泥ねずみと呼ばれた少年は、いっそ要塞に住みたい

カシナシ

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「……っ!」


案の定、というべきか、予想外というべきか。
天幕内には、先ほどの睡眠薬とは違い、媚薬の甘ったるい匂いが充満していた。令嬢たちは気付かずに眠っていたのか、かなり十分に吸引していまっている。ハァ、ハァ、と寝息にしては苦しそうな声。

僕はここでも『湯上がり』や『洗浄』を駆使して洗い流す。それでも、すでに体に取り入れてしまった分はどうにもならない。

そういえば、僕自身は何ともない。おそらく、マシロの言うところの『お花から作られた成分』だからだろう。よかった、マシロ様さまだ。

魔法でごっそりと綺麗にしたために、さすがにお二人も眠りから覚めたらしい。
ぼんやりと身体中を真っ赤にさせたまま、僕の姿に気づいたよう。


「ロキ、さま……」

「はぁ、んっ……なんか、あついわ……っ?」

「すみません、医療班を呼んでーーっ!?」

「待って、ロキさまぁっ……」


リーナ嬢が、とろんとした目でこちらに向かってくる。ひぇぇぇぇ。それも足元をもつれさせて転ぼうとしたから、体が勝手に反応して、咄嗟に抱き止めていた。
慌てて離れようとしても、凄まじい力を発揮して離れない。

このまま天幕の外に出ると、男爵令嬢の醜聞にもなってしまうだろう。
だが、迷っている暇はなかった。全く別のところから、悲鳴が上がったから。

もう、仕方ないよね。男爵令嬢に、ごめんなさいと謝って、眠り薬を嗅がせて意識を奪う。虚な瞳で服を脱ごうとしていたアビゲイル嬢の方にも、だ。

外に出れば、僕たちとは正反対の方向に設営していた天幕にも、同様の被害があったらしい。
そして、やはりかけられた液体は媚薬。そちらは、二名の令息が被害に遭ったらしい。僕とエリオット様の天幕には睡眠薬だったのだけど……犯人は、一体何がしたかったのか?無差別愉快犯?

見つかった時の生徒たちの反応からすると、おそらく二箇所で媚薬が投げ込まれていた方が先で、最後に僕らの天幕に睡眠薬を投げ込んだと思われた。……もしかして、犯人に仕立て上げられようとしたのだろうか。邪推しすぎかな。すぐに起きれてよかった。


「しかしこれだけの騒ぎで、犯人が捕まらないなんて」

「ああ、相当手練なのか……、今、この迷宮に入れているということは関係者だと明白なのに」


レイ様と話していると、起きたらしいエリオット様が眉間を揉んでいた。あれ?もう復活したの?目を瞬かせると、エリオット様は爽やかに笑っていた。


「あー、ナマの薬草噛んだら治りました。あまり多く吸ってなかったみたいで。ロキがすぐに気付いて綺麗にしてくれたおかげだよ、ありがとう」

「流石です。苦味で気付けしたんですね」

「そちらには媚薬はなくて良かったが、令嬢の方はキツイだろうな。それに、結構吸い込んでいたみたいなんだろう?」

「はい。男だと簡単なんですけどね~」

「……エリオット。ロキの前で何の話をしているんだ」

「何でもないです~!」


怖い顔のレイ様に話しかけられたエリオット様は、サッと逃げていった。
エリオット様が言うのは、多分アレのことだろう。そのくらい僕とて分かる。レイ様はまだ僕を子供だと思っているのだろうか。ともかく、今は令嬢たちをどうするか、だ。


「レイ様。ご令嬢たちは……」

「今、ダニエルが医療班の先生を呼んだ。恐らく緩和剤を打たれて……帰還することになるだろうな。はぁ、まだ第一層の半分しか来ていないのに」

「そうですね。全く腹立たしい犯人ですね……何が目的だったのか……」

「ああ。だが、この迷宮に入っている人間の身元は全て抑えられているから、時間はかかっても必ず割り出されるだろう」

「良かったです」


ご令嬢たちも、せっかくノルマを達成したというのに最後まで参加出来ないのは悔しいだろうな。









レイ様の言った通り、ご令嬢たちは緩和剤という、媚薬効果を薄める薬を打たれた。それは二日酔いに対する酔い止めのようなささやかな効果しかなく、一日寝込むことで正常な状態に戻るらしい。
出来るだけ速やかに学園へ戻らせたほうが良いということで、僕がその担当をすることになってしまった。

