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しおりを挟むキャロライン・スコット侯爵令嬢とケイレニアス殿下の婚約関係は、それなりに良好だったと聞く。それなのに、学園生活が進めば進む程、目に見えて険悪になっていった。
ダニエル様も、少々調子の良い所を笑って諌めてくるような懐の広い婚約者を持つのだが、彼らが話している場面はあまりにも見かけない。
「なぁにをしているんだか……」
そう窓の外を見ながら、呟いた。
庭師に手入れされたとても綺麗な中庭は色んな教室からも覗けるようになっていて、その鮮やかな色彩の中、女対男の闘いが繰り広げられていた。
もちろん、レイ様と僕はアリーナ席――――図書棟の2階、個室自習室から眺めているだけ。
レイ様の癒しのため、ネロのもふもふを貸してあげようとすると、レイ様もネロも嫌がった。何で?
その結果、レイ様は僕の肩に腕を回すようにして隣にぴったりくっつき、僕はネロに抱きついている。僕の『湯上がり』をかけたネロはふあふあの毛並みで気持ちいいし、接触しているところから微量の魔力を貰っているネロもうっとりと気持ちよさそう。
そして何故か、レイ様も満足げに、時折僕の髪に鼻を埋めて嗅いでいる。ほんとに、何で?
まぁいいや、細かいことは気にしないに限る。
ちょちょいと魔法を展開して、彼ら近くに潜ませたぷちギンの視界を水鏡に映す。音声もはっきりと聴こえてくるので、レイ様もずいっと覗き込んだ。所謂、ライブ会場のモニター的な様相だ。遠くからと近くから、両方から見える。これで見れるのがスポーツだったのなら盛り上がるところだけど……。
『何故、婚約者を差し置いてその男爵令嬢を囲っているのか、その説明をお願いしているのですが?』
キャロライン侯爵令嬢だ。あの人、『魂の強化』しているのかな?威圧感が……ご令嬢とは思えないほど、ある。
『学園での身分は平等だと、君も知っているだろう?彼女は話しやすいし、君も仲良くすれば良いのに』
『他にも男爵令嬢や令息はおりますし、彼らは皆分を弁えた行動をしておりますので注意をする必要が無いだけですわ?ああ、まさか!唯一、奔放な振る舞いをいつまで経っても正さない彼女を、あえて愛妾にでもなさるおつもりですか?』
『あ、愛妾だなんて!友だちだよ、ね、リリー?』
『はいっ!おともだちですっ!』
『そう。腰を抱き、髪に口付けるような、ね?しょっちゅう何もないところですっ転んでいるのは、靴の裏にスライムでも貼り付けていらっしゃるの?そうでなくてまともに歩けないのなら、領地で療養なさったらいかが?わたくし、心配だわぁ』
キャロライン嬢の強烈な嫌味に、周りの令嬢たちがくすくすと笑いながら同意を示す。しかし、リリー嬢を囲む男たちはむっと眉根を寄せて『違う!リリーはちょっとそそっかしいだけだ!』などと叫んでいた。
『まぁ、今の段階で愛妾になさると言うのであれば、わたくし、この婚約自体、辞めにしたって構いませんのよ。わたくしを大切にしない男など、男だと認めませんから』
つん、とそう言い放つキャロラインは、僕にはとても良い女に見えた。ふぁあ……と尊敬の眼差しで見ていると、レイ様が急に水鏡をぐちゃぐちゃにかき混ぜ始めて消えてしまった。
「どうしましたか、レイ様」
「……いや。もう十分だろう。殿下はキャロライン嬢をお慕いしている筈だから、これで正気に戻れば良いな」
「そ、そうですね……そうは見えませんでしたが……」
異変に気付いたのは、入学してから一ヶ月程経った頃だった。
ルビー・マリーを使った香油の完成品を、何種類かレイ様に試してみたり、休日中、オルと迷宮探索を楽しんだり魔導人形の研究をこなして学園の寮に帰り、パーシーさんと引き継ぎをしていた時。
新しい香油が素晴らしいからいくつか持っておきたいとレイ様の注文が入っていたので、それを整理しながら引き継ぎを聞いていると。
「あんな健気に懐いてるリリー嬢を、あそこまで遠ざけなくても良くないか?この休日も会ったけど、酷く冷たい態度で」
「……パーシーさん?いつもの事ですよね?」
「そうか?いつも以上に冷たかったぞ。お前がいなかったってのもあると思うが。そんなにピリピリしなくていいと、お前から伝えておいてくれ」
「僕からレイ様に言うことなんて無いので……」
僕は若干の違和感を抱いた。何故、ピンクボア嬢の肩を持つような発言をするのだろう?僕らの主はレイ様であって、彼女ではないのに。
特にパーシーさんは、レイ様崇拝というか、レイ様を守ることに対して強く誇りを持っている方。守るべき対象者として認めていたはずだった。
そんな変なパーシーさんが帰る直前、つまり夕飯前のことだった。
トントンとノック音がして、丁度扉に近かったパーシーさんが対応する。
「はい、どちらさまで……っ?!」
驚いたようなパーシーさんの声。ピンクの髪がパーシーさんの胸に飛び込む。そこはもう、部屋の中だ。
「きゃっ!もうっ、パーシー様、急に開けるから……っ、あ、レイ様!こんばんは~~!」
パーシーさんに抱きかかえられつつも、ニコリと顔を上げたのは、ピンクボア嬢。
……一瞬で、身体中の血が沸騰したように騒いだ。
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