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51 帰還/シガールside

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急に明るくなった光と、爽やかで軽い森の香り。
軽い、というのは、迷宮内は濃い魔素に満たされていて、まるで上から潰されるような、肺をぎゅっと握られているような息苦しさがあるからだ。そこから抜け出ると圧が無くなり、身体が軽くなったような感覚になる。

次第に目が慣れてくると、昼時とあって、あまり人のいない迷宮前にいた。オルも伸びをして、僕を見てニカッと笑っている。大きく息を吸い込んで、よし、補給をしに行こうと歩き出した、その時。


「ロキさん……?!」


ありえない声。バッと振り向くと、懐かしい顔。でも、何故、フォルナルクから遠く離れているここに?


「シガールさん?!何でここに……!」

「ああ、やっと会えました……!もう、本当に心配したんですから!」


あのいつもクールな表情のシガールさんは、感極まったように僕へ駆け寄ってきて抱き締めてくる。僕は大人しくその腕の中に収まった。大きくなったとはいえ、まだシガールさんより頭一つは小さいようだ。


「ロキ?知り合い?」

「あ、う、うん。数年振りの……ギルドの人で」


オルに話しかけられて、混乱しながら説明する。『ギルドの人』と言うと、シガールさんは少しの悲壮感を出して、オルは顔を顰めていた。


「ロキさん、こんな、Aランクに近いような迷宮にいるだなんて信じられません……、まず、積もる話をしましょうか?」

「いいですね。近くの迷宮村へ行きましょうか。確かこっちに……」

「ロキ、オレもついていくけど、いいよな?」

「うん。シガールさんも、いいよね?オルがいても」

「はい、もちろんです。シガールと申します。ロキさんのパーティーメンバーですか?」

「……そんなようなもの。オーランドと言う」


オルはシガールさんに警戒心を高めているみたい。

こうして見ると、僕はまだシガールさんより小さいのに、オルはそう変わらないくらい背が高い。いいなぁ。……いや、オルは竜人だし、人間より成長が速いのかも。そうに違いない。


迷宮村とは、迷宮近くに出来た村。そのままだね。
迷宮の難易度が上がると、魔物が溢れた際のリスクも高まることから、町まではかなり距離を取る。それでも、迷宮での利益を求めて潜る冒険者を相手に商売する人々が、勝手に近くへと集まって村が出来る。だから村とはいえ、そこそこ賑わっている。

冒険者で賑わう食堂に入り、隅の方に二人並んで座る。未だお酒の飲めない僕とオルは、新鮮なオレンジのジュースと、野菜をたっぷりと使ったサラダや焼き鳥などを頼み、シガールさんはニコニコとエールと臓物の煮たものを注文していた。


「えっと、三年ぶり……くらいですか。初めてですね、シガールさんと食事をするのは」

「三年半、です。ロキさんが消えてからは」

「そうなんですね。迷宮にいたので少しズレていたようです」


エールをちびちびと飲みながら、シガールさんは哀愁を漂わせながら、ここ数年のことを話してくれた。


「ロキさんが居なくなって、何故、私はもっと、あなたのことをもっと気にかけてやらなかったのか……ずっと後悔していました」













――――――――シガール side


近年稀に見る、将来性のある少年。性格も穏やかで大人びており、自身に対する危機感も持つようになった。ニールの報告ではまだいくつも手を隠している様子で、強さも申し分ない。素晴らしい冒険者になるだろう、そう期待するのを止められなかった。

だから、彼なら休めばすぐに持ち直すだろうと思っていた。何故なら、過去、ロキさんは目の前で死ぬ人を見たり、害を成す人間を自力で排除したりして、乗り越えてきたのを知っていたから。


しかし、私は本当の意味で、孤独な少年を理解していなかった。


彼の、数少ない信頼する人から向けられた欲。
それは、赤の他人から受けるものとは全く違う。
身寄りもない少年にとって、どれほど大きな出来事だったのか。愚かなことに、それに思い当たったのは、ロキさんが消えてから半年も経った頃だった。


その頃の私は、もう彼はフォルナルクを嫌になって、他の町に移ったのだろうと考えていた。

それでも少し引っかかっていたのは、別れの挨拶もなくいなくなったこと。最後の会った時はまだ、休む素振りを見せていたから、そこから何かあったとしか思えなかった。
彼の律儀な性格なら、普通に町を出るのならば一言くらいあるだろうと、傲慢にも、思っていたのだ。


途端につまらなくなった日々を淡々と業務をこなしていると、背後でリリアンナが他の受付嬢と話している声が耳に入った。


『はぁ、最近ぜーんぜんいい人いないなぁ。やっぱりあの子がいっちば~ん優良物件だったのに。もう少しで落とせたのになぁ~』

『え、落とせそうだったの?!あのめちゃくちゃ天使みたいな子!』

『そうよ、偶然会ったからチャンスと思って、私の手料理食べませんかって家に誘ったの。ちょっとボディタッチさせてあげたらイケると思ったんだけど、逃げられちゃった。ああん、あと数年経てばめちゃくちゃイケメンになること間違いなしだったのよ』

『あの子は絶対そうよねぇ、あたしも少し狙ってたのに、リリったら全然話させてくれないんだから!』

『それはそうよ!早いうちに私に夢中にさせておかなきゃ!イケメンになってからじゃ遅いのよ。賢い女はその前にゲットしとかないとね!……あのクラスの有望な子、やっぱりほとんどいないわねー』



その話、どういうことだと。
リリアンナの襟首を掴んで説教部屋へ連行するのは当然だった。


そして泣きべそをかいたリリアンナから事の真相を聞き出して、頭を抱えた。

まさか、セーラ様に襲われて次の日に、リリアンナから猛襲されたなんて。ギリギリの所で保っていた彼の心は、そのひと押しで、ポッキリ折れてしまったのだ。

冒険者ギルドのサブギルドマスターの権限を駆使して他の支部へ情報を求めたが、まるで引っ掛からず、架空の人物だと思われた。

そこでふと思いつく。彼は、目立つ美麗な顔を隠しているのかもしれない……?






サブギルドマスターからギルドマスターに昇格するのを断り、ギルド職員の教育係兼、アドバイザーとして支部を転々とした。

なんせ私は、仕事が趣味の独身中年男。ロキさんが来るまで、機械のように仕事をこなす日々だったのに、彼に振り回されるのはとても刺激的な毎日だった。

それに気付くと、彼のいないギルドは色褪せて見えた。ギルドだけではない、私の人生さえも。

このまま仕事だけをして、枯れたように死ぬのか。それなら、最後まであのキラキラした少年に振り回されて死にたい。

それは何より楽しそうな人生だと感じたのだ。

そこにある貴族からスカウトされる。レイモンド・ブランドン侯爵家子息。

雇用条件は、ロキさんの足跡を辿り、見つけること。見つけた際には、彼の専属使用人として雇ってくれると囁かれ、私は悩むことなく、契約したのだった。





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