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しおりを挟む「クルトル伯爵家の当主権限の剥奪及び、私、ダリア元子爵令嬢への貸与を認めて下さいまし。もう、我慢の限界です。この15年間、ほとんど私が実権を握ってまいりました」
伯爵夫人が机に並べた書類。
クルトル伯爵が職務を放棄し、いかに自分勝手に怠惰に過ごし、伯爵夫人を立てることもせず、権力と資金だけを搾取してきたことを示していた。チラッと見ただけで、平民に理不尽な要求をふっかけた事例が山ほどあるようだった。
「お前、何を……!?ずっと従順だったろう!」
「それは、あなたのお顔が大好きだったから、まだ耐えられたの。けどもうそれで誤魔化せる時期は過ぎた。殿下、伯爵家の爵位剥奪でも構いませんが、その際は使用人らの就職先斡旋や私の衣食住の確保も合わせてお願い致します」
「伯爵夫人、大量の証拠をありがとう。……これは?」
ケイレニアス殿下が摘み上げたのは、15年前、伯爵が舞姫を拉致監禁していた証拠だった。
「これは、当時働いていた使用人や目撃者の証言を集めたものです。当時は、私は若く、伯爵のために尽くしていたのに、それらを全て無視して顔だけのこの女に入れ込んだのが許せなかった。それも、この女は嬉しがることもなく、むしろ嫌がっていたのも、許せず……。今でも恨みはありますが、同じくらい旦那様も許せません。この時のために取っておいたのです」
伯爵夫人の言葉に、ヴァネッサの目がより冷ややかなものになった。それはそうだろう、理不尽すぎる。それでも敵の敵は味方で、大人しく事態を見守っていた。
「お前……!それは爵位簒奪だろう!?クルトル伯爵家の血筋でない者が、よくもそのようなことを……」
焦る伯爵とは裏腹に、ケイレニアス殿下とロイド様は顔を見合わせて笑っていた。悪い顔をしている……。
「いや、伯爵夫人。よくまとまっている。私の一存では難しいが、すぐに陛下へ伝えようと思う。心配することはない、ロキの重要性は陛下も知るところだ。卿は貴族牢に、夫人は客室にておもてなししよう。ああ、マリーとやらは一般の牢で良い」
「はぁつ!?殿下、こんなっ、女の戯言を……!」
「えっ!?何でよ、あたしはまだ何も……!」
「尋問のためだ。連れて行け」
サッと近衛が、動いた時だった。
その瞬間に、後がないと思ったのか、マリーが侍女服のスカートを捲り上げ、長鞭を手に取った!
パシィィィン!
近衛が弾かれて、飛ばされる。
「!」
「なによ、なによぉっ!こいつは、あたしのもんでしょぉぉぉおっ!?」
凄まじい速度で、マリーが鞭を振るう。崖っぷちな状況だと理解しているのか、その目は充血して、僕だけを標的に定めていた。
「あんたは、あんたはあたしの、おもちゃなの!一生!あたしよりいい服や、いい身分、金なんか、あんたには要らないのよぉおっ!あんたのもんはあたしのもんなの!」
ピシィッ!
