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86 王子の招待
しおりを挟む「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
「ああ。今日はロキも正式な招待客だから、座ってくれ。護衛は後ろにたっぷりといるからね」
「失礼します」
今日は、少し前に褒賞として願ったケイレニアス殿下の茶会に呼ばれていた。
腰を下ろした先が柔らかすぎて、ぐっと足に力を入れ直した。トラップか。王宮の外観にも呆れるほど感動したのに、内装や調度品も、一つ一つが美しい意匠のもの。
ブランドン侯爵家でかなり慣れたと思っていたけれど、やはり王族の住まいは一段と豪奢だ。
煌びやかな一室は、ケイレニアス殿下の応接室だとか。茶会を開くって言うと中庭とか、花々の見えるサロンをイメージするけれど、『こちらの方が邪魔が入らなくて落ち着く』らしい。邪魔ってなんだろ。
「ここにレイモンドが来るのは久しぶりだな。もう……4年か?」
「そんなに経ちますか。領地にいたのでなかなか来れませんでしたね」
ああ……と殿下とレイ様は、揃って少し遠い目をした。
四年前は、ちょうど僕がフォルナルクに移り住んでいた時期。レイ様、その頃に王都から領地に移動して、僕と出会ったのかな。
「そういえばレイモンドは婚約者がいなくなってしまったが、どうするんだ?」
「領地にて兄上の補佐をしたいと考えております。傭兵団を率いて魔物の討伐をしたり、市井の暮らしを見るのは好きですから」
「……想定内な訳だ。では、新しい婚約者は不要か?紹介することも可能だ、今の世代は婚約を解消した組が多いからな」
「全く、もって、一切、不要です」
「ふふ、そうか。そうだとは思っていた。側にこんな傾国の姫がいればなぁ。眺めるのに忙しくて一日が終わってしまう」
殿下はそう笑って僕を意味ありげに見た。言っておくけど僕の外見は姫ではない。ちゃんと男の子だ。髪は魔道具作成のために長くしていても、シャープな顔立ちで、体格も良くなってきたんだからね。
「殿下はスコット侯爵令嬢という素晴らしい婚約者を眺めるのにお忙しいでしょう?」
「はは。まぁね。眺めていたら『仕事をしなさい』と怒られそうだ。それもまたいいんだけど」
なかなかの惚気っぷり。あのリリー嬢の一件は二人の恋のスパイスになったのだろうか?未来の王太子夫妻の仲が良好だと、臣下も安心だ。
「しかし、ロキは……属性は一体何なんだ?光魔法も、闇も水も……三つ以上は聞いたことがないし、光と闇は同時には持てないはずだろう」
「ええと……精霊が少し、特殊なので」
「えっ、そうなのか?」
「レイモンドも知らなかったのか」
「あ、はい……いつかは話してくれるかと待っていました」
レイ様の言葉を聞いて、ちょっと良心が痛む。別に話したところで何が変わる訳でもないから、話す必要性を感じなかっただけ。つまり、あんまり何も考えていないということ。
それに、男なのに花の精霊女王に加護されているって……ちょっと、ね?イメージが。それこそ、オルみたいに親近感が沸かない限り、自分から言おうなんて思わなかった。
「……ええとですね。僕についている精霊は、花の精霊です。その精霊はある特定の精霊に好かれやすいみたいで、光、闇、水、土の精霊の力を借りやすいんだとか。風も少し使えますが、火は全く使えません。これは、花の性質が関係あるようです」
「何故そう分かる?」
「ああ、その、マシロと言うんですが、精霊界ではなくこちらの世界に来てくれているんで、会話が出来るんです。人見知りなので人前ではあまり話してくれないんですけど、……マシロ」
『うんっ?あたしの可愛さを見せつけろってこと?』
そうだよ、と笑うと、マシロはくるくると回って淡い桃色の花びらを降らせた。そして二人にマジマジと見られて照れたのか、顔を覆ってそのまま消えた。
「今のが……」
「はい、マシロです。いつもお世話になっています」
「「はぁ……」」
殿下とレイ様は同時に頭を抱えていた。えっと、情報量が多かったかな。
「……これは魔法研究所が大荒れするようなテーマだな。なんだ精霊界って。会話が出来るって。ロキは研究者になりたいのか?」
「いいえ。あくまでマシロの言葉から考察してみただけで、長時間引きこもるなら研究棟ではなく迷宮が良いです」
「殿下!ロキを煽らないで下さい、本当に迷宮に引き篭もって出て来なかったんですから」
「ククッ、冗談だ。向いているとは思うが。この素敵な精霊様に好かれた心当たりは?」
探る目つきに辟易とする。根掘り葉掘りというよりも、尋問されているようで気分が悪く、少しお茶を飲んで言葉を探していると、レイ様が話しかけてくる。
「……ロキ。もしヒントがあるなら教えてほしい。殿下は誠実な方だ。何かあっても私が責任を取るから」
レイ様が何を言いたいのかは、少し考えて理解した。
5歳の時に起こった、魔力暴走。成長と共に増えた魔力に魔畜臓が耐えきれなくなり、破裂して死ぬ病気だ。
トア爺から、僕の過去のことについて聞いているレイ様は、その特異点とも言うべき出来事を言っている。
貴族ならその段階で開封の儀を行うことで免れるが、ただの貧民に近い平民では無理だったのを……僕は力技で、ねじ伏せた。
でもこれは、実のところ、話した所で出来るとは思えない。貴族による、魔力の多い平民の囲い込みが激しくなるだけのような気がして、言葉を選びに選んで伝える。
「……僕は5歳の時、魔力暴走という病気で倒れました。身体が熱くて焼けそうだったのは、今でも覚えています」
殿下はハッと息を呑み、レイ様も沈痛な面持ちだ。
「養い親には頼れなくて、今思えば頼ったところでどうにもならなかったでしょうが、一人で向き合うしかありませんでした。どのくらい長い時間だったのか覚えていませんが、溢れる魔力をかき集めて押し込んでいたら、ふと楽になったんです」
「押し込む……?」
「感覚的なもので、表現しにくいのですが。とにかく無我夢中だったので。それで無理やり魔力の質を上げていったために、マシロが僕に興味を持ったと思います」
それは僕の、前世の感覚があったから、魔力を捉えるのが簡単だったのだと思う。それが無かったのなら、魔力のぐるぐる渦巻いているのを感知できたかどうか。
「魔力の質を……?」
「はい。開封の儀を受けるまでは、魔畜臓の位置が分かりやすいんです。そこだけ魔力の濃度が高いので。ただ、僕と同じ症状の子がいても、上手く教えられる気がしませんが、とにかく、そういうことです」
「そうか……確かに。この話が変な風に伝われば、魔力暴走を起こしている子を実験台にさせる不届ものが出そうだ。ここだけの話にしておこう。いや、そんな幼少期で魔力量は決まってしまうのか……」
「その判断は正しいと思います、殿下。それと、ロキ。今の魔力量の大きさは、10歳までのその努力だけではないだろう?『魂の強化』も関係あるよな」
怪訝な顔つきをした殿下を見て、レイ様がフォローをする。
「はい、これまでに25回、『魂の強化』が起こりました。毎回魔力の増大を感じていますので、その影響は大きいと思います」
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