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陛下に招かれた夜会の日。

今日の僕はロイド様の護衛。レイ様も行きたがっていたが、婚約者のいないレイ様が行くと格好の餌食になるし、それは望んでいないということから、渋々お留守番をすることになった。


「ヴァネッサの衣装も間に合って良かった。とっても綺麗です、ヴァネッサ」

「ふふ、ありがとう、ロクスウェル。あなたのおかげよ!」


僕は少し打ち解けて、『さん』を外してヴァネッサを呼べるようになった。普段の彼女を見ていると子供のよう、と言うこともあってしっくりくる。

今日の夜会では『舞姫』をお披露目する。しばらく歓談した後の、ほんの少しの時間だけ。

薄いベールを被っているので、ヴァネッサの顔貌かおかたちはよく良く見ないと分からない。しかし、その優美で柔らかな、それでいて軽やかな動きに、すべての貴族の動きが止まった。

音楽は用意できなかったため、ヴァネッサが口ずさむように歌うのを拡声した。マシロには、幻想の花びらをひらひらと舞わせるようお願いをして。衣装もまた、金魚の尾鰭のようにふわふわと揺れて、天上の宴だ。


(すごく綺麗……)


永遠のような、短い舞が終わると、止まっていた会場の時が動き出した。
感動のあまり涙を拭う者、驚愕に震える者、……そして。


「う、ゔ、ヴァネッサ……!?」


転がり出て来た美形の男性は、クルトル伯爵だった。目は潤み、青白い顔に歓喜を浮かべている。


「君を、君をずっと探していたんだ……!どうして、今までどこに……っ!」

「私がお分かりですか、伯爵」

「もちろんだよ!その舞を見て、君だとわからない者はいない!」


クルトル伯爵は人目も憚らず、ヴァネッサの手を取ろうとする――が、それはロイド様によって阻止された。


「クルトル卿、謹んでくれたまえ。彼女は我が侯爵家でもてなしている、大事な客人。無礼な真似は……」

「……ブランドン侯爵。また、あなたか。いいですか、私は彼女と愛を育んだ仲だ。突然消えてしまったのを長年探していた!あなたがかどわかしたのでは!?」

「私を拐かしたのはあなたの方でしょう、伯爵」


怒気を孕んだ声だった。

はらりとベールを脱いだヴァネッサの顔に、会場から微かに悲鳴と響めきが上がる。

ヴァネッサの美貌は歳も取らずにそのまま。
紫の瞳は真紅に、肌は生気を失い青白くなっていた。


「今の私は、ハーフヴァンパイア。息子の従魔として、死から蘇ったのです」

「な、……っ!?」

「貴方は私を拉致し、痛めつけ、監禁し……やっとのことで逃げ出した私は、死にかけていました。そこでヴァンパイアに捕えられていたのです。この間まで、ずっと」


ヴァネッサの声は、不思議と良く通った。その真摯で真剣な声色は、会場全ての人に真実だと確信させるのに、不足は無かった。


「私が居たのは、クルトル伯爵、あなたの領地にある『屍人の迷宮』。……女の弱りきった足でも、辿り着ける距離にありますね。私も心を持つことを無視して、散々好きなようにして、楽しかったですか?貴方への恨み、ずぅっと覚えていますよ……」


死んだ青白い顔の女ということを存分に利用し、ヴァネッサは恨みのこもった目をクルトル伯爵へと向ける。本人のみならず、周囲にいた人間ですらヒッと後ずさるような迫力があった。


「し、し、知らない!そんな……!そうだ!主人が言わせているに違いない!そうだろう!?従魔ってことはそういうことだろう!?」

「ほう……?では、何故嘘を吐かせるのだ?クルトル卿よ」


ロイド様が、その場を支配した。実はロイド様、僕をレイ様の次の息子くらいに可愛がってくださっているので、我慢ならなかったのだろう。笑顔に浮かぶ青筋が怖い。


「ロキは其方と面識が無いのに?屍人の迷宮で実の母親と……それも死して魔物となった母親と初めて会い、その境遇に涙しながら、彼女を救うため従魔にせざるを得ない状況に追い込まれたロキが、何故、わざわざ嘘を吹き込むのだ?言ってみろ!!」


ビクゥゥゥウッ!!

ロイド様の怒声に、伯爵が飛び上がる。
な、なんだかすごく健気な感じに言って下さっているけど……さすが侯爵様、お言葉が上品。

僕はただ、母親っぽい人が鬱々としているのを見ちゃったし、頼れる仲間もいたから、じゃあ一緒に来る?と勧誘しただけなのに。


「それは……その……ここで言うことではないでしょう。陛下、御前を失礼致します。ブランドン侯爵、別室で改めてお話しましょう」

「それは、そうだな。せっかくの夜会を壊してはいけない。失礼する」


ロイド様に続いて、僕も会場を後にする。
会場中の視線が刺さるようだった。













夜会中は、休憩所としていくつかの客間が解放されている。

クルトル伯爵、ロイド様、それからヴァネッサと僕。それから、なんとケイレニアス殿下も一緒に来て下さった。五人も入れて、かつ他の人には遠慮していただきたいため、個室へと入った。

ちょっと狭いけれど、流石王城、穏やかではない話し合いにぴったりの、シンプルなお部屋。


「さて、クルトル卿。其方の狙いは……ヴァネッサか。それともロキか?」

「は……ははっ!何を言っていらっしゃるのか……」

「私を甘く見ないで頂きたい。そこな侍女。クルトル卿の手のものだろう。茶は要らぬからこちらに来い」


ビクッと肩を跳ねさせたメイドは、俯いていた顔を上げた。
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