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55 少年A
しおりを挟む「ロキ、あれっ……えっ?!顔のアレは?えっ?」
「ああ、あれは仮面みたいなものです。便利なので貼り付けたままだったのですが、シガールさんに取られてしまいまして……」
部屋の外でそわそわと待っていたレイ様は、開口一番僕のつるんとした顔を言及した。やっぱり、普通は気になるよね。あれは剥がしやすい液体で出来たもので、肌への負担はほとんどないということを伝えると、レイ様はほっとしたようだった。
「そうか、本当に怪我をしていた訳では無かったのだな。良かった。学園に通う前に、教会に連れていこうかと思っていた所だったんだ」
「……都合が悪いのですか?顔を隠すのは」
レイ様は同情したように眉を下げた。
「あまりにも酷い怪我だと、他の貴族を不愉快にさせないためにフルフェイスの兜を被せることもある。ただ、そうすると何か事件やトラブルがあった時、濡れ衣を着せられることもある。だから、出来れば顔は隠さず堂々としていた方が良いんだ」
「なる程。では、アレはもう使えませんね……」
「……不安か?」
「いえ。いいきっかけになりました」
久しぶりに呼吸をする顔の皮膚。何を遮ることも隠すことも出来ない、そわそわとした感じはある。けれど、今の僕なら大丈夫な気がした。
「いつの間にか従者が入れ替わっているなんて想像したら、レイ様も恐ろしいでしょうし。この顔で頑張ります」
僕の御当主様への挨拶は案外すんなりと終わった。
『彼が探していたロキです。従者兼護衛として、学園へ連れて行きます』とレイ様が紹介してくれて、御当主様であるロイド・ブランドン様は、レイ様によく似た迫力のある美貌で頷いた。
僕は一礼して『ロキと申します』とだけ言い、検分するようにじっくりと眺められた後、解放された。貴族は直接平民と話すことはないと聞いていたから特に何も思わなかった。レイ様が変わっているだけだ。
「あとは俺の兄と母だが、王都にあるタウンハウスにいる。そちらへの挨拶は学園入学前でいいだろう。兄は俺の二つ上だから、学園でも……会えるかもしれない」
「畏まりました」
僕がそういうと、レイ様は悲しそうに眉を下げる。その仕草が子犬のように見えて、少し、オルを思い出す。
オルははしゃいでご飯をがつがつ食べ、飼い主に飛びかかる元気な子犬。
対照的に、今のレイ様は、捨てられた子犬のようだった。
「……やはり、距離を感じるな。ロキ、二人きりの時だけは、もっと言葉を崩してくれないか。俺からのお願いだ」
「レイ様、それは追々でもよろしいのではないですか?まだ、ロキ様は新しい環境に緊張しているようですから」
シガールさんが取りなしてくれて、僕はほっと息を吐き出した。まだ、レイ様との関係性に悩んでいたから、あんまり距離を詰められて息苦しさを覚えていたのだ。
王都と領地で離れて暮らす、レイ様の家族関係はどんな感じなのだろう。レイ様の様子を見れば、仲は良さそうだけれど、貴族ということもあって、使用人の方がよく顔を合わせるんだろうなぁ。それは、少し寂しいだろう。
なんて邪推する間もなく、従者教育が始まった。本来なら幼年の頃から見習いとして叩き込む教育なんだそう。
レイ様の好みを反映したお茶の淹れ方や心得の他、基本的な歴史の知識や常識も。え、この国が『アレイストン』って名称なのをこの間知ったばかりなのに、歴史とか知る訳なくない?と半目になりながら、懐かしい勉強をこなした。
忘れかけていたけれど、黙々と勉強をするのは得意な方。曲がりなりにも難関大に合格はした集中力はある。
それでも、朝と昼と夜の鍛錬は欠かさない。従者としてよりも、護衛としての働きを期待されているし、勘が鈍るのは僕にとっても不本意だ。
冒険者ギルドへも再登録した。またGランクスタートかと思っていれば、シガールさんが隣に張り付き、リリアンナさんへ圧力をかけて、Dランクに復帰できた。いいのかな?いいんだよね?シガールさん。
