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しおりを挟む「はぁっ、はあっ、ハァ、ハァ、」
「ロキ!ゆっくりだ、ゆっくり息を吸うんだ」
「ハ、ハ、ヒィッ――」
心臓が裏返っちゃったみたい。苦しくて、悲しいのに、怒りも込み上げてくる。色んな感情がごっちゃに混ざって、訳が分からない。
ぎゅうっ!ランスさんに力強く抱き締められる。トクトクという鼓動に耳を押し付けられるようにしてていると、段々と落ち着いてきた。
「主よ。我に命令してくれ」
勝手に亜空間部屋から出てきたヴァンクリフトが、僕の背中を撫でた。潤む視界でほんやり見上げると、顔をくしゃりと歪ませて、ヴァンクリフトが壮絶な笑みを浮かべる。
「あの女を籠絡するか、誰にも知られないよう攫って、切り刻んでしまおう。我がかつて主にされたよりも、もっと細切れにしてやる」
「……それじゃあ、僕の方が犯罪者になってしまいます……」
「では籠絡の方か?我の好みでは無いが、主のためならひと肌脱ごう。我に子種は無くとも身体だけなら……」
「ロキになんて事を聞かせるつもりだ、ヴァンクリフト。慎んでくれないかな」
ランスさんがまたヴァンクリフトに怒ってる。そのよく見る光景で、僕の心臓はやっといつも通りに動き出した。良かった。
よし、僕は、大丈夫。ちゃんと忠告もしたし、セーラさんの前では取り乱さなかった。
ヴァンクリフトも僕が心配のあまりに出てきちゃったようなので、ランスさんとヴァンクリフトと手を繋ぎながら帰った。安心感があるなぁ。
屋敷まで送ってもらって、ランスさんと別れ際にまたハグをされる。
「ロキ、もう、セーラ薬師には会わない方がいい。分かった?君が大丈夫だと言ったとしても、だめだからね」
「は、はい。すみません、心配をおかけしてしまって」
「……俺に謝る必要は一切無いよ。ただ、もう、こんなに辛そうなロキを見るだけで、俺の心臓が潰れそうになるんだ。だからお願いだ、俺を安心させてくれるかい?」
「はい、ありがとうございます、ランスさん。本当に……一緒についてきてもらって、良かったです。とても心強かった」
「それは良かったよ。もっともっと、使い倒すくらいに俺を使って。ね?じゃあ、おやすみ」
小さい子にするように、ランスさんは僕の前髪に口付けを一つ落として、自分の宿舎へと帰っていった。……イケメンは弟子にもイケメンなんだね……。ちょっと、ぼうっとしてしまった。
セーラさんの事は、とてもでは無いけれど受け入れ難い。
でも客観的な意見としては素晴らしい腕を持った薬師だし、顔さえ合わなければ害はない。
元々、店舗に顔を出す頻度もあまり高くは無いのだ。ロイド様には、セーラさんだけを遠ざける必要はないと伝えた。
ご近所にセーラさんのような、僕に執着する人が出来る度に、ロイド様に頼るなんて、したくないもの。
しばらく雑念を振り払うように、色々な素材で囲碁セットを作り溜めていた。パチっと良い音を立てる白蝶貝、角度を変えて微かに光る、縞模様の美しい瑪瑙……。
トア爺の囲碁に夢中な様子を見て、ロイド様にも贈ることにしたのだ。トア爺は美しさよりも耐久性を気にする人だから、頑丈なものを送ったけれど、侯爵に贈るものはそれではいけない。
ロイド様のお顔的には囲碁というよりもチェスの方がお似合いだ。ただ、チェスは駒を一つ一つ形を変えて作るのが大変なので、囲碁で丁度良かったと思う。
一番美しく出来た白と黒の碁石と、重厚な碁盤を持ち、理解に何日かかかるかな、と思って作ったルールブックも添えて。お忙しい方だもの、僕がいない時にもさっと確認出来るものが必要だろうと思って。
ところが、さすがロイド様。僕の言う囲碁のルールをどんどん吸収していき、レイ様も捕まえて学ばせて、僕そっちのけで対戦に熱中していた。
「これはいい。盤上の静かで上品な戦い。戦略と賭け。これこそ私の求めていたものだ……!」
「父上。これはとても頭を使いますね。少々疲れてきました……」
「ちゃんと考えている証拠だ。これは子供の教育にもいいな。いつ売り出すんだ?」
「あ、ええと、まだ決めておりません。遊びなので……」
「陛下もこれには喜ばれるだろう。イゴというのか。シガールに言って早急に固めておくように」
「畏まりました」
シガールさん、ごめんなさい。また仕事を増やしてしまった。
後日、職人を増やしてイゴ専門店を構える事になり、陛下がどハマりしたことで爆発的に売れるようになる。僕の所の商会だけでは対応出来なくなり、製造・販売権をいくつか取引実績のある商会に譲った。その売り上げの一部をうちに納める契約になっているので、これでまた僕の口座は大変なことになるのだった。
「と言うことがあってね、オル、じい様の対戦相手に困る事はなさそうだよ。でも、僕、忘れてたんだけど、普通の人間が竜人の里には行けないよね?だからどうしようかなと思ってる」
そう、オルとの言霊送受信機に送った次の日の夜。
オルと共に、じい様もやってきたのだ。やっぱり、僕の部屋の窓から。
もう寝ようと思ってたのに!
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