上 下
92 / 158

91ナサニエルとパドマは

しおりを挟む

――――ロキと会う数日前に時は遡る――――



フォルナルクにやってきたナサニエルとパドマがまず、驚いたのは、イヤゴー村より数段、治安が良いこと。

暗がりに行けば流石に、ガラの悪い連中はいるが、ボロボロの身なりで歩いていても石を投げつけられることはない。精々が顔を顰められるくらいだ。

早速、例の商会に面接を申し込む。何日か待って、ようやくその日がやってきた。


「ええと、ナサニエルさんと、パドマさん、ですね」

「何をしにきた!?」


二人いる面接官のうち、一人は見覚えがあった。トア爺だ。ある日ふと居なくなったなとは思ったが、余裕がなくて気にも留めなかった。

彼は怒りをギラギラと灯した目で、二人を睨んでいた。


「えと、トアさん?大丈夫ですか?」

「……ふぅ。いや。わしは一旦失礼する」

「トア爺!?なんでここに!?おい、同じ村出身だ!口をきいてくれ!」


トア爺はナサニエルの叫びに一切反応せず、ドスドスと床に刺さりそうな勢いで出て行ってしまう。残されたのは、針のように鋭そうな、いかにも仕事の出来そうな、眼鏡の男性一人。

年齢や職歴、出来ることややりたいことなどを淡々と聞かれて、面接官はサラサラと何か書き付けていた。ナサニエルとパドマは、しきりにトア爺を褒めそやし、懇意であることをアピールした。

男はにっこりと笑って面接の終了を告げたので、受かったのだと思った。

しかし、帰る直前。
門から出たところで、『不採用です』と告げられた。何故。おかしいだろうと掴みかかると簡単に捻られて、『向上心の無さと、態度の悪さ、求めるスキルが無い』と理由を言われても、納得出来なかった。

恐らく二人は、どんな理由であっても素直に認めることは出来なかった。

放り出されても諦められなかった二人は、再び冒険者の仕事をやりながら、あの商会で面接した場所へと通う日々が始まった。
こちらから手を出さなければ、あちらも手を出すことは出来ない。ニヤニヤと門番を眺めながら、二人は、もっと上の立場が出てくるのを待った。直談判するのだ。



この町は治安が良い。その反面、町中の仕事は態度の良い冒険者に取られてしまい、ナサニエルやパドマのように、嫌々、舌打ちしながら掃除をするような者は需要がない。かといって町を守る外壁の外に行く勇気もない。

二人はその日の仕事にも困るようになり、どんな最低な宿にも泊まれず、貧民街に身を寄せた。

そこは彼らと同じように、待遇の良い仕事を求めて他からやってきたものの、仕事にありつけなかった者達の吹き溜まりだった。それも、領主の救済措置も間に合わないくらい、どんどん増えている。


「聞いたか、あそこの従業員……」

「ああ、『ユウキュー』とかいう、金を貰いながら休める日があるらしい……狂ってる」

「そうだ。オレたち、仕事にありつければ程々の金でいい。なんなら半分でもいいのに、何故だ」


かの商会の従業員はフォルナルク出身が多く、当然彼らから友人へと、友人から酒場へと、酒場から町全体へと、その考えられない程の高待遇の噂を聞く。


「何故だ、何故俺らほどの人材を雇わない。おかしい」

「アンタは知ったこっちゃないが、あたいは違う。あたいこそ選ばれるはずなのに。あんな短時間の面接でわかる訳がない……」


やっと稼いだ金は一日の食費で消える。それでも少ししか買えなくて、常に飢餓感は拭えない。貯金?そんなもの持っていたって、貧民街の乱暴者に取られるだけだ。それなら食費に回さないと。

一日を生きて終えられれば、明日また生き延びられるか、願いながら眠りにつく。それは皮肉にも、かつてのロキと同じであった。











そしてあの日。泥ねずみと再会した。

そうだ、ロキ。ようやく思い出したその名前。おそらく一度も呼んだことのない名前を連呼しても、泥ねずみの反応は殆どなかった。

あんなに長い間、養ってやったのに!

二人の中では、泥ねずみに施してやった記憶しかない。何故なら、泥ねずみが働くことや、身をストレス解消に捧げるのは『当たり前』の事だから。

簡単に憤った二人だったが、ロキにぐうの音も出ないほど言い返されて、挙げ句の果てには、気づけば貧民街に戻っていた。

言霊の力と、今度接触すれば犯罪者になってしまう。そうすれば鞭打たれながら鉱山奴隷になるだろうという恐怖もあり、もうロキに何かしようとする気も起こらなかった。




あの泥ねずみ――ロキの商会の勢いは留まるところを知らない。フォルナルクに次々と系列店が増えていくのを、ナサニエルは歯を擦り潰すように噛みながら、横目で見るしか無かった。

あの泥ねずみの成功など、見たくないのに気になって仕方ない。

あれから何度も社員寮の正面に行っては様子を見ようと考えたが、――そちらの方向に行こうとすることすら出来なくなっていた。
まるで透明の膜でも張られたように、足を踏み出そうとするのを妨害される。何らかの魔法で対処されてしまったようだった。


ナサニエルは悔しさに荒れた。数年前までは自分の支配下にあったのに、今では歯牙にもかけられていない。

妻パドマはそうなってからは諦めて、貧民街の中でより快適に暮らそうと足掻いていた。彼らの夫婦関係はほとんど終了していたが、それでも協力しなければ生きていけなかったのは――ナサニエルとパドマの、ロキ商会への態度が貧民街でも噂になっていたからだ。

ロキ商会は比較的貧民でも話を聞いてくれる方で、少なくとも、一度は就職のための面接を受けさせてくれる。そこで落とされたとしても、普通の商会は面接どころか門前払いをするのが当たり前。その為、貧民街の中では唯一の希望が、ロキ商会だったのだ。


「おい、お前らのせいで面接すら受けられなくなったらどうするんだ?」

「は……?」


ナサニエルは目つきの悪い若者に取り囲まれて、びくびくと肩を振るわせた。パドマもまた、媚びるようにしながらも、顔に恐怖を滲ませている。


「あそこの商会はな、この貧民街からも就職してった奴がいる。ああ、俺らから見ても有能なやつだった。だから俺らは妬まないし恨まない。だが、お前らはなんだ?自分らが仕事が出来ないのが悪いのに、商会の悪口ばっかり言って」

「い、言っていない!ただ、あんな奴の下で働くなんて、気の毒だと……」

「あ“あ”ん?お前らがそう『思う』のは勝手にしろ。だがな、言うのはだめだ。『貧民街の奴らが悪い噂をばら撒いている』となると、もうここから採ってくれないかもしれない。どう責任をとるんだ?」


ひぃ、と上がりそうになる悲鳴を喉で殺す。若者は、この貧民街の中でも最も一目を置かれている、元締めのような存在だった。ここで、彼に逆らってはいけない。
ナサニエルとパドマはその本能からの忠告に従い、もう二度と悪口は言わないことを誓わされた。









二人は貧民街でも爪弾きとなり、イヤゴーの村へ帰ろうとするも、乗り合い馬車に乗る十分な金も無かった。

仕方なく歩いて向かおうとして、魔物に喰われたのか、野盗に襲われたのか。

その後、二度と姿を見かけることはなかった。







しおりを挟む
感想 62

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

処理中です...