79 / 158
78 殿下の対策
しおりを挟む「……あまり見ない面を揃えたな、キャロライン」
目を細めて面々を見渡すのはケイレニアス殿下。扉側の壁には、殿下の護衛騎士様が突っ立っている。
その正面に相対する、キャロライン嬢とレイ様。
そのまた背後にキャロライン嬢の護衛騎士と、僕。
ここはサロンという、学生の使えるお茶会、会議室用の部屋。本当に異次元のセレブ高校だと実感せざるを得ない。
ここでは社交界に出る前の練習として、参加者は、わざわざ!そう、わざわざ制服ではなく、ドレスやスーツを着用するみたい。僕はいつも通り、従者の格好で良かった。
「ええ。たまには気分を入れ替えても良いかと。ねぇ?レイモンド様の持ってくる菓子は、とても美味しいのです。ご存じ……ではないですわね。ふふ」
そう言って、キャロライン嬢は得意気にモンブランタルトにフォークを差し込む。お褒めいただき嬉しいです。それは、僕が作ったもの。
ピピたちの生み出す最高の卵を使ったタルト生地やクリームは、ほんの一口含んだだけでその違いがわかる。作り手は平凡なので素材の良さに頼るしかないとも言う。
ただ、惜しむらくはキャロライン嬢以外、誰も手につけるどころではない程の緊張感に包まれていることだ。
「で、わたくし、あなたのことは招待してないのだけど?殿下の送迎係なら、退出して下さる?」
「えっと、ケイ様はわたしも是非って。ですので、精一杯オシャレしてきたんです。招かれるのは光栄だと思って……」
そう。呼んでいないのに、ピンクボア嬢はケイレニアス殿下に張り付くようにして、隣に陣取っていた。
えへへ、と頬を上気させた彼女を、殿下は蕩けた笑みで頭を撫でている。男爵令嬢とは思えないほど煌びやかなドレスは、もしかして殿下が贈ったものだろうか。
ふんわりとしたたっぷりの布地に、キラキラと輝く小さな宝石を散りばめて、胸元にはどん!とボリューミーなリボンが鎮座している。裾にはリボンとフリルが交互にひしめき合って、まず、僕では一生思いつかないデザインだ。
「わたくし、招待していない人を席に座らせる趣味はございませんの。貴女を座らせるくらいなら、犬でも座らせた方が有意義だわ。殿下?」
「そこまで言う必要はないだろう。気に入らないのなら、私もリリーと共に退出する。いいな?」
「……はぁ。本当に、愚かですこと」
ピンクボア嬢の手を握りながら、殿下はキャロライン嬢を睨みつけた。藤色の瞳は、前よりも濁っているような気がする。一ヶ月半でこれなら、もし卒業までこの状態を続かせれば、浄化したとしても強烈な後遺症を残すだろう。まだ、今の段階で気付けて良かったと思うべきか。
ピンクボア嬢の首元には、ネックレスの華奢な鎖がかかっていて、そのトップはドレスに隠れて見えない。ドレスの派手さに気を取られるため、彼女にしてはシンプルで品の良い装飾品が、むしろ違和感だ。
注意深く観察してようやく分かるくらいさりげない。誰かと触れ合う時にしか作動しないみたいで、これも見逃しやすい一因だ。
弱い魅了効果しかない呪具でも、それを余すことなく引き出し利用したピンクボア嬢の手腕は、流石と言っていい。彼女の強いコミュ力や、警戒心を解く可憐な容姿があってこそ、接触できるのだから。
ふ、すう。
深呼吸をして、ぐっと視覚を強化した。
ピンクボア嬢のペンダントトップから、手を通じて、ケイレニアス殿下に接触している手の方へ、僅かながらも呪いが侵食している。
流れる水の中から砂糖の粒を探すような、微量さなので、魔力感知を極めていなければ分からない。
……やっぱり、やっちゃってるね……。
「ケイレニアス殿下。さっさと本題に入りますわね。近頃、羽虫が五月蝿いのでわたくしと殿下の関係が危ぶまれているのは、流石にご存じですわね?ですがわたくし、幼い時から、ずっと、心から、殿下をお慕いしていますのよ」
そう言うキャロライン嬢は、般若のような笑みを浮かべた。
横目で見てても恐ろしいくらいに、猛烈に怒っている。恋慕というより執着、嘲笑、憤怒などが混ざり合って、噴火寸前のマグマのよう。
表情と言葉の乖離!
「ですから、わたくしの気持ちは殿下にあり、殿下はそれを受け取っていることの証として、こちらの贈り物をさせて下さいな」
すすす、と差し出したのはシックな包装の小箱。高級時計でも入っていそうなそれの中身は、僕の作った魔石入りの組紐。
「これは……?」
「お守りですわ。近頃流行りと聞いてわざわざ作らせましたの。見てください、わたくしの色と殿下の高貴な色をあしらっていてとても素敵でしょう?制服姿にも似合うよう華美すぎず、価値の高い宝石は使っていないので校則にも違反しません。普段使いにもぴったりですわ」
そうなのだ。キャロライン嬢の注文はとても細かかった。王族に相応しい物を作るのって肩が凝る。二度と作りたくない。……スコット侯爵家から多額の代金を貰ってしまったのは失敗だった。
「何を企んでいる?魔石が付いていると言うことは何かしらの効果が付与されているのだろう?」
「そうなんですか?!ケイ様、危険ですっ!触っちゃダメですよ!!」
ピンクボア嬢はぎゅうと殿下に抱き着き、組紐から離そうとする。その姿は小動物が身を挺して守っているように見えなくはなく、殿下はだらしなく頬を緩めた。
……婚約者の前で、こんなのって……。と僕は思うけれど、キャロライン嬢の顔は笑顔のまま変わらない。変わらないけど、威圧感は増したように思う。
僕はもう怖くて直視出来ないよ。
「危険?貴女はこの組紐の効果をご存じです?何を持ってしてそのような事を?」
「えっ……どうせ、『女を近付けない』とか、もしかしたら言いなりになるとかでしょ?ケイ様を手に入れるためにっ!ひどいわ、キャロライン様……」
「まぁ、人の贈り物にそんな失礼な事を言うだなんて。では、わたくしが付けてみましょうか」
そういうと、キャロライン嬢は護衛騎士を呼んで自らの手首に組紐を付けさせる。当然ながら、何も起こらない。
「……装着者が男、だと反応するのでは?」
疑い深い殿下は組紐を睨んだまま言う。するとレイ様は自分の手首を出した。
「殿下、デザインは違いますが、こちらも同じものです。ダニエルも装着し、何の問題も無いことを確認しております」
「君たちが付けているものが、それらと全く同じとは限らないだろう?」
「まぁ、わたくしが殿下を謀ると仰るの?仮に殿下を害するものだとして、用意をしたのはわたくしだと言うことが明白なのに、何故そのような細工をしましょう?」
「確かにそうだが……」
「ケイ様、こんなものは受け取らない方が良いですっ!ケイ様には、身につけるものを選ぶ権利があるんですから!ねっ?」
「チャムリー男爵令嬢、これは婚約者への愛情溢れる、悪しきものを遠ざける贈り物ですわ、喜ばない殿方などいる訳がありません。でしょう?殿下」
パッと扇を広げて、ピクピクと引き攣る口元とこめかみを隠したキャロライン嬢は、頷くことしか出来ない正論で攻める。
それにしても、リリー嬢の言葉選びといい、スコット侯爵家からの報復が怖くないのかな……?見ている僕の方が怖くなるくらいに、不敬な言葉の羅列。そのメンタルの強さは尊敬に値する。
「そ、う、だな。ありがとう、キャロライン。大切に、する……」
ぎこちない笑顔で、殿下は箱ごと仕舞おうとするが、キャロライン嬢はにっこりと笑ってそれを制す。
「ええ。さあ殿下、手首をお出しになって。これは、愛する人の無事を願いながら結んで差し上げるものなのですよ」
「そうか、うむ……」
「ケイ様!」
殿下は恐る恐る手首を差し出すのを、ピンクボア嬢が必死に止めている。この魔石の効果までは分からないようだが、自分に不利になるものだと察知しているのだろう。
その嗅覚はなかなかだ。
84
お気に入りに追加
717
あなたにおすすめの小説
「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。
桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」
この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。
※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。
※1回の投稿文字数は少な目です。
※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。
表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年10月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
1ページの文字数は少な目です。
約4500文字程度の番外編です。
バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`)
ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑)
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

