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63 Cランク 魅了の迷宮

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レイ様の入学まであと一ヶ月を切った頃、ギルドから『Bランクへの昇格が可能だから、実力試験を受けられる』と連絡があった。

僕は休暇を取ることにして、単身で迷宮に出掛けた。

Cランク相当の迷宮で有名なところは全て回ったのだけど、ギルドからは『ロキさんの行ったことのない所で』と指定されてしまった。そこで選んだのは『魅了の迷宮』。ね、面白くなさそうでしょう。


事前に下調べをすると、ここでは香りや色に魅了効果を持つ植物や、一見花に見えても実は魔物だったりだとか、ひとつ捻りのある迷宮だ。でも、未だ攻略されていない『幻影の迷宮』の方が凶悪だし、マシロのおかげで草花による魅了は僕には効かないみたい。


『ええ?だって、あたしのロキを魅了するなんて、あたしが許さないからねっ!』

『……やきもち?』

『どうかな。矜持きょうじと言ってもいいわ』


残念ながら草花以外の魔物の魅了はきちんと効くみたいなので、それだけ注意して、僕は久しぶりに正式な手続きをして、入ったのだった。













『うわぁ、すごい花の匂い!』


ギンがはしゃいでいる。毒々しいほどに色鮮やかな花々が、ずっと続く森林地帯。むわっとした花粉の匂いはすぐにマシロが打ち消してくれた。そよ風のシールドだ。

魅了は精神攻撃の一種で、鬱や幻覚もそう。
弱い精神攻撃なら、実は『魂の強化』を重ねている僕にとっては『自分をしっかり持つ』というなんともふわっとした対策で、十分対処出来るのだ。

ギンだって強くなった。僕の魔力を長期間あげているからか、もはやスライムとは思えない強さなので大丈夫だと思う。
ただしネイジルクロウのピピとジジは、攻撃手段としては滑降かっこうからの体当たりくらいしか出来ない。万が一怪我をしてはいけないし、それよりも美味しい卵を産んで欲しいので、いつも通りお留守番。

睡眠や麻痺などは毒に区分される。毒に関してはほぼ全ての迷宮にあるから、いつも通り気をつけていればいいかな。


『ギン、精神攻撃の影響を少しでも感じたら亜空間小屋に入ってね。僕も感じたら合図をするから』

『そうなの?分かった!一応、ぷちギンで先行させるね!』


ギンは親指ほどの小さいぷちギンを出して、僕らの前に進ませた。冒険者パーティーで言うところの斥候役だ。……なんて有能なのかな。本当に得難い相棒だ。










とても人気のない迷宮らしく、すれ違う冒険者はちらほらとしか見かけない。

僕はまた顔に泥パックを付けて迷宮攻略をする事にした。この泥パックを貼っている間は、妙に注目されなくて都合が良い。

森林型の迷宮を進むとそれはもう色んな魅了の宝庫だった。

『嗅ぐと仲間割れしたくなる』花や、『とても美しく儚げに見える』アラクネとか、『自分を刺したくなる』効果の毒を持つ巨大なカタツムリとか、『とても興奮する』果物とか。

それだけ、魅了をするのに力を入れているせいか、攻撃力や防御力に関しては、難なく倒せる程度の魔物しかいない。


「お、この糸はいいかも」


美しい女性の上半身を持つアラクネを、遠慮なく一刀両断すると、その身に蓄えていたらしい糸をベロベロと出している。なかなか艶のある良い糸だ、シガールさんに持って帰ろう。アオザイ高級ラインに良さそうだ。


『興奮する』果物は、効果をすごーく薄めたら、媚薬か、エナジードリンクにも使えそうなので、収穫しておいた。将来誰かに惚れたら使おうかな。もしくは、誰かを嵌める時にも。う、嘘だよ、冗談です。

そこまで効果は高くない、性的欲求を高める薬草類がとても多く生息しているようだ。薬草畑持ちとしてはコレクションするべきだろうと、これも採取し植えておいた。


中には『とても美しいと感じる』だけの花の花粉もあって、何の脅威も感じないけれど、香水にでも加工したら売れるかなと思って採取した。


あれ、ここ、もしかして僕向けかな。採取しかしていないような……。


何故そんな効果があると、鑑定もないのに分かるのかと言うと。

他の迷宮だけれど、初回迷宮攻略をした時に、得た本がある。
行った所の地図が自動で描かれる地図書に引き続き、また白い本。検証した結果、これを『魔物・薬草大全』と呼んでいる。

これは出会った魔物や近付いた薬草――植物、果実を含む――を、イラスト付きの解説で教えてくれる、大変な優れものだ。魔物と薬草に限定した鑑定と言ってもいい。

ふわふわと浮かばせた本を見ながら進めば、どんな効果のあるものか分かるので大変重宝している。

そんなこんなでサクサクと進み、第十五層に来た時だった。




このあたりまで来ると、植物たちの罠にかかってしまう冒険者もちらほらと見かけるようになった。つまり、こんな物騒な森の中で、ところ構わず、その、えっと、抱き合っているのだ。

