泥ねずみと呼ばれた少年は、いっそ要塞に住みたい

カシナシ

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女の子の声。咄嗟に顔に手をやると、あ、そうだった。フォルナルクに転移する時に泥パックは外したんだった。

声をかけてきた女の子をチラリと見て、二度見した。
なんと、冒険者らしい装備をした、マリーだった!

そう、僕を散々いたぶってきた、元宿屋の看板娘のマリー。

腰には短鞭ではなく、長鞭。きっと彼女の武器なのだろう。英才教育されてきた武器だもの、扱いやすかったか、才能があったのか。

マリーは僕を泥ねずみと呼んでいたけれど、元の名前は知らないと思う。
だから、ちょっと焦ったけど、僕は初めて会ったかのように振る舞ってみた。多分これが正解だ。


「…………何か用ですか?」

「あの、あたしたち、Cランクのパーティー組んでるんですけどぉ……、良かったら、一回だけでもご一緒出来ないかなぁって」


意外と言うか、手堅い提案に意表を突かれた。マリーが?あの、暴虐無人の、マリーが、割とまともなことを言っている……?

固まったまま考える。上級ランクの先輩冒険者と一緒に依頼をこなすことで、ノウハウを学ぶというのは、ギルドでも推奨されているくらい良い手だ。僕もランスさんと一緒に行動するだけで、大いに勉強になったもの。

相手がマリーでなければ快諾していたかもしれない。けれど、泥ねずみだと蔑んでいた顔が、上目遣いで、至近距離に近寄ってきているのが……僕には耐えられなかった。


「ごめんね、色々と忙しいから」

「そんなぁ……っ、後輩が可愛くないんですかっ!?」

「君は、魔法は使えますか?」


なんとなく気になって聞いてしまう。マリーは確か、魔力は人並みでも精霊の加護があったはず。
小首を傾げて聞いてみると、マリーはさっと目を逸らしていた。


「ええとぉ、使えるはずなんですけど、ちょっとあたしには向いてないみたいで。あっ!でも、鞭術はこの町で一番です!中距離の敵ならヨユーで倒せるんですよ!」


マリーは誇らしげに鞭をピンッと伸ばして見せた。うっ、ちょっと、トラウマが蘇る。
引いている僕には気付かないマリーは、何故か顔を赤らめてチラチラと僕を見上げながら言う。


「そのぉ、こういうのを好きな人には、あたし、人気があって。えっと、あなたなら、特別にやってみせても……」

「……?何を言っているのかわかりませんが、僕の戦い方は魔法が主体ですので、他を当たることをお勧めします。では」


もう、もう、ゾワゾワが足元からやってきて背中を這い上がる勢いだった。
きっぱりと断って、隠密を使って人混みに紛れこむ。後ろからは『えっ、待って……っ』と声が聞こえたのも無視して、社員寮の方へと帰ったのだった。










「あー……もう、本当に嫌……」


なんとなくそのまま寝たくなくてトア爺に愚痴っていると、そこへククリ、シガールさんやイアンもわらわらと集まり出し、だらだら夜ご飯を食べることになった。ヘイドンさんも、酒のアテを用意し終えてから、そこへ混じってくる。

ククリと僕以外はお酒も飲んでいて、イアンは弱いのか、ケラケラ笑いながら踊っていた。楽しそうでなによりだ。


「ロキ、お前さん、ナニか持っておるよなぁ。まさかこの町にまであの子が来て、ばったり会って、声をかけられるなんて、なかなかの奇跡じゃ」

「僕もそう思います。もう、せっかくAランクになった感動が……」

「可哀想に。ほれ、ハグしちゃる」


トア爺も酔っているらしい。だけど、僕は甘んじてハグを受け入れた。相変わらずの独特な香りに、ホッとする。

酒を片手にしたシガールさんは、僕の頭をぽんぽんと撫でてくれた。なかなか甘やかされているなぁ、僕。


「ロキ様のご尊顔は本当に綺麗な上可愛らしさもあって声をかけやすいんですよねでも威圧感もあってぐっと目を惹くような妙な感覚でそんな方がミスリルのタグを持っていたら私でもナンパするかもしれませんし多分その子以外にもワサワサ寄ってきてもおかしくは」

「ストップ。ストップじゃぞ、シガールさんよ。黙って、ほら、飲め飲め」

「あっ、おれそれ飲みたかったのに……!トアの爺さん、こっちにもくれぇ!」


おわ……。グラスに並々と清酒を注いだトア爺。容赦なく潰す気だ。シガールさんはそれを真顔で受け取り、飲み干した。……一見すると酔ってなさそうなのだけど、多分すごく酔ってるなぁ。

そしてヘイドンさんもトア爺に注いでもらい、顔を真っ赤にさせて飲み続けている。顔に出やすいタイプみたい。唐揚げを摘み、『また太る……』とお腹のお肉もつまんでいた。


「よし、とにかくマリーにもう声をかけられたくないので、ぷちギンを派遣してついていてもらいます。そしたら回避できますし」

「……確かに。いや、冒険者ならこちらから手を回しても……」

「シガールさんがそこまでする必要はないです。ただ、放っておいて欲しいだけなので」

「ううっ、そうですか……っ、分かりました取り敢えずその方は要注意人物として絵姿を観覧させますけどいいですよね、ええ」


シガールさんの言う通り、もしマリーがこの商会に来たとしても追い払えるよう従業員には知っていてもらおうかな。そのくらいはいいよね。




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