皆を守るため、結界を張る!鞭はマリーの予想外に跳ね返って彼女自身を傷付け、怯んだ隙に、近衛騎士たちが雪崩れ込む。
彼らの決死の特攻により、叫び狂うマリーはガチガチに拘束されたのだった。
騎士たちは喚く男女を連れて行き、一方で伯爵夫人は丁重にもてなされていった。
あの見覚えのない侍女は夫人付きだったらしい。部屋の外にいた彼女は、夫人と共に去っていく。
段々と騒音が遠ざかるのを聞き、ふうっ、と息が漏れる。はぁ、流石は殿下。もうあの人たちの言い分を聞く価値は無いと判断してくれて、良かった。なんだか疲れちゃった……。
「ロキ、それからヴァネッサ嬢、でいいのか……?とにかく、ご苦労だった。誘き寄せたのはこちらだが、想定以上に話の通じない御仁だったな」
「はい。その、目つきもなんとなく不穏で、ロイド様と殿下と一緒で心強かったです。落ち着きませんでした」
そっと腕をさする。ぶつぶつとした鳥肌が残っていた。
「ああ、あれは……良くない視線だった。許せんな。あんな下衆な視線でうちのロキを穢そうとするとは」
ロイド様も同調してくれる。うん、息子に向ける視線じゃなかったと思う。なんだかねっとりとして、べたべたするような。獲物がかかるのを待っているアラクネのような感じで。サンの悪口じゃないよ。
「脱走は出来ないから安心して欲しい。そもそも、伯爵にそんなことを協力してくれる人脈があるとは思えないが……」
「差し出がましくて申し訳ありませんが、牢の見張りに従魔をつけても良いですか?その、……さっきからすごい主張されていて」
「?ああ、構わないが?」
ケイレニアス殿下がそう言ってくれた瞬間に、亜空間小屋にいたヴァンクリフトが出てくる。王城にいても全く違和感のない出立ちだ。
「我に任せろ。あれが主の血縁上の父親か?解せんな、我の方が余程、パパとしての度量があるというのに。許可さえもらえればあやつは眷属に……」
「嫌ですよ、あの顔を一生見続けるなんて疎ましいです」
「冗談だ。人間のままならうっかり潰してしまうかもしれんが、死ななければ良いだろう?」
ヴァンクリフトの冗談はわかりにくいし、ケイレニアス殿下は『一体何を潰すんだ……』とドン引きしていた。もう、ややこしくなるから大人しくしてー!
「殿下、こちらはヴァンクリフトという、ヴァンパイアロードです。ヴァネッサをハーフヴァンパイアにした張本人ですが、僕もヴァネッサももう和解しておりますので気兼ねなく使って下さい」
「ああ、あれは最高に効いた。あれほど切り刻まれたのは初めてで興奮した……」
「ええと、とにかくそちらの御仁が監視を手伝ってくれるということか。よろしく頼む。ロキもその方が安心だろう」
ケイレニアス殿下はヴァンクリフトのうっとりと漏らした発言をまるっと流し、警備の一人として配置してくださった。流石殿下、話が早くて頼りになる。
僕はロイド様と共に屋敷へと帰り、一気に脱力したのだった。
マリーの身体検査をしたところ、愛用の鞭の他、違法の強い媚薬、そして闇魔法を込められた貴重な魔術符を所持していた。おそらくもう没落した、パッヘル侯爵家から購入した禁制品。
分析した結果、人の額に張り付けると、登録した人物の思うままに洗脳されるという、恐ろしい効果のある魔術符だった。
その効果はたった一日だが、その間に署名や本人確認の必要な重要な手続きをされてしまうと取り返しのつかない事になってしまう。
の、だが。
「ははっ、あの小娘は、看守に使ったのか!それも、登録者はクルトル伯爵のままで、どうにも出来ないまま効果が切れたと」
「何とも勿体無い使い方を……」
ロイド様は吹き出すように笑い、レイ様は渋い顔をしていた。
「逃亡を図ろうとしたのだろうが、登録者の変更が必要なことを知らされなかったようだな。実に滑稽で、浅はかで、可愛らしい」
これまで冷徹で、あまり感情を表さないロイド様がやけに笑顔だ。こうも普段無表情の人が笑うと、逆に怖いのだと、初めて知る。
「闇魔法の魔術符の使用に、違法媚薬の所持……、狙いはロキと平民だが、それは実質私を狙っているということだ、女の方は処刑かな」
「処刑」
思わず復唱してしまった。そうか……。
これまでのマリーが走馬灯のように蘇る。
僕に雑巾を投げつけてきたマリー。
初めて鞭を握ったマリー。
上手く鞭を振るえて喜ぶマリー。
顔を変えたら僕だと気付かず上目遣いで話しかけてきたマリー。
……ろくなもんじゃないな。うん……。
思い返しても良い思い出は一つもなかった。けれど、処刑は、何だか重すぎるような気がして、それが顔に出ていたのだろう。
「……ロキ。君はどう思う?どうしたい?意見を聞かせてくれ」
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