運命の番?棄てたのは貴方です
ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。
番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。
※自己設定満載ですので気を付けてください。
※性描写はないですが、一線を越える個所もあります
※多少の残酷表現あります。
以上2点からセルフレイティング
だから聖女はいなくなった
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」
レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。
彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。
だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。
キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。
※7万字程度の中編です。

子爵家の長男ですが魔法適性が皆無だったので孤児院に預けられました。変化魔法があれば魔法適性なんて無くても無問題!
八神
ファンタジー
主人公『リデック・ゼルハイト』は子爵家の長男として産まれたが、検査によって『魔法適性が一切無い』と判明したため父親である当主の判断で孤児院に預けられた。
『魔法適性』とは読んで字のごとく魔法を扱う適性である。
魔力を持つ人間には差はあれど基本的にみんな生まれつき様々な属性の魔法適性が備わっている。
しかし例外というのはどの世界にも存在し、魔力を持つ人間の中にもごく稀に魔法適性が全くない状態で産まれてくる人も…
そんな主人公、リデックが5歳になったある日…ふと前世の記憶を思い出し、魔法適性に関係の無い変化魔法に目をつける。
しかしその魔法は『魔物に変身する』というもので人々からはあまり好意的に思われていない魔法だった。
…はたして主人公の運命やいかに…
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

兄を溺愛する母に捨てられたので私は家族を捨てる事にします!
ユウ
恋愛
幼い頃から兄を溺愛する母。
自由奔放で独身貴族を貫いていた兄がようやく結婚を決めた。
しかし、兄の結婚で全てが崩壊する事になった。
「今すぐこの邸から出て行ってくれる?遺産相続も放棄して」
「は?」
母の我儘に振り回され同居し世話をして来たのに理不尽な理由で邸から追い出されることになったマリーは自分勝手な母に愛想が尽きた。
「もう縁を切ろう」
「マリー」
家族は夫だけだと思い領地を離れることにしたそんな中。
義母から同居を願い出られることになり、マリー達は義母の元に身を寄せることになった。
対するマリーの母は念願の新生活と思いきや、思ったように進まず新たな嫁はびっくり箱のような人物で生活にも支障が起きた事でマリーを呼び戻そうとするも。
「無理ですわ。王都から領地まで遠すぎます」
都合の良い時だけ利用する母に愛情はない。
「お兄様にお任せします」
実母よりも大事にしてくれる義母と夫を優先しすることにしたのだった。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる