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しおりを挟むレイ様にはモテる要素しか無い。
筆頭侯爵家の次男。嫡男ではないけれど、優秀な上に目を惹く麗俐な美形。背も高くて剣術も魔法の腕前も貴族の嗜みの域を越えているし、常に冷静沈着としていて取り乱すこともない。
それなのに、何故か、近付く女性は皆無だった。
護衛がしやすくて何よりなのだけど、何でだろう?
そう思っていると、隣で僕たちを見ていたダニエル様が、呆れたようにため息をついた。
「お前ら、なんか……何かあったか?何でそんなに近いんだ」
「いや?ただ、ロキが喜ぶからな」
「えっ……僕のためでしたか」
食堂の一角。
僕の隣にはぴったりと隙間の無いようにくっつくレイ様がいて、なんなら、僕の腰まで抱いていた。
僕の成長期が出し惜しみしているせいで、まだ小柄な身体は、レイ様の懐にすっぽりと収まってしまう。最初は気恥ずかしかった僕も、段々と慣れていくうちに安心感を覚えていた。親の腹の袋に収まる子カンガルーの気持ちが分かる。
「お前らが人目も憚らずイチャイチャする上、令嬢が近付くとレイモンがどんな目をするか知っているか?ロキ、お前は知らないだろうが、後ろの男こそ要注意人物だぞ。表情の違いが二面性を表している」
「えっ?レイモンド様が?」
ぱっと見上げれば、優しく穏やかなお顔。限りなく無表情に見えるけれど、口角はほんの少し上がって、目も細められている。これがレイ様の『笑顔』だ。
「ダニエル、俺の悪印象を与えようとしないでくれないか?」
「まさか!事実を述べただけさ。令嬢どころか男も近づけさせないほどの視線を放っているってこと!」
「はぁ……」
そうなのかなぁ?
魂の強化を重ねた結果、僕は僕以外の人の威圧に鈍感になった。正確には、威圧してこられても、少し睨まれているのと変わりないくらい。でも、流石にレイ様が威圧を放っていたなら、分かると思うのだけど。
一方で、僕に声をかけてくる人は増えた。女生徒だけでなく、男子生徒も、だ。大体が低位貴族と呼ばれる男爵、子爵で、驚いたことに、同性なのに結婚を申し込んでくる人もいた。
「同性でも婚姻は可能だ。……子供は得られずとも、親戚筋から養子に取れば良いし、ロキは下手な貴族より資産を持っているしな」
「ああ、資産目当ての……」
「だからといって手を出されないという訳ではない。ロキ、見てみろ、あの下衆な視線を」
「え……?」
レイ様の指の示す先には、よく話しかけてくる子爵令息がいた。僕と目が合い、ニコリと笑っている。下衆さは……うーん、あの人の元々の顔立ちじゃないかな、なんて言ったら失礼だろうか。
「ロキくん。ね、ちょっとだけ話さない?」
「いえ、すぐに戻る予定なので」
「ロキくん、休み無しでしょ?可哀想に……」
その子爵令息が、僕のお昼休憩を狙って話しかけてきた。レイ様にお昼ご飯を提供した後、サンに護衛を任せて昼ごはんをゆったり食べさせてもらっている、貴重な休み時間だ。
「今は講義時間中だと思いますが?」
「君に話しかける方が優先事項だよ。座るね」
人もまばらな食堂で、食べている最中の僕の前に陣取る令息。
……気にしないで食べ続けるけれど、にこにこと見られたままなのが気持ち悪い。
顔立ちは柔和に整っている。普通にしていれば彼女の一人や二人作れそうな感じなのに、わざわざ僕に話しかけようとするのは、益があるから。
ペラペラと自己紹介を勝手に喋っているけど、その殆どは僕の耳に入らず通り抜けていった。
「……だ。婚約者もいない。実に優良だよ、私は。私は子爵家のそれも四男でね。この優秀な才を生かす場所がないのはもったいないと思わないかい?」
「……」
もぐもぐもぐ。食堂の味は普通だ。けれど、こちらの世界特有の料理を僕は殆ど知らないから、知識として知るために食べている。ううん、今日のはハズレかなぁ。
「そこでだ。君、大きな屋敷持ちで、商会長なんだろう?私と婚姻した暁には、ぜひ、私に任せて欲しい。私なら君よりもっと早く、大きくさせることができる。ああ、もちろん君自身も魅力的だからこうして声をかけているんだよ。その桜色の唇も、真っ白な頬も非常に唆る。大きなアメジストの瞳と、人形のような睫毛!ああ、私、君を満足させる自信はある。あのブランドン侯爵令息よりもずっと、ソノ経験は多いはずだ。きっと私にしがみついて離れたくなくなるだろう」
「……」
「はぁ、信じてくれないのなら、試してみるのはどうかな?私にとっても、君にとっても大事なことだよ、相性というのはね。今度空き教室で……」
令息は僕を見ている内に興奮しだしたらしく。どんどん顔を近づけてくる。唾すら飛んできそうで、僕の食欲が落ちていく。何なの、この人……。
気持ち悪い。性的な興奮をした人が、目の前にいて、僕を見ている。
その事実は、僕の気分を最低にし、未知の恐怖にも陥れた。この人がやろうとしていることは、まだ、僕の経験にないことかつ、前世の知識でも及ばないことだ。魔物と対峙する時とは違う、怖さ。
早めに立ち去ろうと、決めた時だった。
「何をしている」
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