泥ねずみと呼ばれた少年は、いっそ要塞に住みたい

カシナシ

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「私の息子が、こんなに立派になっていて、本当に嬉しい。お友だちにも、恵まれて、こんなに幸せそうで……私、本当に胸がいっぱいよ……」

「あの……ヴァネッサさん。ここから、出たいですか?」


僕がそう問いかけると、ヴァネッサさんはきょとんとした。本当にもう、『悔いはない』みたいな穏やかな顔をしている。


「僕と従魔契約をすれば、ここから出られると思うのですが……」

「!?そんな。息子のお世話もほとんど出来なかったのに、世話になることは出来ない……」

「ロキの母ちゃんなんだろ?従魔になったらロキを世話してやれよ!まぁ、ロキはほとんど自立してっけど!」


オルの言葉に、ヴァネッサさんがぐっと心を惹かれているのが分かった。強く手を握りしめて、顔を歪ませている。


「でも、やっぱりだめ。私があなたの従魔になったら、主の眷属契約が解消になる。絶対に気付かれて、あなたを殺しにくる」

「ヴァネッサさんの主とは、ヴァンパイアですか?」

「いいえ。ヴァンパイアロード。一層から五層までを支配する、とてもとても強いお方なの……そこの三人で相手が出来るとは思えない。こんなことを言ってごめんなさい……」


僕は、ヴァネッサさんの話を聞いて、助けたいと思った。
だってこの人は、何も悪いことはしていない。美しかっただけで、翻弄されてきた。それは僕もそうだったし、これからも多分そうだけど、僕には対抗手段がある。

まだ母親だとは認識できないけれど、ここで見捨てるということも到底出来なさそうだった。なにより、ここで従魔にしない場合、ヴァネッサさんは誰かに殺されるか、殺すか、永遠に閉じ込められるか、だから。


「オルの勘って、すごいね。ここまで分かったなんて」

「ん?分かんなかったけど?ただ、オレはよく『当たる』だけ!」

「ありがとう、オル。僕は、ヴァネッサさんを従魔にしたい。そうしたら多分ヴァンパイアロードが来ると思うのだけど……一緒に、戦ってくれる?」

「「もちろん」だ!」


ランスさんも、オルも。覚悟を決めてくれていた。


「じゃあ、ヴァネッサさん。……従属して」

「……っ!……ありがとう、ありがとう……!」


パァァッとヴァネッサさんが光って、僕と繋がり、絆が結ばれる。
従魔の印は、ヴァネッサさんの両手首に、紫の刺青のように浮かび上がった。







その、次の呼吸をした瞬間。


「……来る!」


結界を展開すると同時に、小部屋が破壊された。

天井が落ち、壁も跡形無く、粉塵を巻き上げて崩れていく。
結界はまだ無事だった。段々と視界が開けると、先ほどまでいた迷宮とは全く違う、暗い宮殿のような所に変貌していた。


「ヴァネッサ。わたしの、ヴァネッサを。……お前が!」


そこには、宵闇の長い髪を垂らした壮絶な美貌の、ヴァンパイアロードが浮かんでいた。激怒のあまり、額に青筋を立てて。

周りを囲まれていた。全員、彼の眷属のハーフヴァンパイアなのだろう。10人以上、それもおそらく皆手練れの。頭上には無数の蝙蝠が蠢き、こちらを威嚇している。


「ランスさん、オルはハーフヴァンパイアを。ギン、ケルン、ミズタマは補助してあげて、サンは蝙蝠!ネロは遊撃。ヴァネッサさんは、ごめんなさい、ちょっと引っ込んでいて!」


僕はヴァネッサさんは戦闘要員から外し、亜空間部屋へと避難させる。


ヴァンパイアロードは、真っ直ぐに僕へと向かってくる。僕がヴァネッサさんを従属させたのを、魔力の質で嗅ぎ分けたよう。


「どこに!彼女をどこにやった!今すぐに返せ……!ようやく、後少しで我のものになるところだったのに……!」

「無理強いをしているのに?僕には、全くその気持ちが分かりません」


ガキンッ!

ヴァンパイアロードの長剣と、僕の竜骨の双剣が一点で重なる。こちらは両手を使っているのに、長身痩躯から放たれる一撃は重い。
まともに打ち合っては不利だ。重点をずらして受け流しながら、手数を増やして押していく。


「お前、ヴァネッサに似ているな……!?血縁者か!?」

「息子です。よくも、母を殺しましたね」

「ハッ……、あの虚弱な人間の肉体はほぼ死にかけていたんだ、むしろ魔物になることでよほど強靭になった。褒めてもらいたいな、息子よ」

「僕はあなたの息子ではありません!」


キンッとヴァンパイアロードの首元を切り裂いた!
ヌルッとズレた首をーーとんとん、と片手で位置を直している。やはり、死なないか……!


「ヴァネッサの息子にしては、異様な強さだ。悪くない」

「くっ……」


にやりと笑うそいつの、身体能力も反応速度も、僕より上。
こちらだって魔力で強化しているのに、剣を打ち合うだけでかすりもしない!


「……っ!」


薙ぎ払われて、左手の剣が飛んでいってしまった。一瞬の隙。
無手に気を取られた僕の眼前には、ヴァンパイアロードの不敵な笑みがあった。

キン!
頬を長剣がかする。ピリッとした痛みと共に、床に引き倒され、足で踏みつけられた。


「……我はな、美しいものが好きなんだ」

「……な、に……?」

「お前ほどの美貌を殺すのは惜しい。……我が眷属に加えてやろう」

「!や、めっ、」

「あともう少し成長してからの方が好みではあるが……やむを得ん」


チラリと赤い舌を出して唇を舐めたヴァンパイアロード。口の端から、犬歯が鋭く伸びていく。


「ロキ!」


視界いっぱいに奴の顔が迫って――



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