何故なら、レイ様とダニエル様は引き続き探索を進めるから。
他の護衛二人で令嬢を抱えて戻るよりも、僕のケルンに乗せてさっと行ってしまった方が早い、とのことだった。


「であれば、他の組につかせているネロを呼び戻してレイ様につかせますからね。それだけは譲れませんよ」

「別にこの程度の迷宮なら問題ないが……犯人もまだ捕まっていないし、ロキに従おう」

「ふふっ、これではどっちが主人なのかわからないな、レイモン?」


ダニエル様がニヤニヤとしている隣で、エリオット様もニヤニヤと僕を見ていた。僕はまたも、令嬢二人でサンドイッチになったままケルンに乗っているからだろう。渋い顔になってしまう。

ネロをレイ様につかせたのは、何かあった時レイ様を乗せて高速移動で離脱出来るからだ。ギンでは重み分遅くなるし、サンの蜘蛛部分は大きくてこの迷宮では出せないもの。


「お二人を届けたらまた戻ってきますから、それまでどうかご無事で。気をつけてくださいね」

「ああ、分かった。君はなかなか過保護だな」

「そりゃ、護衛対象ですから、レイ様は」


僕がそう言うと、レイ様は嬉しいのか呆れたのか、半笑いしていた。









ケルンを駆けさせて、最高速度で学園へと向かわせた。
ケルピーであるケルンの体は少しひんやりとしているからか、アビゲイル嬢はケルンに身体を寄せて涼をとっている。リーナ嬢は僕の背中側に括り付けているのだが、僕に抱きついてうわ言のように『ロキ様、ロキ様』と呟いていた。
正直、気まずい。本人に意識はないのだが、盗み聞きをしているような罪悪感を感じてしまう。

とはいえ、ケルンのお陰で学園まで然程距離は無い。緊急事態ということで、ケルンに乗ったまま学園に入り、そのまま医療室まで駆ける。


「やっと着いた……」


ようやく医療室について扉を開け、医療の先生の柔和なお顔を見たら神様かと思う程にホッとした。いや、神様には会ったことあるけど、今の僕には救世主に思えた。
二人を降ろし、医療の先生に預ける。起こったことの説明をすると、驚きはしていたものの、動きは迅速だった。


「お疲れ様です、ロキくん。彼女たちもあまり見られたくないだろうから、早く主人の元に帰ってあげてね?」


と、先生が優しく言ってくれたので、全てを預けて部屋を後にしようとして――。

くんっ、と袖を引かれて、立ち止まる。ピリアム男爵令嬢が、辛そうに目を開けて、僕を見上げていた。

「ロキ、様、ロキさま……っ、お願いです、私を……」

「こら、リーナ嬢。寝てなさい。寝ていれば治るから」

「でもっ、わ、わ、私、ロキ様なら、いいって、心の底から言えます!だって、結婚して欲しいから……!」

「!?」


リーナ嬢の瞳には、少しの理性が戻ってきたように見えた。体を震わせながらも、僕をまっすぐに見つめている。


「わ、私が、あんなにへっぽこなのに、優しく、してくれて、格好良くて!う、うちは、男爵だから、お婿さんが、平民でも、全く問題ないって、」

「あー、あーあーあーロキくん、早く行きなさい。もし、リーナ嬢を嫁にする覚悟があるなら別だけど」

「っ、失礼します……!」


先生に押さえられながらも男爵令嬢は服を脱ごうとして、僕は慌てて医療室から飛び出した。もう、何が何やら。

やっぱり、媚薬は怖いね。頭の中を支配されてしまって、今後の人生を決める大事な選択肢さえも冷静に見れなくなるなんて。

一般に使われる媚薬は、主に草花から作られる。だから、僕に効くものはほとんど限られるだろう。改めて、マシロの加護に感謝した。



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