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95 幻惑の迷宮(2)

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「ああああっ、大きくてカタいのっ!!熱くて、甘くて、濃厚で……っ、ああんっ……もう……だめぇっ」


仰反るように両手を広げて、サンは魔力を放出し、目も眩む程の光を拡散させた。う、と目を細めた瞬間に、周囲の光景が一変する。

ドサドサドサッと落ちてきたのは数百匹もの、大小様々な砂蜘蛛だった。前世だったら悲鳴を上げていたのに違いない。今の僕は、ほうと感心するくらいで、我ながらリアクションは薄い。


「あっ、あっ、あっ、あん……」


ピクピクと痙攣しながら、ダメ押しにもう何匹か召喚して、サンはスッと身体を起こした。もういいのかい、と彼女を見やるとポッと顔を赤らめていた。


「もう、マスターったら……本当にイケナイんですから……」

「ギンも飴玉あげるとクネクネしますけど……人型だとああなるんだと勉強になりました」

「ええ、ええ、そうなります。仕方ないんですの。スゴすぎて。えっと、指示は周囲の偵察ですわね?」

「はい。何か幻影がかかっていると思いますから、どんな小さな異変も見逃さないように探してください」

「はい!絶対に探し出すのよ、お前たち!」


切り替えの速さは素晴らしい。サンの合図で、砂蜘蛛たちは一斉に散っていった。大きい砂蜘蛛が小さいのを背中に乗せて、サクサクと砂漠を進んでいく姿は愛らしい。


「ロキの従魔って個性的だな……」

「そう?ああいう魔物だから仕方ないよ……」

「いや、あー、そうか。人語話すような魔物は普通従魔にならないから、珍しいのか」

「そうなの?」


そういえば、オルも相当強いから、従魔の一匹や二匹はいそうなもの。だけれど、一匹も従えていない。
人語を話す魔物は総じて、強い。従魔にするのならその魔物を余裕で押さえつけられるほどの強さを持たなきゃならないから、確かに連れている人は見たことがないかも。


「オレは従魔みたいなやつがちょこまか視界に入ると気になるんだよ。それに好かれるタイプでもないし」

「えっ、好かれる必要あるの?」

『そりゃそうだよ!魔力が気に入らなきゃね!』


ギンが亜空間小屋から呼びかけてきた。


『強くて、魔力が美味しくて、あと性格良さそうな人。ろーは完璧だよ!それにボク専用のスペースもあって最高!』

あっ、そうか。普通、亜空間に個人スペースを持たないよね。とすると、従魔は主人にずっと寄り添っている訳だ。それならオルが鬱陶しく思ってしまうのも分かってしまう。その観点は頭からすっぽ抜けていたので、今度キャロライン様にも注意しておこうっと。










「……サン。僕、砂蜘蛛が出てもサンの部下かどうか分からないや……」

「……ま、間違って斬らないで下さいまし。敵対する砂蜘蛛は妾か、部下が対応しますわ」

「お願いするね」


僕は飛んで移動しながらも、休めそうな場所を探す。しかし、砂漠あるある。オアシスが遠くに見えるのに絶対に辿り着けない。だって、ここはAランク、未踏破の、幻惑の迷宮だ。多分オアシスなんて優しいモノは無いのだろう。あるとすれば、来た時に乗っていた転送陣だけだ。

普通の冒険者なら、サンドワームや砂蛇、毒を持つサソリなどの魔物に地面から襲撃されるし、休憩場所は無いし、普通に息をしているだけで肺まで焼けるような暑さに体力を消耗する、凶悪な階層だ。
長時間は居られない上、一度戻って帰ってきたらどこまで探索したのか分からない。ここで攻略がストップしているのも納得だ。

僕は『体温調節』が指輪に、『移動式結界』は腕輪に付いているし、『快適温度保持』もローブに刻んである。いつでも全力で動ける。

暇つぶしに、僕もサンドワームを倒してみた。目は無く、ウツボのように鋭利な歯を無数に持ち、身体は硬い表皮で覆われているのにぬらぬらとした粘液の付いたその姿は、世の末を思わせる程疎ましい。

しかし攻撃手段は砂の中からの奇襲と、噛みつきと、暴れ回るトゲトゲの尻尾だけ。魔力感知で初手を封じ、愚鈍に開けた咥内に光弾を打ち込めば、内臓を容易く貫通する。


「魔石、魔石っと……」

「オレはあっちの倒してくるぞ」

「うん、お願い」


25メートルプールの二倍程の長さを持つ身体なのに、使えるのは巨大な魔石くらい。
掻っ捌いて魔石をなんとか取り出して、収納へ仕舞う。うへぁ、ねとねとする。

何時間かそうして暇つぶしをした。砂漠の夜は極寒だと聞いたことはあるけれど、この階層に関しては違うらしい。擬似太陽は少しも揺らぐことなくそこにあった。


「砂蜘蛛じゃ見つけられないのかな……この全部を僕が見回るとすると、結構タフ……」

「マスターは転送陣の所へ戻って休んだ方が……」

「いや、まだ大丈夫。もう少し待とう。オルもそろそろ疲れてくる頃だろうし」


僕は飛んでいるのも疲れてしまった。魔力の節約のため、巨大なサンの蜘蛛部分へと座らせてもらう。地中からの攻撃はサンが察知して避けてくれるし、熱い砂にまみれながら歩かなくて済む。

産毛がびっしりと生えているので、柔らかい芝生のような乗り心地だ。悪くない。
移動速度は速いとは言えないけれど、これ程劣悪な環境でも難なく移動できるという点ではとても優秀だ。








そうして変わり映えしない景色を眺め続けて数時間後。


「……あ、マスター!見つかりましたわ!」

「わ!本当!?すぐに連れていって!」

「おおっ、さすがロキの従魔!」


ずっと同じ光景が続いていたので、正直、飽きていた。異変があった場所に急行すると、砂蜘蛛ファミリー。一番小さいのがヨゥと前脚を上げていた。


「一番おちびしか見つけられなかったみたいですわ。低い位置からしか見えないかもしれません」


サンがそういうので、地面に顔を近づけてから問題の場所を見る。たしかに、空に亀裂が走っている。

そこに手をやって掻くと、朽ちたペンキのようにパリパリと空が剥がれていく。カリカリしていると、やがて手のひら大の、真っ暗闇が覗いた。


「みんな、警戒してね。……『幻影解除』」

「ああ!」


指の先から漆黒が迸り、砂漠は砕け散って闇に飲み込まれた。


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