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129 マリーside
しおりを挟むクルトル伯爵は、マリーに衝撃を与える程の美形だった。
(かなり年上だけど、あたし好みだわ!こういう冷たそうな人ほど、実は性癖が歪んでいたり、性欲が強かったりするのよね、知ってる!)
借金のせいで、働いても働いても全く余裕のある暮らしなんて出来ない。そのイライラは、伯爵の顔を見て癒す。疲れなんて吹っ飛んでいくレベルの顔だ。
ロキならもっと良かったが、この大人の落ち着いた物腰の旦那様も、悪くは無かった。
しかし、ここ数日、マリーの機嫌は最高に悪かった。
少し前、掃除担当から、やっとのことで買い物の担当になったのだ。伯爵夫人や伯爵のための買い物をするため街に出て、高級店を巡り、時には隣領まで行って用を済ませて、少し余ったら自分のお小遣いにしていい。優越感も味わえる、人気の役割。
伯爵家ではメイドがすぐに辞めてしまうため、この買い物担当への待遇を良くすることによって下手な噂をさせないようにしていた。要は口止め料。
ようやくその担当になれたと言うのに、何故か、ロキ商会に関して、マリーは店に入ることすら敵わなかったのだ。
ーーーーーーーーーーーー
今日買うべき物は、伯爵夫人愛用の化粧水。隣領まではるばる馬車に乗ってやってきた。リニューアルをしている場合はそちらを、そうでなくとも新商品が出ていればそれも含めて買ってくること。
そう厳命されて、前任者と共にウキウキと、マリーは久しぶりにフォルナルクまでやってきた。
「うわぁ、すごい……綺麗で可愛いお店……!」
「そうでしょう。こちらは見栄えも良くて、ぐっと乙女心を掴んでくるのよね……、入るたびに、私、ときめきが止まらないの」
先輩メイドは本当にこの店が好きらしい。『中はもっとすごいのよ』と言って、その言葉に胸を期待で膨らませた時。
「失礼。そちらのお嬢様は……」
扉の前に立っていた傭兵に声をかけられる。先輩メイドではなく、マリーの方を見ていた。
「ああ、こちらクルトル伯爵家の遣いの者です。この子は初めてなので、今日は私が連れて来ましたの」
「マリーと言います。よろしくお願いします」
「そうですか。申し訳ありませんが、マリー様は入店を許可されておりません。ああ、貴方様は大丈夫ですよ、どうぞお入り下さい」
「えっ……?」
「え、マリー、あなた……」
全く訳がわからなかった。
(ロキさんとは、一緒に迷宮に潜った仲なのよ?割引をしてくれてもいいくらいなのに、入店すら許可されていないって、どういうこと?)
「はあ?あたしは客よ!さっさとどきなさいよ。たんまり買いに来た上客なのよ!?」
「なにかあったノ?」
傭兵に掴み掛かろうとした時。ヒュンッと風切り音がして、目の前に女の子が現れた。それも、ものすごく可愛い、女の子。
マリーは子供が嫌いだった。それも、自分より可愛くて、これからますます可愛くなるであろう年下の女の子は特に嫌いだった。
「なに、この子。大人の話をしてるの、さっさとどい――」
「あっ!要注意人物のマリーだ!ウチには入っちゃだめヨ!」
その小さな身体を最大限大きく見せるように、両手を広げた。マリーを絶対に入れてはいけない、そんな覚悟を顔に滲ませて。
実はこの少女の実力であれば、マリーは即座に外壁の外まで飛ばされてしまうだろう。しかしそうなる前に、イチゴは幼女の武器『周囲の同情を引く』を最大限に使っていた。
「な、なにこのクソガキ……ッ」
「だめなのーーっ!」
「す、すみません……っ!こら、マリー!あなた、一体何をやったのか知らないけど、ここで待ってなさい。私だけでさっと買ってくるから!後できっちり話しなさいよ!?」
「は……っ!?せ、先輩……!?」
ふと周りを見ると、ヒソヒソ、コソコソと人の目を集めていた。
『なぁにあれ、強盗かしら?あんな小さい子を相手に……』
『うわぁ、あの商会を敵に回して……勇気あるな』
『あのメイドだけならまだしも、所属する貴族の家ごと出禁になる可能性あるぞ。面白くなってきた』
そんな小声が聞こえてくる。マリーは顔を真っ赤にしながらも、店の前で、先輩メイドが帰ってくるのを待つ他なかった。
これ以上ない屈辱だった。マリーの中で、ロキに対する怨念と執着が、育っていく。
ーーーーーーーーーーーー
そんなある日、遠目でぼんやりと伯爵を眺めつつ掃除をしていると、手招きをされた。珍しい、と思いつつ、マリーはそわそわしながら駆け寄った。
「はい、旦那様」
「マリーと言ったね。最近調べが付いたんだが、ロキ商会長は、昔顔に酷い火傷跡があったらしい。今はもう綺麗だったかい?」
「え?火傷跡……?全然、全く無かったですよ?綺麗な肌でした」
それはもう、つるつるのむきたまごのように。マリーより余程綺麗な肌で、産毛まで分かる距離にいても毛穴は見えなかった。
(いいなぁ、あそこの商会の化粧品を使っているのかな。あたしには高くて買えやしないのに……)
ロキと結婚できたら使い放題なのだろう。羨ましくて妄想をしていると、クルトル伯爵の次の言葉に、身体が硬直した。
「そうなのかい?とある貧民が顔見知りから聞いたようでね、『泥ねずみ』と蔑まされていたくらいに醜かったらしい。何か知っている?」
「エッ……!?」
泥ねずみ!
