泥ねずみと呼ばれた少年は、いっそ要塞に住みたい

カシナシ

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「ロキ……ロキ……」

「ん……」

「ロキ!」


目を開けると、真っ赤だった。
サラサラの髪だ。無意識になでなでをすると、泣きそうなオルの顔。


「はぁーっ、三日も眠ってたんだぞ!レイも心配してたけど、今は学校に行ってる。体調どうだ?」

「わ……っ、久々の『魂の強化』だ。めちゃくちゃ体軽くなってるよ。最高の気分」


恐らくさっきまで熱で魘されていたのだろう、着せられたアオザイが汗で張り付いてびっちょり濡れていた。けれど身体は強化されて、益々魔力が漲っている。

どうやらブランドン侯爵家の屋敷に寝かされているみたい。聞けば、あの迷宮から帰ってきて、オルが僕とランスさんを運んで飛んでくれたらしい。


『ロキ~~っ!嬉しい!あたし、開花したのよ~っ!』


ぽんっ!とマシロが出てきて、僕は驚きに固まった。
手乗り五歳児だったマシロが……ひとかかえほどの五歳児になっている……!
ふくふくほっぺやまんまるのお腹はそのまま、サイズアップ。それでも人間の五歳児よりは小さいけれどね。イチゴちゃんの妹みたいな見た目になった。


髪にくっついていた花も、蕾ではなく満開に花開いているし、マシロがどう?どう?とひらひら踊るたびに、花びらが物理的に降ってきた。えっ、散らかる。


『これで、在界に来る前くらいにあたしの力が戻ったの~っ!この花びらは、他の精霊たちがあたしとロキに捧げてくれる愛だからね!大切にしておいてねっ!』


なで、なで。大きくなったマシロの頭を撫でながら、考える。
ええと……つまりは、これからは時々花びらを貰うことになるってことかな。僕が女の子だったら良かったのかもしれないけど、男に花びらって……。


『大丈夫!ロキは女の子より可愛いし美人だから!』

「それ慰めているのかな……?」

「そう言えば、ロキの花の匂いがより香るようになった気がする。本当にずっと嗅いでられる!」

「マシロ……?何かしたね?」

『いいでしょっ!』


花の精霊の加護って……男にはなかなかシビアなような気がして、遠い目になった。
ロキの精霊王がうらやま……いや、何でもない。マシロが大好きだからね!


「そうだ、ギルドからの伝言。ランスとロキはあのAランク迷宮を踏破したから、星ひとつもらえるんだって!星ってなんだ?」

「あー、冒険者のタグにね、星が貰えるんだ。多い程良いんだって」

「オレ知ってるぞ、集めると良いモンもらえるやつか!」

「合っているような違うような……」


まあいっか。抱きついてくるオルとハグをし合って、無事を確かめた。オルの肌にはかすり傷は細かくついていたけど、もう瘡蓋になっている。大きな怪我もほとんどなかったみたい。


「ハーフヴァンパイアも結構強かったな!なかなか攻撃当たらないし、こっちも狡賢くなんなきゃだめだった」

「狡賢く?オルが?」

「うん。剣に付与するタイミングを変えれば、刀身の長さが急に変わるからさ。それで奴らも間合い取れなくてサクサクだったぜ」

「おお……オルが考えてる……」


僕が感嘆していると、騒ぎを聞きつけたランスさんやシガールさんも入ってきた。


「はぁ、良かった……!ただの魂の強化で」

「ただのって……」

「いや、ロキの母親とか、色々精神的に負担だったでしょう?それの反動なら心配だなって」

「ロキ様の、お母上を保護したと聞いております。……従魔として。流石に驚きました」


シガールさんもまた、心配そうに僕の顔色を伺っているようだった。
そういえば、そうだなぁ、新しいメンバーにもなるし、紹介しなくちゃ。


「ヴァネッサさん、ヴァンクリフト、出てきてください」


おっ……?
シュッと出てきたヴァネッサさんは、ゆったりとしたアオザイを。ヴァンクリフトはかっちりしたスーツを着用していた。中々格好良く決まっている。


「妾が渡したの。ヴァネッサは戦いたくないって言うし、ヴァンクリフトはキツめの服がいいって。我儘よねぇ」


妖艶美女のサンが言う。この三人が並ぶとなんだか美形基準が狂いそうになるなぁ。


「私は……ロクスウェルと、そう呼んでも良い……?」

「もちろん。その……あなたが付けてくれた名前だから」

「ロクスウェル……本当に、本当にありがとう。でも……この人も、従魔にしちゃったの……?」


ヴァネッサさんが、困ったようにヴァンクリフトを睨みつけている。あー、そうだよね。逃げたがっていたものね。でも、もう僕の従魔になったので好きなようにはさせない。


「大丈夫ですよ。ね?ヴァンクリフト、ヴァネッサさんを口説いたりだとか……」

「ああ、そうだな……やはり容姿は最高に美しいと思う。だが、ここに、容姿が美しい上に我を屈服させる程の男がいるだろう……?」

「!?」


ヴァンクリフトは僕の頬をそうっと撫でた。近いし、その赤い瞳の輝きが不穏なのですけど……?


「我はもう主のものだ。好きなようにしてくれていい。主なら……」

「……いかがわしい雰囲気で言わないで下さい。それより、ヴァネッサさんに謝ってくださいね。辛い思いをさせたのですから」

「そのことだけど……私、こうして貴方のそばにいられるようになったから、別にいいのよ。ロクスウェル。あの時死んで土に還っていたら、貴方とこうしてお話することも出来なかったもの」

「ヴァネッサさん……」


本人がそういうのなら、僕から言うことではない、か。僕もヴァネッサさんのおかげで一皮剥けたようだし、ヴァンクリフトのおかげでもあるのかな。そう思って彼の方を見ると、


「ふっ、そういうことだ。主、感謝してくれて良いぞ」


のたまっており、ジト目になってしまった。

クイッと襟元を寛げるヴァンクリフトは、サンと同じくお色気属性のようだった。30代前半くらいの、成熟した男の色気に当てられて、僕の従魔だというのに負けそうだ……。


ヴァネッサさんはそんな風に豹変したヴァンクリフトを見て、安心したようにホッと息を吐いていた。ええと、それならよかった、次の標的が僕だということを除けばね。

ヴァネッサさんは戦闘はした事がなかった。ハーフヴァンパイアに相応しい身体能力はあるけれど、気性としては大人しく、舞を踊ったり、絵を描いたり音楽を奏でるのが好きみたい。それから僕を産んだ名残なのか、子供服を縫うのがとても好きなんだとか。

僕の部屋にはヴァネッサさん用の寝椅子を置いて、イチゴちゃん用や、お店に置く商品として子供服を縫ってもらうことにした。
ちくちくと針を通すヴァネッサさんは、とても、とても穏やかな顔をしていた。






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