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野営に良い場所を見つけると、簡単な野営料理を教えてあげて、天幕は当然、別々に設営した。

マリーはしきりに僕の天幕に入りたがったけれど、これには登録者以外は弾く結界があると言うこと、女性ならばそういうものを購入するか、従魔を持つといいとだけ言って引っ込んだ。

一応、一泊二日の講習料が一千万なんだもの。僕の良心のためにも、ちゃんと教えるべきことは教えている。彼女がそれを活用してくれるかは知らない。

夜中は、僕の天幕に侵入しようとするマリーの姿と、諦めて寝たマリーの天幕に侵入しようとする謎の男が目撃されたが、どちらもギンによって跳ね返されて防止された。



明る朝。


「おはようございま……何か、匂います?」

「えっ?あー、ええと、分かっちゃいました?良い匂いですよねっ!これ」


マリーは甘ったるい香水でも浴びてきたのか、強烈な臭気を放っていた。ええっと、この子本当に冒険者として大丈夫なのかな……。

そのまま僕の腕を取ろうとしてくるので、するりと避ける。


「マリーさん、その匂いは魔物寄せに似ています。魔物を引きつけたいのですか?」

「はい?知らないんですか?これは異性を魅力的に見せる香水で……って何を言わせるんですか!恥ずかしいですぅ」

「くねくねしている場合ではないですよ、ほら」


ここが熱雨林の迷宮で、まだ良かった。
草葉から顔を覗かせたのは、大小様々なナメクジ各種。赤や黒といった毒々しいものまである。

日本の梅雨で見るような、小さい、ノロマな奴ではない。骨喰い蛞蝓メルトスラッグという、手のひら大ほどあるものが、全身をばねのように使って飛びかかってくる。

マリーの匂いに釣られてやってきたのだろう。それでも小雨が降っているお陰で、そこまで数は多くない。


「マリーさん、鞭術を使う時ですよ」

「嫌あああ!!キモッ!気持ち悪ぅぅうっ!」

「このくらいならあなたでも大丈夫ですよ、ほら」


援護としてナメクジを水弾でパシパシと撃ち飛ばしていく。マリーはやっと鞭を握り、ナメクジたちを退けていった。やはり、鞭術に関しては器用に使いこなせる模様。精度がかなり高い。


「……これに懲りたら、迷宮探索中におかしな匂いをつけないでくださいね。餌になりますよ」

「はい……」


マリーを『湯上がり』で丸洗いし、臭いを落とす。もう少しで鼻がバカになるところだった。

途中途中でマリーが罠に引っかかったり、明らかに人の仕業と思われる毒矢が飛んできたりしたけれど、僕は難なく回避して、やっとこの地獄の時間が終わる。










ギルドに寄って任務達成の旨を報告すると、もうおしまいだ。後日要注意人物リストにいれてもらおうっと。しつこく飛びついてくる人、という設定で。


「今日はありがとうございましたっ!ロキさん、すっごく勉強になりました!あの、お疲れ様でしたってことで夜ご飯、一緒に……」

「お疲れ様でした。家に帰るまでが探索ですので、帰宅したら反省点を書き出しておくことをお勧めします。では」

「ええ~っ……」


さっと身を翻した。引率の先生みたいなことを言ってしまったけれど、もう、一秒でも見ていたくない!









屋敷へと帰るなり、レイ様に抱きしめられた。
よっぽど心配をさせてしまったみたいで、僕が怪我をしていないのかぺたぺたと確認して、ようやくホッとしたようだ。


「良かった。いつも通りの……いや、少し疲れてはいるが、一部も欠けることなく帰ってきたな。本当にご苦労様だった」

「ありがとうございます、レイ様。はい、幼少期は恐ろしかった存在も、今では取るに足らないと確認できて良かったです」

「ロキに比べたらほとんどの人間は取るに足らないぞ……、だが、そういう気付きは大事だよな。今日は早く休め。なんなら寝かしつけてやる」

「それは遠慮しておきますね」


レイ様にエスコートされ(何故従者の僕が?)、自室へと入って一人になると、ドッ……と疲れが沸き出てきた。

それは精神的なもの。マリーは色々仕掛けてきたものの、表面上は『先輩に教えを請う後輩冒険者』の設定を崩さなかった。彼女の狙いは悉く外れたと思うけど、当然ながら、僕を鞭打ってストレス解消をする訳でもなく。

無抵抗の、それも一つしか年の変わらない子供を楽しそうに鞭打っていたマリーの狂暴性は、一体どこへ行ったのかと思うくらいに、何もなかった。どこかで滲み出てくるだろうと思って昨日からずっとピリピリと神経を研ぎ澄ませていたのに、そんな二面性を完全に隠し通したのだ。

それが逆に、気持ち悪かった。

そして彼女の表向きの顔に騙されてしまう人がいることにも、納得してしまった。マリーのパーティーメンバーの人たちのことだ。きっとあの調子で上手いことしているのだろう。


「はぁ……疲れた……」

『お疲れ様ねっ!はい、お花の香りで癒されて~』

『ギンをぎゅってしてもいいよ』

「妾はこのウサギ耳のついた寝巻きを着ますわ、目の保養でしょう?」

『吾の毛皮が恋しいだろう』


従魔たちが僕を囲んでぎゅむっとなった。暑苦しい。けど……ふふっ、くすぐったい。

マリーに大怪我させることも無く無事に終えられたので、クルトル伯爵の狙いである、『僕に借金をふっかける』ことは回避できた。

それはつまり、マリーは最低でも金貨10枚の借金を負っているということ。マリーの実力的に返済に何年かかるか想像もつかないけれど、彼女のパーティーメンバーに今日の僕から得た知識を伝えてくれたら、もしかしたら稼ぎは増えるかもしれない。

なんなら金貨10枚を返してあげてもいいけれど、そんな噂が立ったら後々面倒そうなので、借金ライフを頑張って楽しんでほしい。


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