102 / 158
101
しおりを挟む女の子の声。咄嗟に顔に手をやると、あ、そうだった。フォルナルクに転移する時に泥パックは外したんだった。
声をかけてきた女の子をチラリと見て、二度見した。
なんと、冒険者らしい装備をした、マリーだった!
そう、僕を散々いたぶってきた、元宿屋の看板娘のマリー。
腰には短鞭ではなく、長鞭。きっと彼女の武器なのだろう。英才教育されてきた武器だもの、扱いやすかったか、才能があったのか。
マリーは僕を泥ねずみと呼んでいたけれど、元の名前は知らないと思う。
だから、ちょっと焦ったけど、僕は初めて会ったかのように振る舞ってみた。多分これが正解だ。
「…………何か用ですか?」
「あの、あたしたち、Cランクのパーティー組んでるんですけどぉ……、良かったら、一回だけでもご一緒出来ないかなぁって」
意外と言うか、手堅い提案に意表を突かれた。マリーが?あの、暴虐無人の、マリーが、割とまともなことを言っている……?
固まったまま考える。上級ランクの先輩冒険者と一緒に依頼をこなすことで、ノウハウを学ぶというのは、ギルドでも推奨されているくらい良い手だ。僕もランスさんと一緒に行動するだけで、大いに勉強になったもの。
相手がマリーでなければ快諾していたかもしれない。けれど、泥ねずみだと蔑んでいた顔が、上目遣いで、至近距離に近寄ってきているのが……僕には耐えられなかった。
「ごめんね、色々と忙しいから」
「そんなぁ……っ、後輩が可愛くないんですかっ!?」
「君は、魔法は使えますか?」
なんとなく気になって聞いてしまう。マリーは確か、魔力は人並みでも精霊の加護があったはず。
小首を傾げて聞いてみると、マリーはさっと目を逸らしていた。
「ええとぉ、使えるはずなんですけど、ちょっとあたしには向いてないみたいで。あっ!でも、鞭術はこの町で一番です!中距離の敵ならヨユーで倒せるんですよ!」
マリーは誇らしげに鞭をピンッと伸ばして見せた。うっ、ちょっと、トラウマが蘇る。
引いている僕には気付かないマリーは、何故か顔を赤らめてチラチラと僕を見上げながら言う。
「そのぉ、こういうのを好きな人には、あたし、人気があって。えっと、あなたなら、特別にやってみせても……」
「……?何を言っているのかわかりませんが、僕の戦い方は魔法が主体ですので、他を当たることをお勧めします。では」
もう、もう、ゾワゾワが足元からやってきて背中を這い上がる勢いだった。
きっぱりと断って、隠密を使って人混みに紛れこむ。後ろからは『えっ、待って……っ』と声が聞こえたのも無視して、社員寮の方へと帰ったのだった。
「あー……もう、本当に嫌……」
なんとなくそのまま寝たくなくてトア爺に愚痴っていると、そこへククリ、シガールさんやイアンもわらわらと集まり出し、だらだら夜ご飯を食べることになった。ヘイドンさんも、酒のアテを用意し終えてから、そこへ混じってくる。
ククリと僕以外はお酒も飲んでいて、イアンは弱いのか、ケラケラ笑いながら踊っていた。楽しそうでなによりだ。
「ロキ、お前さん、ナニか持っておるよなぁ。まさかこの町にまであの子が来て、ばったり会って、声をかけられるなんて、なかなかの奇跡じゃ」
「僕もそう思います。もう、せっかくAランクになった感動が……」
「可哀想に。ほれ、ハグしちゃる」
トア爺も酔っているらしい。だけど、僕は甘んじてハグを受け入れた。相変わらずの独特な香りに、ホッとする。
酒を片手にしたシガールさんは、僕の頭をぽんぽんと撫でてくれた。なかなか甘やかされているなぁ、僕。
「ロキ様のご尊顔は本当に綺麗な上可愛らしさもあって声をかけやすいんですよねでも威圧感もあってぐっと目を惹くような妙な感覚でそんな方がミスリルのタグを持っていたら私でもナンパするかもしれませんし多分その子以外にもワサワサ寄ってきてもおかしくは」
「ストップ。ストップじゃぞ、シガールさんよ。黙って、ほら、飲め飲め」
「あっ、おれそれ飲みたかったのに……!トアの爺さん、こっちにもくれぇ!」
おわ……。グラスに並々と清酒を注いだトア爺。容赦なく潰す気だ。シガールさんはそれを真顔で受け取り、飲み干した。……一見すると酔ってなさそうなのだけど、多分すごく酔ってるなぁ。
そしてヘイドンさんもトア爺に注いでもらい、顔を真っ赤にさせて飲み続けている。顔に出やすいタイプみたい。唐揚げを摘み、『また太る……』とお腹のお肉もつまんでいた。
「よし、とにかくマリーにもう声をかけられたくないので、ぷちギンを派遣してついていてもらいます。そしたら回避できますし」
「……確かに。いや、冒険者ならこちらから手を回しても……」
「シガールさんがそこまでする必要はないです。ただ、放っておいて欲しいだけなので」
「ううっ、そうですか……っ、分かりました取り敢えずその方は要注意人物として絵姿を観覧させますけどいいですよね、ええ」
シガールさんの言う通り、もしマリーがこの商会に来たとしても追い払えるよう従業員には知っていてもらおうかな。そのくらいはいいよね。
75
お気に入りに追加
717
あなたにおすすめの小説
「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。
桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」
この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。
※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。
※1回の投稿文字数は少な目です。
※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。
表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年10月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
1ページの文字数は少な目です。
約4500文字程度の番外編です。
バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`)
ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑)
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?

