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「あの人は、あまり凝ったことを考えられる人間ではありません。昔から親の姿を真似、男の人を口説く女性を真似、最小限の努力で楽に生きたいと思っているだけかと」

「普通に悪女じゃないか?それは」


レイ様の突っ込みが入る。確かにね?


「その、生育環境がまともではなかったのは、彼女の咎ではなく……」

「それを言うとロキ、君の生育環境の方が余程劣悪だと思うが?それでも真っ当に、確実に努力を積み上げてきた君を、虐げてきたんだぞ?」

「僕もその点は許せないのですが、死んでしまっては溜飲も下がりません。なので、僕にした仕打ちをそのまま返したいです」


僕の言葉に、執務室内が一気に冷えた気がした。
ロイド様も、レイ様も、シガールさんも、僕の受けてきた仕打ちを知っているからか。


「一日鞭打ち50回を毎日、5年。食事は残飯を一日二食で、睡眠時間三時間、それ以外は労働、給金は無し。顔にはフェイクでいいので火傷跡を施せば、当時の僕の気持ちを分かってくれるかと」

「死ぬな」

「死ぬだろうな」

「頑張っても一週間ですね」


痛いほどの静寂。

死ぬ……か。それほどの環境にいて、僕が死ななかったのは魔力による強化が出来ていたから。
それも魂が二種類混ざったという特殊な事例。普通の少年なら、死んでいたということ。

僕の後ろには、ヴァネッサが控えていた。青白い顔をさらに青くさせて、しかし口を出さないようにか手で必死に押さえている。配慮に欠けてしまったかな……。


「えと、死なせないようになんとか……」

「ふむ。その意、伝わった。それをベースに、死なない程度にほどよく加減をした死罪とするか。下がって良い」

「畏まりました。失礼致します」


後はロイド様に良いようにされるのだろう。

それはなんというか、僕がシガールさんに後処理を丸投げするような、一種の安心感と同じ。きっと良い塩梅にしてくれると信じている。


レイ様のお部屋に入ると、突然、背後から抱き竦められた。


「ロキ。……辛かったな」

「そんな、あ、ありがとうございます。今はもう、全く、気にしていませんから」

「そんなことは、ない。心の傷は、一生治ることはないんだ。治ったように見えても、中はじゅくじゅくと痛むこともある。……俺は、ロキのその傷も含めて、愛しているんだ」


ロイド様といい、レイ様といい。
ブランドン侯爵家は、理想そのものの家族だ。こんな平民、しかも限りなく貧民に近い僕を、家族として愛してくれる。


「ありがとうございます。ぼ、僕も、愛しています。レイ様も、ロイド様も……」

「…………………………ンッ?」

「ちょっと、やっぱり、恥ずかしいですね。こう、言葉に出すのは……、レイ様?」


いつの間にかレイ様は頭を抱えて、シガールさんがその肩をポンポンと叩いていた。あれ?どうしたのだろう。






僕の後にいたヴァネッサは、僕の受けていた仕打ちに衝撃を受けていた。自室へと帰った途端にダーッと涙を流しはじめたのだ。


「そんな……私がやった事で、そんなことになっていたなんて。ごめんなさい、ロクスウェル。いえ、謝っても許されることではないわね……」

「いいえ。僕よりヴァネッサの方が大変だったと思います。それなのに、自分の精霊を手放してまでその判断をしてくれたんです。感謝していますよ」

「え……?」

「それに、この顔のままであれば、変な……幼児趣味の所に売られていた可能性もあります。どちらにせよ大変な思いをするのなら、過酷な労働の方がまだマシだったと……今なら、そう思えますから」

「ロクスウェル……」


ぎゅっ、と抱きしめられる。少し冷たい体温の、母の温もりを感じて、僕は抱きしめ返した。













クルトル伯爵は平民――マリーを使ってブランドン侯爵家に危害を加えようとしたことと、ヴァネッサを拉致監禁したと、限りなく真実に近い噂が立ったことで爵位剥奪となった。
伯爵夫人の持ち込んだ証拠が大きな決め手になったことから夫人は連座せずに済んだが、彼女の望み通りとはいかなかった。

クルトル伯爵領は王領として接収され、しばらくは夫人を代官として運営された後、適任を見つける手筈となった。

夫人はとても頭の回る人だとは思うけれど、伯爵の子種を残そうとするあまり、ピリアム男爵令嬢になかなか非道な政略結婚を持ち掛けるようなお人だ。

ピリアム男爵令嬢以外にも打診を受けたご令嬢も複数いたことで、伯爵夫人の思い切りの良すぎる思考回路を危ぶんだ陛下が、彼女を女伯爵とすることを問題視したらしい。


そう言ったケイレニアス殿下が意味深に僕を見つめ……?凝視、してきたけれど、そっと目を逸らした。その適任者は、絶対に僕ではないからね!















――――――――――放逐されたマシュー・クルトル元伯爵。


伯爵位を剥奪されたその男は、平民となった。牢では不気味な男にありとあらゆる責苦、それも怪我を伴わないものを受けて憔悴していたが、開放されて市井に降りると、瞬く間に精気を取り戻した。


ただのマシューとなった男は、その物腰の柔らかさと、少し草臥れてはいても明らかな美貌を有効に使い、婦人たちから資金を集めた。
ある程度まとまった資金が出来たマシューは、とある呪具取り扱い店へと向かっていた。


「息子を……、私の唯一の息子を取り戻したいんだ。そのためなら鬼になったっていい!あの子が泣いて従うような、強大な力を手に入れたい」

「あるよ」


売店の男には、見えていた。マシューの心の澱み、執着が、おどろおどろしく渦巻いているのを。

一つの呪具を手に取り、紹介する。


「この首輪を身につければ、人外の力を手に入れられる。『悪魔の憑依』と言い、代償は――」

「それだ!それにする、今すぐに売ってくれ!」

「ハァッ……、まったく、説明も聞かないとは。まぁ、ここに説明書もあるから良く読んでから着けろよ」


全ての金を投げ出して購入した首輪。安くて古い宿に帰ったマシューは、早速箱から取り出して、首輪を眺めた。


「はぁ、はぁ、これで……、これで、あの子を私のものに!ロキ。ロキッ……!」


ガチャッ!

嵌めたと同時に、マシューの身体にあった魔力が全て吸われていく。それに伴う苦痛に、悲鳴すら上げれずに痙攣し、床を転がり、頭を打つ。

そしてようやく、顔を上げたマシューは――邪悪な笑みを浮かべていた。

『……ああ、そういうことかぁ』

そう呟き、ピュッと指先から迸った黒い閃光は、風景に擬態していた小さな塊を貫いた。






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