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しおりを挟むレイ様は、ここ最近の不仲を解消するためだと言ってダニエル様を連れ出し、不審な顔をするエリオット様と共に自室へと招いた。
「おい、レイモンド。やっと素直にな……おわっ!?」
まずはエリオット様を昏倒させ、ダニエル様を拘束する。慄くダニエル様をスキャンすれば、結構真っ黒な靄が掛かっていた。
「なっ、おい、うそだ、ろ……」
「失礼しますね」
サッと睡眠薬を嗅がせると、とろんと瞼が落ちていく。
ソファに寝かせて、ダニエル様の心を蝕む靄を見る。まだ、白い所もあるから大丈夫……!
それらを浄化すると、引くほどどばっと出ていった。溜まりに溜まった汚れをごそっと洗ったような爽快感。
ふう、いい仕事をした。
結構強引にいけたのは、レイ様の許可を得ているからだ。
エリオット様はダニエル様までは行かないものの、やはり靄はそこそここびりついていたので同様に浄化する。
二人とも、ぐったりと意識を失い呼吸も浅かった。もっとゆっくり浄化すれば良かったかな。
いや、時間は有限だよね、こうしている間にも、リリー嬢の魔の手が伸びているのだから。
二人にきっちりと組紐を付けて、再犯防止だ。
サンの手も借りて彼らの部屋に送り、レイ様はようやく息をするのを思い出したように深呼吸した。
「これで、目が覚めるのを待つ。良く働いてくれた。ロキ、君の労働内容とは違うのに。ボーナスでも出そうか?」
「ふふ、お金には困ってないので。少しでも、レイ様の過ごしやすい生活になればそれでいいです。魔道具作りは勉強にもなりますし」
「また君は……、はぁ、まだ二人が起きるまで結果はわからないから、油断は出来ない。引き続き宜しく頼む」
ロイド様への手紙の返信で、『ロキの力を借りるのなら特別手当を考えておけ』とあったらしい。欲しいものはわりかし自力で手に入れている。
王族や公爵家からのイチャモンをどうにかしてくれるだけで、僕にとってはこれ以上ないご褒美なのである。
ダニエル様が気を失ってから三日経ち、ようやく彼は目を覚ました。既に意識を取り戻していたエリオット様は、主人を守れなかったと一回りくらい小さくなって萎れていた。
「ダニエル。……調子はどうだ」
「最悪だ。世話をかけた……、記憶は、ある。申し訳なかった」
よろよろと起きあがろうとするダニエル様を制し、レイ様は側に座った。
あの強気で、不遜で、揺るぎない自信に溢れたダニエル様ではなく、疲れ切った病人のようだ。やっぱり、意思に反する行動をしていた反動で、精神的な傷跡が残っているのだろう。
「ロキ、だったな。本当に、正気を取り戻させてくれてありがとう。今となっては、何故あんな安っぽい女に惹かれたのか……」
「オレもです……どこかで、舐めていました……」
「起こったことは仕方がない。取り敢えず、現時点で推測できることと、対策を共有させてくれ」
そうレイ様が言うと、二人はすぐにキリッと真剣に聞いていた。
「わっ元気になられたんですねっ!ダニエル様ぁ!……った!え?!」
甲高い悲鳴に振り返ると、ダニエル様に弾かれたらしいピンクボア嬢がへたり込んでいた。
呆然とした様子の元凶に、これまでなら手を差し伸べる筈のダニエル様は、虫を潰してしまったような顔をするばかりだった。
やはりというか、手首の魔石がピカッと光って消えた。
つまり、ピンクボア嬢は今さっきの瞬間、魔道具を使ったということ。
ダニエル様もその光の意味を知っている。組紐を見て、いよいよ顔を歪ませていた。
「えっ、……助けてくれないんですかぁ?ダニエル様、紳士なのに……?」
「リリー、いや、チャムリー男爵令嬢。身の程を弁えろ。俺のことはフィッツロイ公爵令息と言うように。……騙された俺がバカだった……」
「えっ、えっ?どうしちゃったんですか?エリオット様、ダニエル様が変に……」
「チャムリー男爵令嬢、ボクのこともホランド子爵令息と。ここは学びの場ですから、いい加減学んでくれます?」
エリオット様も容赦ない。二人して同じタイミングでフンッと鼻を鳴らしたのは笑ってしまった。仲の良い主従だ。
「えっ、えっ、なんで?嘘……」
二人はさっさとその場から離れてしまい、ピンクボア嬢は近くにいた女生徒に仕方なさそうに引っ張り上げられていた。
そこでようやく我に返ったのか、元気に叫び声を上げる。
「痛いわっ!ひどい、腕が取れそうだったわ!」
「あらそう。でも光魔法が使えるなら自分で治せて良かったわね。せっかく手助けしてあげたのにこの言い分。もう二度と手を貸さないわ、もちろんチャムリー男爵家共々ね」
「えっ、そ、それは……ごっ、ごめんなさぁい!勘違いしちゃって……」
「私はこの耳でちゃあんと聴いたわ。貴女は私から暴行を受けたかのように騒いだことをね。その小さな頭じゃ、少し前のことも忘れてしまうのかしら?かわいそうなこと」
そう言い放ったのは広大な領地を持つ、アビゲイル・モルモル伯爵令嬢で、レイ様も敵には回したくない貴族として頭に叩き込んだ覚えのある令嬢だった。ああ、全く、あの人は貴族名鑑持ってないのだろうか。迂闊すぎる。
モルモル伯爵令嬢のキレの良すぎる言葉に、僕とレイ様は顔を見合わせて笑ってしまった。
「モルモル嬢は一見穏やかそうに見えて、敵に回すと完膚なきまでに叩いてきそうだな。味方のうちは頼れる御仁だが」
「そういえばご婚約者は……」
「少し前に、リリー嬢に誑かされた男に婚約破棄していたと思う」
それなら、ピンクボア嬢を助け起こしただけでも器の大きいお方だ。
遠目でバチッと目が合ったので会釈をすると、ふんわりと優雅に微笑まれた。
その後も、ダニエル様の態度の冷たさに焦ったのか、ピンクボア嬢は悉く特攻しては失敗していた。
ダニエル様本人に触れてはバチッ!と弾かれるし、その前に立ちはだかる関門:エリオット様に擦り寄ろうとしても、あのピンク色を見かけた段階で殺気立っているエリオット様には、到底近付けなかったようだ。
エリオット様は流石に剣は抜かなかったが、先の丸い木の棒をどこからか調達して、先端の方に布を巻いて柔軟性を持たせて対リリー嬢に使っており、見かけた時は笑いを堪えるので大変だった。野生動物かな?
パーシーさん、ダニエル様とエリオット様を浄化して、今回組紐によってピンクボア嬢が何らかの魔道具を持っていることが確定した。
次は……、とレイ様が手紙を書いている。
「一刻も早く呪具を取り上げたい所だが、いきなりリリー嬢を捕らえては殿下が権力を行使する可能性が高い。ここはまず、殿下の目を覚まさせよう」
レイ様のお仕事は大変に早く、次の日には、キャロライン様のお茶会に招かれていた。
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