運命の番?棄てたのは貴方です
ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。
番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。
※自己設定満載ですので気を付けてください。
※性描写はないですが、一線を越える個所もあります
※多少の残酷表現あります。
以上2点からセルフレイティング

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

好きでした、さようなら
豆狸
恋愛
「……すまない」
初夜の床で、彼は言いました。
「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」
悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。
なろう様でも公開中です。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

【完結】結婚前から愛人を囲う男の種などいりません!
つくも茄子
ファンタジー
伯爵令嬢のフアナは、結婚式の一ヶ月前に婚約者の恋人から「私達愛し合っているから婚約を破棄しろ」と怒鳴り込まれた。この赤毛の女性は誰?え?婚約者のジョアンの恋人?初耳です。ジョアンとは従兄妹同士の幼馴染。ジョアンの父親である侯爵はフアナの伯父でもあった。怒り心頭の伯父。されどフアナは夫に愛人がいても一向に構わない。というよりも、結婚一ヶ月前に破棄など常識に考えて無理である。無事に結婚は済ませたものの、夫は新妻を蔑ろにする。何か勘違いしているようですが、伯爵家の世継ぎは私から生まれた子供がなるんですよ?父親?別に書類上の夫である必要はありません。そんな、フアナに最高の「種」がやってきた。
他サイトにも公開中。

兄を溺愛する母に捨てられたので私は家族を捨てる事にします!
ユウ
恋愛
幼い頃から兄を溺愛する母。
自由奔放で独身貴族を貫いていた兄がようやく結婚を決めた。
しかし、兄の結婚で全てが崩壊する事になった。
「今すぐこの邸から出て行ってくれる?遺産相続も放棄して」
「は?」
母の我儘に振り回され同居し世話をして来たのに理不尽な理由で邸から追い出されることになったマリーは自分勝手な母に愛想が尽きた。
「もう縁を切ろう」
「マリー」
家族は夫だけだと思い領地を離れることにしたそんな中。
義母から同居を願い出られることになり、マリー達は義母の元に身を寄せることになった。
対するマリーの母は念願の新生活と思いきや、思ったように進まず新たな嫁はびっくり箱のような人物で生活にも支障が起きた事でマリーを呼び戻そうとするも。
「無理ですわ。王都から領地まで遠すぎます」
都合の良い時だけ利用する母に愛情はない。
「お兄様にお任せします」
実母よりも大事にしてくれる義母と夫を優先しすることにしたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる