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67 魔法学園 入学

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桜よりもハート型に近い、薄桃色の花びらがくるくると舞う。
黄色い高い声に、そわそわと空気までもが落ち着かない。――今日は、待ちに待っ…………てはない、レイ様が、アレイストン国立魔法学園へ入学する日。

こんな時でも無表情のレイ様の後ろを、隠密で気配を消すことなく、それでも目立たないように気をつけながら、ひっそりとついて行く。

護衛を連れていることを認識させつつも、主人より目立つような真似をしてはいけない。








レイ様と僕が古めかしくも荘厳な門を潜って歩いていると、前方で騒ぎが起こったようだ。


「きゃっ!」

「なっ……、すまない、大丈夫か」


遠くまで見れるように、視覚を強化する。美しい艶のピンクの髪に、大きな空色の瞳。どこかで見たような気がするけど、気のせいかな。


彼女にぶつかったのは、濃い金髪をサラリと靡かせた藤色の瞳の美青年だった。ああ、あの方は……。

美青年の側には、護衛も――――あれ?護衛、何をしてるんだろ?主人が誰かにぶつかっているのに。

困惑している内に、美青年は美少女を抱き起こし、お姫様のように抱え上げて歩き出していた。それを見ながら、レイ様がボソリと囁く。


「……ケイレニアス・アレイストン第一王子殿下だ。覚えているか?」

「はい、レイモンド様」

「……くっ、二人の時はレイと……」

「自室でない限り、誰が聞いているか分かりませんから」


僕は侯爵家の用意した制服に身を包んで、全身で『僕はブランドン侯爵家の護衛です!』と叫んでいるような格好をしているが、身分は平民なのだ。レイモンド様をレイ様と愛称で呼んでいるのは、目をつけられかねない。

護衛にしたって、どこかの貴族の次男や三男だったりと、貴族出身なのがほとんど。平民を雇ったとしても、せいぜい門などを任せるくらい。

だから出来るだけ、目立たずにひっそりと守る。特に、レイ様より高位である、王族と公爵家には要注意。それは、レイ様も共通認識である。













僕たちは気を取り直して、レイ様の住まう予定の寮へと移動した。

ここはブランドン侯爵領から遠く離れた王都。
タウンハウスもあるけれど、毎朝馬車に乗りたくないと、レイ様は入寮することにした。

嫡男であるレイ様のお兄様は、領のお仕事の関係もあって、タウンハウスから通っている。ご挨拶に伺ったけれど、お兄様も夫人も、僕の商会のアイテムをご愛用下さっていることもあり、とっても好意的に迎えてもらった。ふう、良かった。


生活基盤を寮に移すと言っても、僕の持つ亜空間収納に荷物を全て入れているし、他の人も貴族というだけあって魔法鞄に入れてきたのか、大仰な荷物を持っている人はほとんどいないようだった。

ぽんぽんと荷物や家具を設置して、その合間にお茶と菓子を出しておく。

レイ様の教科書や参考書をちまちまと戸棚に整理していると、ふとレイ様が思い出したように言う。


「ああそうだロキ。君の商会のお陰でブランドン侯爵家は随分と潤った。きちんと父上を通していて良かったな。実際には君が商会長だが、そうと知られると取り上げられかねん。そのため商会のことを話題に出されたら俺が主導したように振る舞うが、許せ。王家も公爵家も我々を無下には出来ないから」

「……というと?」

「ロキは名前だけの商会長だと思わせる。そして背後で侯爵家が操っているのだと。まぁ、後ろ盾は侯爵家なのだから半分は真実だ」

「それは、助かります。僕、高位貴族の人たちとまともに話せる気がしませんから」

「一応俺も侯爵子息なのだが……?」

「レイ様は、レイ様なので。ある意味長い付き合いですし」


にこりと微笑んでおく。思春期を迎えたというのに、レイ様は僕なんかの微笑みで顔を赤くするので面白くて、少し不安だ。
閨教育も拒否したと言う。大丈夫なのかな、ハニートラップとかに引っかからないかな。


……そうか、その為の僕か。


頑張らなくちゃいけない、と決心を固め直しながら、僕はレイ様の個室を整えて、扉で繋がった小さな個室――従者のための部屋だ――も整えた。と言っても寝台一つ置くだけ。貴重なものは全て、亜空間収納だ。

最近じゃレイ様もホイホイと僕に収納するよう渡してくるので、少し困っている。侯爵領に伝わる伝統の逸話・伝説を纏めた資料とか、辞めて欲しい。
脳内にリストアップされているので忘れることはないだろうけど、他人の高価すぎるものは心臓に悪い。


一通り整理し終わったところで、トントンとノック音がした。
ひょこりと顔を出す。扉の前には二人。貴族大全でも大きく顔が載っていたから分かりますよ。

基本的には高位貴族から声をかけるのがルールである。しかし、従者は黒子かインターフォンのようなものなので、少し勝手が違う。

ちらりと顔を確認後、一礼し、『少々お待ちください』と言って扉を閉める。


「ダニエル・フィッツロイ公爵令息とエリオット・ホランド子爵令息がお越しになりましたが、如何なさいますか」

「ロキ、本当に全部覚えたんだな……?まぁいい、勿論会う。本来は俺が行くべきなのだが、あいつ、せっかちだな……」

「畏まりました」


レイ様が少し襟元を整えたのを見届けて、扉を開けた。


「どうぞ、ご入室下さい」

「ああ」


そう言って早急に入って行くのはダニエル様の方で、護衛のエリオット様はおずおずと、僕の顔をチラ見しつつ入室した。


「レイモンッ!遅いからこっちから来てやったぞ!全く、一番に挨拶すべきはこの俺だろう」

「ダニエル。お前、ちゃんと本も持ってきたのか?少なすぎて準備が早く終わっただけだろう。もう少ししたら行こうと思っていたのに」


軽口を叩き合うこの感じは、レイ様とは仲良しさんらしい。『ド』が無くなって『レイモン』になってても許される仲なんだね。

ダニエル様は筋肉質なジャイア……いや、男らしい性格のようだ。明るいエメラルドグリーンのような髪と、森林のような穏やかさを感じる深緑の瞳の、精悍な顔立ちの男の人。

僕は壁際にそっと立って、気配を殺している。例によって、居ることは認識させつつも目立たせない、絶妙な加減。これを覚えるのにどれだけパーシーさんに指導されたことか。だって冒険者には必要のない技術なんだもの。こんな中途半端な隠密は。


「それはそうと。聞いたか?ケイレニアス殿下、早速女生徒を抱いて医療室に送ったって。本当、警戒心無さすぎねぇか?」

「私も目の前で目撃した。ぶつかったらしいが、そこは見えなかった。あのお優しい殿下なら、納得だが……少し軽率だな。周囲の者に任せれば良かったのに」

「俺もそう思う」


レイ様に同意を得られてほっとしたのか、ダニエル様はフンと鼻息を荒くした。


「それより、そいつが新しい従者……いや、護衛か?やたら顔が良いじゃねぇか」


ギロリと強い興味の視線を向けられる。ダニエル様も数度、『魂の強化』を経ているなと分かる。でも、これっぽっちも怖くない。
その射抜くような視線を受け流し、僕は僅かに会釈をする。


「彼はロキ。領にいたB級冒険者を勧誘した。なかなかの素質を持っていたから重宝している」

「へぇ……平民なのか」


そうニヤリと笑った顔は、舌舐めずりをする蛇のようにも見えた。




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