泥ねずみと呼ばれた少年は、いっそ要塞に住みたい

カシナシ

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少しの休暇を貰って学園に復帰(と言っても護衛だけれど)すると、レイ様に抱きつかれ、ダニエル様やケイレニアス殿下に苦笑されてしまった。


「聞いたよ、ロキ。……お母上が見つかったって」

「はい。ご心配をおかけしました」

「いや……しかし、歯痒いな。本当に……」


ケイレニアス殿下は、ものすごく、ものすごーく言いにくそうだ。分かるよ、僕だって彼の立場なら言えないだろう。

ヴァネッサさんを拉致監禁し、性奴隷のような扱いをしたクルトル伯爵。それは相手が平民とは言え、完全に法に反した行いだった。

人としての、女性としての尊厳を踏み躙ったこの行いが、ヴァネッサさんの証言で明らかに……出来なかった。
何故なら、ヴァネッサさんはもう、人間では無くなってしまったから。

ヴァネッサさんの言うことは、恐らく真実だ。けれど、客観的に見れば、魔物、それも従魔の言う事。主人である僕に『こう言え』と命令されたら逆らえないし、証言として扱われないのだ。

なので、クルトル伯爵は、まだのうのうと生きている。肩身の狭い思いなどせずにね。


「殿下、お気になさらず。今、彼女は心穏やかに毎日を過ごしているようなので、本当に見つかってよかったと思っているんです。日々元気を取り戻していくようで、見ている方も面白いんですよ」

「へぇ、日々?舞姫が?」


僕は思い出して、くすくすと笑ってしまう。

ヴァネッサさんは、僕の部屋で裁縫をしていたのだが、そこに来たイチゴちゃんに、『ロクスウェルが小さかったら着せたかったの』と言って、可愛らしいフリルのワンピースを着せていた。……ゾッとしたよね。僕は大きくなっていて心底良かった、確実に女装させられていたもの。

また次の日は、真珠玉を抱えたままリラックスの歌に合わせて、屋敷で働く使用人を見惚れさせながら踊り歩いていた。『もっとアップテンポの曲が欲しいの!』と色々触っているうちに安眠の歌になり、廊下でパタリと寝てしまったり。

そのまた翌日は、庭師に告白され、『私はね!魔物なのよ~!一昨日いらして!』と声高らかに断っていた。意気消沈な庭師曰く、『めちゃくちゃドヤ顔だった』らしい。

生きていた頃、数多くの求婚を断るのも気を遣って遣って大変だったらしい。身分や教養、生活習慣……ありったけの理由を盾にして断っても、諦めてくれる人は少なかった。それが今では『魔物』という一言で諦めざるを得ないのが爽快らしい。分かるような気もする。

ヴァネッサさんが楽しそうだと、僕も嬉しい。クルトル伯爵への憎悪もあるにはあるみたいだが、それよりも今が忙しいので構っていられないんだと。


「そういえば、父上も舞姫に会いたいと言っていた。もし機会があればよろしく頼むよ。落ち着いたらで構わない」

「あ、はい。かしこまりました。ハーフヴァンパイアなので顔色は悪いのと、瞳の色が変わってしまっていますが、それでもよろしければ」

「ああ……、恐らく、その姿を見れば、そうさせたクルトル伯爵を許さないだろうな、父上は」


ケイレニアス殿下がぶるりと震えながらそう言うと、キャロライン様がそっと腕をさすってあげていた。







実は従魔という生き物は、主人が死ぬと同時に命を失う。
何故なら、主人の魔力によってその身を構成されるから。だから、ギンも、ジジやピピ、サン、ネロ、ケルン、ミズタマも、ヴァネッサさんやヴァンクリフトも、僕と一緒に死ぬことになる。

それなのに何故従魔になるのかと聞けば、『魔物に寿命はないから』、死ぬのなら強い主人の魔力で強くなってから死にたいらしい。ジジやピピという比較的倒しやすい従魔は、強くなる前に人間に倒される可能性の方が高いから、僕の従魔になったのも納得だ。


「なんだか……部屋が狭い」


僕が感じたのは、もう家を建てた方が良いかな、ということ。

もちろん亜空間小屋にはそれぞれの家があるのだけど、この街の人たちや屋敷の人たちも、随分と従魔に慣れてくれたし、今では僕なしでギンが買い物も行けるくらい。
皆んなで団欒をしている風景を、眺めるのもいい。
お金も雪だるま式に増えていっているので、資金的には問題なく買えてしまう。


「レイ様は、卒業後はブランドン侯爵領の代官をするとおっしゃっていましたよね、どちらに住まうかは決めていますか?」

「ああ、父上が別邸をくれるからそちらに引っ越す予定だが……?」

「そうなんですね。その、お近くに、僕の家も建てたいのですけど……社員寮や広い庭も欲しくて」

「それはまた……!一緒に住めばいいじゃないか!」

「いえ、それは……ちょっと」


僕が目を逸らしながらそう言うと、レイ様はショックを受けたような顔をしていた。


「その、レイ様と一緒に住みたくないという訳ではなくて……、僕は僕の家が欲しいんです。関係性が変わったら追い出されるとか、そういう心配が無くて、僕の裁量で色々を決められる家が」


そう、全てを僕が決めたい。
ブランドン侯爵家の屋敷はとっても優美で綺麗な屋敷だ。

それは分かるけれど、僕が欲しいのは、誰が見ても難攻不落の、要塞のような家。変な人が押し入ってきても崩れず、そもそも『あそこは無理だ』と思ってしまうくらいの頑強な家がいい。

そうしたら、目を輝かせたレイ様に『俺の部屋も作ってくれ、入り浸る』と言われ、あれよあれよと作ることになったのだった。
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