96 / 158
95 幻惑の迷宮(2)
しおりを挟む「ああああっ、大きくてカタいのっ!!熱くて、甘くて、濃厚で……っ、ああんっ……もう……だめぇっ」
仰反るように両手を広げて、サンは魔力を放出し、目も眩む程の光を拡散させた。う、と目を細めた瞬間に、周囲の光景が一変する。
ドサドサドサッと落ちてきたのは数百匹もの、大小様々な砂蜘蛛だった。前世だったら悲鳴を上げていたのに違いない。今の僕は、ほうと感心するくらいで、我ながらリアクションは薄い。
「あっ、あっ、あっ、あん……」
ピクピクと痙攣しながら、ダメ押しにもう何匹か召喚して、サンはスッと身体を起こした。もういいのかい、と彼女を見やるとポッと顔を赤らめていた。
「もう、マスターったら……本当にイケナイんですから……」
「ギンも飴玉あげるとクネクネしますけど……人型だとああなるんだと勉強になりました」
「ええ、ええ、そうなります。仕方ないんですの。スゴすぎて。えっと、指示は周囲の偵察ですわね?」
「はい。何か幻影がかかっていると思いますから、どんな小さな異変も見逃さないように探してください」
「はい!絶対に探し出すのよ、お前たち!」
切り替えの速さは素晴らしい。サンの合図で、砂蜘蛛たちは一斉に散っていった。大きい砂蜘蛛が小さいのを背中に乗せて、サクサクと砂漠を進んでいく姿は愛らしい。
「ロキの従魔って個性的だな……」
「そう?ああいう魔物だから仕方ないよ……」
「いや、あー、そうか。人語話すような魔物は普通従魔にならないから、珍しいのか」
「そうなの?」
そういえば、オルも相当強いから、従魔の一匹や二匹はいそうなもの。だけれど、一匹も従えていない。
人語を話す魔物は総じて、強い。従魔にするのならその魔物を余裕で押さえつけられるほどの強さを持たなきゃならないから、確かに連れている人は見たことがないかも。
「オレは従魔みたいなやつがちょこまか視界に入ると気になるんだよ。それに好かれるタイプでもないし」
「えっ、好かれる必要あるの?」
『そりゃそうだよ!魔力が気に入らなきゃね!』
ギンが亜空間小屋から呼びかけてきた。
『強くて、魔力が美味しくて、あと性格良さそうな人。ろーは完璧だよ!それにボク専用のスペースもあって最高!』
あっ、そうか。普通、亜空間に個人スペースを持たないよね。とすると、従魔は主人にずっと寄り添っている訳だ。それならオルが鬱陶しく思ってしまうのも分かってしまう。その観点は頭からすっぽ抜けていたので、今度キャロライン様にも注意しておこうっと。
「……サン。僕、砂蜘蛛が出てもサンの部下かどうか分からないや……」
「……ま、間違って斬らないで下さいまし。敵対する砂蜘蛛は妾か、部下が対応しますわ」
「お願いするね」
僕は飛んで移動しながらも、休めそうな場所を探す。しかし、砂漠あるある。オアシスが遠くに見えるのに絶対に辿り着けない。だって、ここはAランク、未踏破の、幻惑の迷宮だ。多分オアシスなんて優しいモノは無いのだろう。あるとすれば、来た時に乗っていた転送陣だけだ。
普通の冒険者なら、サンドワームや砂蛇、毒を持つサソリなどの魔物に地面から襲撃されるし、休憩場所は無いし、普通に息をしているだけで肺まで焼けるような暑さに体力を消耗する、凶悪な階層だ。
長時間は居られない上、一度戻って帰ってきたらどこまで探索したのか分からない。ここで攻略がストップしているのも納得だ。
僕は『体温調節』が指輪に、『移動式結界』は腕輪に付いているし、『快適温度保持』もローブに刻んである。いつでも全力で動ける。
暇つぶしに、僕もサンドワームを倒してみた。目は無く、ウツボのように鋭利な歯を無数に持ち、身体は硬い表皮で覆われているのにぬらぬらとした粘液の付いたその姿は、世の末を思わせる程疎ましい。
しかし攻撃手段は砂の中からの奇襲と、噛みつきと、暴れ回るトゲトゲの尻尾だけ。魔力感知で初手を封じ、愚鈍に開けた咥内に光弾を打ち込めば、内臓を容易く貫通する。
「魔石、魔石っと……」
「オレはあっちの倒してくるぞ」
「うん、お願い」
25メートルプールの二倍程の長さを持つ身体なのに、使えるのは巨大な魔石くらい。
掻っ捌いて魔石をなんとか取り出して、収納へ仕舞う。うへぁ、ねとねとする。
何時間かそうして暇つぶしをした。砂漠の夜は極寒だと聞いたことはあるけれど、この階層に関しては違うらしい。擬似太陽は少しも揺らぐことなくそこにあった。
「砂蜘蛛じゃ見つけられないのかな……この全部を僕が見回るとすると、結構タフ……」
「マスターは転送陣の所へ戻って休んだ方が……」
「いや、まだ大丈夫。もう少し待とう。オルもそろそろ疲れてくる頃だろうし」
僕は飛んでいるのも疲れてしまった。魔力の節約のため、巨大なサンの蜘蛛部分へと座らせてもらう。地中からの攻撃はサンが察知して避けてくれるし、熱い砂にまみれながら歩かなくて済む。
産毛がびっしりと生えているので、柔らかい芝生のような乗り心地だ。悪くない。
移動速度は速いとは言えないけれど、これ程劣悪な環境でも難なく移動できるという点ではとても優秀だ。
そうして変わり映えしない景色を眺め続けて数時間後。
「……あ、マスター!見つかりましたわ!」
「わ!本当!?すぐに連れていって!」
「おおっ、さすがロキの従魔!」
ずっと同じ光景が続いていたので、正直、飽きていた。異変があった場所に急行すると、砂蜘蛛ファミリー。一番小さいのがヨゥと前脚を上げていた。
「一番おちびしか見つけられなかったみたいですわ。低い位置からしか見えないかもしれません」
サンがそういうので、地面に顔を近づけてから問題の場所を見る。たしかに、空に亀裂が走っている。
そこに手をやって掻くと、朽ちたペンキのようにパリパリと空が剥がれていく。カリカリしていると、やがて手のひら大の、真っ暗闇が覗いた。
「みんな、警戒してね。……『幻影解除』」
「ああ!」
指の先から漆黒が迸り、砂漠は砕け散って闇に飲み込まれた。
62
お気に入りに追加
677
あなたにおすすめの小説
フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ
25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。
目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。
ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。
しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。
ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。
そんな主人公のゆったり成長期!!
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
子爵家の長男ですが魔法適性が皆無だったので孤児院に預けられました。変化魔法があれば魔法適性なんて無くても無問題!
八神
ファンタジー
主人公『リデック・ゼルハイト』は子爵家の長男として産まれたが、検査によって『魔法適性が一切無い』と判明したため父親である当主の判断で孤児院に預けられた。
『魔法適性』とは読んで字のごとく魔法を扱う適性である。
魔力を持つ人間には差はあれど基本的にみんな生まれつき様々な属性の魔法適性が備わっている。
しかし例外というのはどの世界にも存在し、魔力を持つ人間の中にもごく稀に魔法適性が全くない状態で産まれてくる人も…
そんな主人公、リデックが5歳になったある日…ふと前世の記憶を思い出し、魔法適性に関係の無い変化魔法に目をつける。
しかしその魔法は『魔物に変身する』というもので人々からはあまり好意的に思われていない魔法だった。
…はたして主人公の運命やいかに…
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる