泥ねずみと呼ばれた少年は、いっそ要塞に住みたい

カシナシ

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78 殿下の対策

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「……あまり見ない面を揃えたな、キャロライン」


目を細めて面々を見渡すのはケイレニアス殿下。扉側の壁には、殿下の護衛騎士様が突っ立っている。

その正面に相対する、キャロライン嬢とレイ様。
そのまた背後にキャロライン嬢の護衛騎士と、僕。


ここはサロンという、学生の使えるお茶会、会議室用の部屋。本当に異次元のセレブ高校だと実感せざるを得ない。

ここでは社交界に出る前の練習として、参加者は、わざわざ!そう、わざわざ制服ではなく、ドレスやスーツを着用するみたい。僕はいつも通り、従者の格好で良かった。


「ええ。たまには気分を入れ替えても良いかと。ねぇ?レイモンド様の持ってくる菓子は、とても美味しいのです。ご存じ……ではないですわね。ふふ」


そう言って、キャロライン嬢は得意気にモンブランタルトにフォークを差し込む。お褒めいただき嬉しいです。それは、僕が作ったもの。

ピピたちの生み出す最高の卵を使ったタルト生地やクリームは、ほんの一口含んだだけでその違いがわかる。作り手は平凡なので素材の良さに頼るしかないとも言う。

ただ、惜しむらくはキャロライン嬢以外、誰も手につけるどころではない程の緊張感に包まれていることだ。


「で、わたくし、あなたのことは招待してないのだけど?殿下の送迎係なら、退出して下さる?」

「えっと、ケイ様はわたしも是非って。ですので、精一杯オシャレしてきたんです。招かれるのは光栄だと思って……」


そう。呼んでいないのに、ピンクボア嬢はケイレニアス殿下に張り付くようにして、隣に陣取っていた。

えへへ、と頬を上気させた彼女を、殿下は蕩けた笑みで頭を撫でている。男爵令嬢とは思えないほど煌びやかなドレスは、もしかして殿下が贈ったものだろうか。

ふんわりとしたたっぷりの布地に、キラキラと輝く小さな宝石を散りばめて、胸元にはどん!とボリューミーなリボンが鎮座している。裾にはリボンとフリルが交互にひしめき合って、まず、僕では一生思いつかないデザインだ。


「わたくし、招待していない人を席に座らせる趣味はございませんの。貴女を座らせるくらいなら、犬でも座らせた方が有意義だわ。殿下?」

「そこまで言う必要はないだろう。気に入らないのなら、私もリリーと共に退出する。いいな?」

「……はぁ。本当に、愚かですこと」


ピンクボア嬢の手を握りながら、殿下はキャロライン嬢を睨みつけた。藤色の瞳は、前よりも濁っているような気がする。一ヶ月半でこれなら、もし卒業までこの状態を続かせれば、浄化したとしても強烈な後遺症を残すだろう。まだ、今の段階で気付けて良かったと思うべきか。


ピンクボア嬢の首元には、ネックレスの華奢な鎖がかかっていて、そのトップはドレスに隠れて見えない。ドレスの派手さに気を取られるため、彼女にしてはシンプルで品の良い装飾品が、むしろ違和感だ。

注意深く観察してようやく分かるくらいさりげない。誰かと触れ合う時にしか作動しないみたいで、これも見逃しやすい一因だ。

弱い魅了効果しかない呪具でも、それを余すことなく引き出し利用したピンクボア嬢の手腕は、流石と言っていい。彼女の強いコミュ力や、警戒心を解く可憐な容姿があってこそ、接触できるのだから。


ふ、すう。


深呼吸をして、ぐっと視覚を強化した。

ピンクボア嬢のペンダントトップから、手を通じて、ケイレニアス殿下に接触している手の方へ、僅かながらも呪いが侵食している。
流れる水の中から砂糖の粒を探すような、微量さなので、魔力感知を極めていなければ分からない。

……やっぱり、やっちゃってるね……。


「ケイレニアス殿下。さっさと本題に入りますわね。近頃、羽虫が五月蝿いのでわたくしと殿下の関係が危ぶまれているのは、流石にご存じですわね?ですがわたくし、幼い時から、ずっと、心から、殿下をお慕いしていますのよ」


そう言うキャロライン嬢は、般若のような笑みを浮かべた。
横目で見てても恐ろしいくらいに、猛烈に怒っている。恋慕というより執着、嘲笑、憤怒などが混ざり合って、噴火寸前のマグマのよう。

表情と言葉の乖離!


「ですから、わたくしの気持ちは殿下にあり、殿下はそれを受け取っていることの証として、こちらの贈り物をさせて下さいな」


すすす、と差し出したのはシックな包装の小箱。高級時計でも入っていそうなそれの中身は、僕の作った魔石入りの組紐。


「これは……?」

「お守りですわ。近頃流行りと聞いてわざわざ作らせましたの。見てください、わたくしの色と殿下の高貴な色をあしらっていてとても素敵でしょう?制服姿にも似合うよう華美すぎず、価値の高い宝石は使っていないので校則にも違反しません。普段使いにもぴったりですわ」


そうなのだ。キャロライン嬢の注文はとても細かかった。王族に相応しい物を作るのって肩が凝る。二度と作りたくない。……スコット侯爵家から多額の代金を貰ってしまったのは失敗だった。


「何を企んでいる?魔石が付いていると言うことは何かしらの効果が付与されているのだろう?」

「そうなんですか?!ケイ様、危険ですっ!触っちゃダメですよ!!」


ピンクボア嬢はぎゅうと殿下に抱き着き、組紐から離そうとする。その姿は小動物が身を挺して守っているように見えなくはなく、殿下はだらしなく頬を緩めた。

……婚約者の前で、こんなのって……。と僕は思うけれど、キャロライン嬢の顔は笑顔のまま変わらない。変わらないけど、威圧感は増したように思う。

僕はもう怖くて直視出来ないよ。


「危険?貴女はこの組紐の効果をご存じです?何を持ってしてそのような事を?」

「えっ……どうせ、『女を近付けない』とか、もしかしたら言いなりになるとかでしょ?ケイ様を手に入れるためにっ!ひどいわ、キャロライン様……」

「まぁ、人の贈り物にそんな失礼な事を言うだなんて。では、わたくしが付けてみましょうか」


そういうと、キャロライン嬢は護衛騎士を呼んで自らの手首に組紐を付けさせる。当然ながら、何も起こらない。


「……装着者が男、だと反応するのでは?」


疑い深い殿下は組紐を睨んだまま言う。するとレイ様は自分の手首を出した。


「殿下、デザインは違いますが、こちらも同じものです。ダニエルも装着し、何の問題も無いことを確認しております」

「君たちが付けているものが、それらと全く同じとは限らないだろう?」

「まぁ、わたくしが殿下をたばかると仰るの?仮に殿下を害するものだとして、用意をしたのはわたくしだと言うことが明白なのに、何故そのような細工をしましょう?」

「確かにそうだが……」

「ケイ様、こんなものは受け取らない方が良いですっ!ケイ様には、身につけるものを選ぶ権利があるんですから!ねっ?」

「チャムリー男爵令嬢、これは婚約者への愛情溢れる、悪しきものを遠ざける贈り物ですわ、喜ばない殿方などいる訳がありません。でしょう?殿下」


パッと扇を広げて、ピクピクと引き攣る口元とこめかみを隠したキャロライン嬢は、頷くことしか出来ない正論で攻める。

それにしても、リリー嬢の言葉選びといい、スコット侯爵家からの報復が怖くないのかな……?見ている僕の方が怖くなるくらいに、不敬な言葉の羅列。そのメンタルの強さは尊敬に値する。


「そ、う、だな。ありがとう、キャロライン。大切に、する……」


ぎこちない笑顔で、殿下は箱ごと仕舞おうとするが、キャロライン嬢はにっこりと笑ってそれを制す。


「ええ。さあ殿下、手首をお出しになって。これは、愛する人の無事を願いながら結んで差し上げるものなのですよ」

「そうか、うむ……」

「ケイ様!」


殿下は恐る恐る手首を差し出すのを、ピンクボア嬢が必死に止めている。この魔石の効果までは分からないようだが、自分に不利になるものだと察知しているのだろう。
その嗅覚はなかなかだ。


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