生温い笑顔のシガールさんは恐ろしかった……。リリアンナさんが小刻みに震えていて、僕はそっと合掌した。
リリアンナさんがかつて、積極的に話しかけてきたことは覚えている。受付と、冒険者。その枠を越えてこようとしてきた彼女に感じた、恐怖。
大きくなった今はもう、ただの受付としか思えないし、基本的にシガールさんに手続きしてもらおうと思っているから、もう関わることは少なくなるだろう。
ぷるぷる震えるリリアンナに上目遣いで見つめられても、僕の心は凪いていた。何を恐れていたのだろうと。僕と彼女の身長差は殆ど無くなっていて、獣人である彼女と僕の魔力の差は著しい。
うん、僕は、大丈夫。そう再確認した時に、背中から声が降りかかってきた。
「あっ!?お前!?」
その声に振り返ると……、んんん?見覚えのない少年。僕より少し背の高い、剣士のような少年が、僕を指差してわなわなと震えていた。
「お前、どこにいたんだよっ!?俺、お前を越えるためにめちゃくちゃ頑張ってたんだぞ……!?」
「ええと……どなたでしょう?」
「おまっ……」
絶句する少年を、シガールさんが冷たい目で見やり、僕へ囁く。
「アリサさん、という少女を覚えていますか?一角兎に殺された……」
「あ」
「ええ、あの子のパーティーメンバーのリーダー、でした。ロキ様がいない数年の内に瓦解して、一人Dランクで細々とやっているようです」
「へぇ……そうなんですね」
それを聞いた僕の心境は、こう。
『頑張ってください』
だった。それしかない。むしろそれ以外に何も思い浮かばない。彼には突っかかってこられたような記憶が僅かにあるけれど、際立って害悪という訳でもない。彼は、なんでこんなに話しかけてくるのだろう……。
「ええと、お一人で頑張っていらっしゃると聞きました。何か困っているのでしょうか?」
「えっ……は!?何を言って……」
「では、何故僕に声を?ご用件は?」
「……っ!け、決闘だ!俺と決闘しろ!」
その言葉に、冒険者ギルド内の空気がワッと熱くなった。『決闘』の言葉に、冒険者たちは弱いらしい。弱いというか、血が滾るというのか。
僕は少年をじっと見つめる。魔力の濃度、手足の筋肉の発達具合。腰に下げた短刀も長剣も、かなり使い古されているし、装備もぼろぼろに近い。その状態で、僕に勝てると思っているのかな……?
「何を賭けたいのですか?」
「俺が勝ったら、お前の財産全部よこせ!」
「うわ……」
少年の要求に、シガールさんが思わずといったように声を出す。
実は、決闘にあたって互いの財産を賭けることは少なくない。しかし、それは互いの力量が拮抗し、資産も一般冒険者の域から出ない場合。
僕の所持品も銀行の残高も、結構すごいことになっているし、彼が僕以上に持っているとは思えない上、取り上げようとも思わない。
それに、多分彼の剣。僕の剣と打ち合ったら折れてしまうだろう。そうなっては、冒険者を続けることすら出来なくなるかもしれない。
だからこれは、僕の優しさ。
「決闘するまでも無いです」
ドンッ!
彼に向かって威圧を放つ。数々の迷宮踏破と魂の強化によって、僕の威圧は人外じみた域に到達していた。
案の定。少年の心臓は一瞬止まり、崩れ落ち、そしてまたすぐに息を吹き返す。
ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、と躍動する、彼の胸の音が聞こえてくるようだった。
「……っ!……っ、は、は、」
一歩も近寄ることなく、指すら触れることもなく倒れた少年の姿に、ギルドはしーんと静まり返った。聞こえるのは、少年の異常に荒い息づかいだけ。
「大方、僕の見かけだけで舐めていたのでしょう?初めて会った時からずっと。これを機に、見た目で判断するのは辞めたらいかがでしょうか。……では」
小刻みに震える少年を捨て置いて、僕は移動する。三歩も歩けば、もう少年のことは頭に残っていなかった。
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