下
156 / 158

155 セーラ side

しおりを挟む

フォルナルクを立ち、野営で旧クルトル伯爵領を目指すセーラ。その初日の夜のことだった。

野営時の見張りは白蛇もいる上、周辺の隠蔽は魔術陣を敷いているため問題ない。

安心して寝たはずなのに、気付けば、不気味で、深い闇の中にいた。

真っ暗闇の奥。その奥から喧騒が近づいて来る。
こちらは金縛りにでもなったかのように動けないのに、ソレはどんどん近づいて来て、正体がわかると、セーラは悲鳴を喉で押し殺した。

セーラのこの世で一番嫌いな、オークに似た体格の男。40過ぎほどの、脂ぎった、腹の出ただらしのない男たちが、目を爛々と輝かせて追いかけてくる。

やっと金縛りが解けたと同時に走り出す。暗闇の中を、闇雲に。

憎い。怖い。悍ましい。

それなのに足は幼児のものになったかのように短くて、前に進めない。そうこうするうちにも男たちが、舌舐めずりをしながら追いかけて来て――。


「ハァ……ッ、ハァッ……!」


ガバリと身体を起こす。激しい動悸と、髪が汗で張り付いている。


「…………なんて、夢なの」


かいてしまった汗で、ぶるりと冷える。
目が覚めたので、もうここを出てしまおう。セーラはそう思い立ち、天幕などを片付けて、進み始めた。

ところがそれも数日続けば、セーラはあっという間に寝不足となった。眠れないから魔力が回復しない。魔力を回復するために、白蛇やスライムから魔力を戻してもらうが、そうすると従魔が弱体化してしまう。
だから悪夢を見ると分かっていても、無理やり眠るしかない。

(……今日は、なんなの)

セーラは、寝ていた。そう、天幕の、薄い寝具に包まって。目は閉じている筈なのに、何故か視界がある。つまり、これは夢。
なのにまるで現実で起きているかのような光景だった。さっき張ったばかりの天幕の外に、複数人の人影が映り、こそこそと笑いながらこちらへ来る。

(いやっ、だめ、入ってこないで……!)

天幕の入り口が、少しずつ、開いていく。
おかしい、絶対に現実ではない。だってセーラの魔術陣で、入れないはずだから。

そう頭では分かっているのに、見せられる光景は逆。無情にも侵入を許した入り口が全開になると、ニタニタと笑う男たちが、入ってくる……!!


「イヤァァァァァッ――――――!!」






旧クルトル伯爵領に入ったら解放されるかと思いきや、まだまだ悪夢は続いた。
一刻も早く安心できる家を買いたくて、少々高くとも即決した。この時のセーラの思考回路は、正常ではなかった。まともならば、クルトル伯爵領の閑散とした町にしては、高すぎる買い物だと気付けたはずだった。

ぼったくられたと気付かぬまま、セーラは一心不乱に侵入禁止を施したり、あらゆる悪夢を払い除けるまじないの道具を買い込んだ。

それでもウリエルの悪夢は続いた。セーラの髪はストレスで抜け落ち、目の下は真っ黒に落ち窪み、常に寝不足な為まともにポーションも作れない。

今まで薬師として得た資金も底を尽きそうになって、ようやく、セーラは教会へと赴いた。


「ごめんなさい。ごめんなさい、ロキくん。私が、嫌がるロキくんに無理強いしようとして。怖かったわね。不愉快で、気持ち悪かったわね。ごめんなさい。ごめんなさい……」


泣きながら女神像に謝るセーラに、女神が悪夢を消してくれたのか、ウリエルが満足したのかは分からない。

ただ、その日を境に、セーラが悪夢を見ることはなくなった。セーラはその後、長い生涯男を物色することなく、真面目に細々と薬屋を営んだのだった。









しおりを挟む
感想 62

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです

yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~ 旧タイトルに、もどしました。 日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。 まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。 劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。 日々の衣食住にも困る。 幸せ?生まれてこのかた一度もない。 ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・ 目覚めると、真っ白な世界。 目の前には神々しい人。 地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・ 短編→長編に変更しました。 R4.6.20 完結しました。 長らくお読みいただき、ありがとうございました。

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

転生してチートを手に入れました!!生まれた時から精霊王に囲まれてます…やだ

如月花恋
ファンタジー
…目の前がめっちゃ明るくなったと思ったら今度は…真っ白? 「え~…大丈夫?」 …大丈夫じゃないです というかあなた誰? 「神。ごめんね~?合コンしてたら死んじゃってた~」 …合…コン 私の死因…神様の合コン… …かない 「てことで…好きな所に転生していいよ!!」 好きな所…転生 じゃ異世界で 「異世界ってそんな子供みたいな…」 子供だし 小2 「まっいっか。分かった。知り合いのところ送るね」 よろです 魔法使えるところがいいな 「更に注文!?」 …神様のせいで死んだのに… 「あぁ!!分かりました!!」 やたね 「君…結構策士だな」 そう? 作戦とかは楽しいけど… 「う~ん…だったらあそこでも大丈夫かな。ちょうど人が足りないって言ってたし」 …あそこ? 「…うん。君ならやれるよ。頑張って」 …んな他人事みたいな… 「あ。爵位は結構高めだからね」 しゃくい…? 「じゃ!!」 え? ちょ…しゃくいの説明ぃぃぃぃ!!

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

こちらの異世界で頑張ります

kotaro
ファンタジー
原 雪は、初出勤で事故にあい死亡する。神様に第二の人生を授かり幼女の姿で 魔の森に降り立つ 其処で獣魔となるフェンリルと出合い後の保護者となる冒険者と出合う。 様々の事が起こり解決していく

処理中です...