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しおりを挟む僕たちが雪で遊んでいる間に、フォルナルクの新区画への移住者の応募が行われ、そのうちの一人の取り扱いが問題になっていた。
「ロキ。ロキの家の周辺はロキ商店で埋められると思っていたのだが、思わぬ出店希望があった。……薬師セーラの薬屋だ」
「セーラ、さん、が」
ロイド様は、僕を窺うように見て、そして渋い顔をした。僕の表情が一気に抜けたのを見たからだろう。
名前を聞くまでは、忘れていた。忘れたかった。そして名前を聞いて、忘れていなかったことに気付く。
当時10だか11だかの僕を、身体を使って誘惑してこようとした人。薬師としては尊敬していたし、きちんと取引してくれていた人だったからこそ、受けた衝撃も大きかった。
「……それは、でも、仕方ありませんよね……?僕の土地ではないので……」
「それはそうだが、どうしたい?ロキの身にあったことは知っている。本人の希望を聞かないことには対処の方針も決めかねる。近所に寄せ付けたく無いだけなのか、新区画への移転も嫌なのか、そもそもフォルナルクから追い出したいのか」
少し、考える時間を貰った。
近所を歩いていたら、ばったりセーラさんに会うこともあるのか……。そう思うと、今まで会わなかったのは不思議なことだ。セーラさんは出不精ではあったけれど、同じ町に住んでいるのだものね。
新区画の情報としては、僕の魔法で主に開拓されているため、僕が優遇され、一番良い場所を貰えると言うこと。一等地と言っていいのか分からないけれど、その土地はなかなかお値段のする場所。
しかし、セーラさんの薬屋は、旧区画で分かりにくくとも知る人ぞ知る、利便性の良い所に構えている。わざわざ移転する必要もない。
「……どうして、うちの商会の近くに越してこようとしているのか……」
レイ様は心配していたが、僕は直接セーラさんに会い、その真意を確かめることにした。
四年ぶりにもなる、セーラさんの薬屋。
扉を開けようとした手が、細かく震えているのに気が付き、苦笑した。おかしいな。僕、セーラさんより余程強い魔物をたくさん倒して来たのに、この扉の向こうで起こった悍ましい出来事を思い出して吐き気を催している。
迷宮主の扉でもないのに。
「ロキ、やはり、無理をせずどこか……人目のあるところに呼び出そう」
同行してくれたランスさんが、僕の頭を撫でながら言う。
「いえ、日中はセーラさんもお店をやっているし、夜に呼び出すのも嫌なので……」
「でも……顔色が真っ青だよ」
「だ、大丈夫です。僕だって四年前と同じじゃ無いですから。ちゃんと、強くなったんです」
ぎゅっとランスさんの手を握り、ようやく、あの日の僕を救いに来た。
中へ入ると、やはり少しも変わらないセーラさんが気怠げに出て来て、客が僕だと気付くと、その目を輝かせた。
「まぁ!坊やじゃないの!久しぶりに来てくれたのね!」
「……お久しぶりですね、セーラさん。今日は聞きたいことがあって、来ました」
「ああ、移転のことね?こちらにいらっしゃい、座りましょう。そちらのプリンスもね」
何事もなかったかのように、さらりと店の奥へ案内される。繋いだ手に力が入って、ランスさんは痛いかもしれないのに、離すことは出来なかった。
今の僕は、わざと顔に泥マスクをしている。酷い火傷跡に見えるように。
だけどセーラさんは、チラリと僕の顔を確認しただけで見抜いた上、何も言及しなかった。……それは、確かに、僕の望んでいた対応だった。
革張りの寝椅子に通されて、香り高い紅茶も出されるが、手はつけなかった。
「それで?」
「はい、新区画への移転の件で。僕の商会周辺への移転を希望しているようですが、何故だろうと思いまして」
「あら、いけない?坊やの商会周りで商売をした方が、客もたくさん来るでしょうし。経営者として当然の判断だけど……そういうことを聞きたいんじゃないのよね?」
「……」
なんと言えばいいのだろう。セーラさんの思惑は本当にそれだけ?だって、新区画までわざわざ出さなくとも、この旧フォルナルクにも僕の店舗はあるもの。
「……久しぶり、坊や。いいえ、ロキ。顔に何かつけているようだけど、そんなもので私は誤魔化されないし、それが仮に本当に怪我だったとしてもね、貴方の優秀な子種を欲しい気持ちは変わらないの」
「……っ!」
ガタッと立ち上がりそうになるランスさんを引き止める。怪しいギラギラした目のセーラさんは、僕から全く視線を外さない。
「確信したわ。あなたの精霊の加護の強大さ。魔力の強さも頭の回転の良さも、強かに貴族の力も使って成り上がる度胸も。やっぱり私の見る目に間違いはなかったわ」
「…………それは、移転に関係しますか?」
「もちろん。だって、商会長の姿をしている坊やも、素敵だと思うのよ。たっぷり眺めたいじゃない?」
「まだ、まだロキを諦めていないと……そう言うことですか?あんなことをしでかしておいて?」
ランスさんが、震える声で問う。感情を殺そうとした声色。ぐっと握りしめた拳が白くなっていた。
「ええ。だって……こんな素敵な子の、家の近くに住めるのだもの。私もそれだけのお金は持っているし、問題ないわよね?」
唇を噛んだ。確かなことは、この人は、犯罪行為はしていないということ。
日本ならわいせつ罪にでもなるかもしれないけれど、この世界でそんな法は無い。未遂だったし、身体的に襲われた訳でもない。
今回だって、最初にセーラさんが言った通り、僕の商会周りに店を移転させようとするのに自然な理由がある。
「好きな人の近くに住みたいのは、仕方のない事よね?だから、よろしくね、ロキ」
「お断りします。僕はもう、あなたを視界にも入れたくない。あなたも、こんな不毛なことはやめて下さい。時間の無駄です」
「ふふ、照れちゃって。それに、私はエルフだもの。あなたがもう少し成長するまで、じっくり待つわぁ」
……話は全く、聞いてくれそうになかった。湯気を立てた茶はそのままに、立ち上がった僕たちは逃げるように店から出たのだった。
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