屈強な男同士が絡み合っているのを見つけてしまい、助けるべきなのか、はたまた合意の上なのか分からず、そっとその場から離れた。

だから彼を見つけた時、ある意味驚いた。


「ひぃやぁぁ~~~っ!たすけて~~~っ!」

「「ハアッ、ハッ、ハッ」」


魔法士らしい小柄な少年が、こちらに向かって爆走していた。その少年を、後ろから追いかけているのが二人。追跡者の顔つきを見れば正気を失っているのは明白。
少年は二人よりかなり華奢に見えて、結構なスピードで駆けてきてびっくりした。彼だけは普通に意識を保っているから。


一瞬で近付き、獣となってしまった二人の意識を刈り取った。ドサッ、ドサッ、と地面に伏した二人を見て、少年は止まりきれなかったのか、派手に転んでいった。

よっと、と助け起こそうとしたのだけど、どうやら少年の足が限界みたい。へろへろだった。


意識のない二人は何か浴びてしまったみたいで、ねとねととした粘液を『清掃』で綺麗にする。それからその二人はギンに、僕はガクガクと震えている少年を運ぶ。


「ひぃ、ああっ、ご、ごごごごめんなさい」

「大丈夫です、落ち着いて下さい」


抱えてみれば、若干僕より大きかった。まぁ、そんなことは良くあることだ。うん……落ち込むことはない。小柄なのはまだ成長期が来てないせいだから。

魅了の匂いの薄い場所を探して、テントを出す。結界の魔道具を広めに設置した。

少年は移動中に少し落ち着いたのか、くったりと僕に身を委ねている。その角度からは僕の顔がはっきり見えるはずなのだけど、酷いケロイドにも見えるはずの僕の顔に怯える様子は無かった。

尋常じゃない力で引きちぎられたのだろう、服のボタンが無くなっている。僕は使い捨てのシーツ――別に救出業をしている訳でもないけれど、常に安いシーツは多めに持っておくようにしている――を被せた。


「天幕は持ってます?持ってるなら代わりに張りますよ」

「は、はい……、ありがとうございます、迷宮人様……!」


聞き覚えのある呼称に苦笑しつつ、ぷるぷる震えている少年の代わりに天幕を張ってあげて、気絶している二人を見て……ああ、と気付く。


「そっか、三人用の……一緒に寝たくない、ですよね……?」

「う……で、出来れば……」


少年はククリと言った。縋るような目で見られても、僕の天幕に入れることは無い。これは僕の『ホーム』なので。

ただ困ったことに、加害者が仲間、かぁ。このような事に遭遇したのは、僕も初めて。
彼らは少し離れた所へ、ちょっとした敷物の上に転がして、そこに別の結界の魔道具を設置することにした。一緒の空間にいるのは苦行だろう。

一人は心細いのだろう。僕は彼を安心させるために、この周りは結界の魔道具の範囲内で安全で、魅了の効果も及ばないし、魔物もいつでも倒せると言い含めた。温めたミルクに蜂蜜を入れたものを渡したり、あまり着ない服を上げたり。サイズは少しきつめだけど、然程変わらないようで良かった。


「ぼくたち、結構仲良くやってきたのに、うう、こんな依頼、受けなきゃ良かった……」

「どうしても魅了の効果は高いから……。むしろ良くここまで潜れましたね?」

「ああなるまではちゃんとスカーフで鼻と口を抑えてましたし、ぼくは風の魔法士なので、微風で花粉や香りを退けてたんです。魔力も少なくなってきたので一度休もうとしたのですが、中々良い場所が見つからなくて、……それで」

「魔力が無くなってしまったのですね。魔力ポーションは?」

「それはまだあるのですが……お腹いっぱいで飲めなくて。でもこんなことになるなら、躊躇ためらわず吐いてでも飲めば良かったです」


ちびりちびりとホットミルクを飲む姿は子犬のようだ。栗色の髪や、大きな明るい緑色瞳で、顔立ちは可愛らしい。魅了の香りが無くても、あの二人はククリが好きだったのかもしれない。そうなると、魅了効果は増幅してしまう。


「明日は転移陣の所まで送っていきますよ。そうしたら地上へ帰れるでしょう」

「でも、まだ依頼が……っ、ああ、失敗するしかないですよね。はい、ありがとうございます。迷宮人様」


ククリは少しの未練を残していたが、自分で気付いた。助けられた時点で、依頼は失敗していることに。たまに救出後なのに『一緒に依頼を受けてくれ』なんていう人もいるから良かった。

そう言われた場合は、問答無用で強制帰還コースだからね!






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