それは、かつてのあたしの宿屋にいた、あの汚くて醜くて痩せっぽちの少年。
(それが、ロキさん、いや、ロキと言う……同一人物?)
マリーは思い返す。ロキの体格は、かなり小柄だった。銀髪は、石鹸で洗わず水だけだったのなら、灰色に見えなくもない。
顔の火傷跡がどうやって治ったのかは不明だが、確かに、前々から顔は小さいなと感じたことがあった。自分より小顔だなんて認めたく無くて忘れていた。
「えっ……嘘……、ロキさん……が……泥、ねずみ、だった……?」
「……マリーは、何か知っているんだね?知っていることを、全て教えて欲しい。今度の夜会で会うかもしれないんだ」
「!それは、それは……っ、旦那様、あたしも連れていって下さい!!どうかお願いします!」
「うーん、それは君の情報次第、だね?」
伯爵は、にっこりと笑った。
マリーの一番古い記憶でも、もう泥ねずみは居候として宿屋にいた。自分の両親のどちらとも血は繋がっていなくて、客の忘れ物というだけ。
態度が悪くて客に迷惑をかけていたけれど、奴が突然逃げたせいで、実家の宿屋はすぐに潰れた。
マリーの両親は娘を捨ててどこかへ行ってしまい、冒険者になるしかなかった。
(なんて可哀想なの、あたしって。元はと言えばあいつが逃げたせいじゃない!)
伯爵に話しているうちに、ふつふつと怒りが込み上げてきた。
「一人だけ、いつの間にか顔も綺麗にして、Aランカーになって、商会長にもなってお金持ちで……ズルい!あたしたちは、身寄りもない奴を働かせてあげていたのに、恩の一つも返さず!なんて奴なの!?」
伯爵の前だと言うのも忘れ、マリーは怒りを撒き散らす。
(ああ、打ちたい、打ちたい、今、とんでもなくメッタメタに打ってやりたい。泥ねずみを……!)
「まぁ、落ち着いて、マリー。これから言うことは、誰にも言ってはいけないよ、約束出来るかい?」
「え……?」
防音の魔道具を使ってまで、伯爵が話したいこととは、何だろう。
――――――――マシュー・クルトル伯爵 side
ロキは実の子供だ。
伯爵は並々ならぬ熱意を、ロキに向けていた。
母親は行方不明のままだが、せめて息子だけでも家に迎えたい。それなのに狭量な妻は許してくれない上、ブランドン侯爵家からも関わるなと忠告された。
公に引き取れないのなら……こちらの支配下にある女をあてがうのはどうだろうか。
ロキに言うことを聞かせられる女性を養子にとり、当てがう。妻にはロキ商会を譲渡させれば納得してくれるかもしれない。
すなわち、ロキの妻に求めるものは、伯爵の支配下かつ、ロキに対して言うことを聞かせられる人物が望ましい。それが籠絡でも、恫喝でもどちらでも構わない。14歳の少年には、後者の方がよく効くだろう。
伯爵はロキのヴァネッサ譲りの美しさを持つ者を、どうしてもこの手に入れたかった。息子というのも口実でしかない。あの美貌に直に触れ、愛でて、自分だけを見つめさせて。
マリーはロキの恩人のような言い方をしていたが、伯爵は知っている。ロキを虐げていたことを。
しかし身寄りのないロキをあの年齢まで生かしてきたという恩を逆手にとれば、一度くらいの軽い願いは聞いてくれるはず。
魔法学園の野外訓練では、高価な転移魔法が込められた魔術符を使わせたのに、仕掛け人の使った睡眠薬は何故か、ロキに効かなかった。
媚薬騒ぎの混乱に乗じて、寝かせたロキを伯爵家に転移させ、養子縁組の承諾書に署名させる手筈だった。
しかし媚薬の方は無差別にやるよう伝えたのが功を奏し、捜査は伯爵まで辿り着けなかったのは良かったが……仕方ない。
あの薬が効かないのであれば、あとは闇魔法しかない。闇魔法の込められた魔術符を持っているのだ。これもまた、失敗できない唯一無二のもの。マリーで油断をさせた隙に、仕掛ける。そうすればあとは……簡単だ。
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