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50 炎獄の迷宮(2)

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真っ赤な髪に、金色の瞳。よくよく瞳を見つめると、確かに人間と違う、縦長の瞳孔。そして、幼さの中にも分かる、男らしく整った美形だ。

握手を求められて、少しゴツい手を握ると、ツルッとした肌が当たる。どうやら皮膚の一部に鱗が付いているみたい。

竜人とは、滅多に人の前に姿を現さない、それでいて最強の人種だと言われている。エルフよりもさらに希少なのは、戦闘民族が故に、常に戦いに身を置いていることが多いから。


「ちょっと時間がかかってるみたい、だよな。困っているなら倒そうか?」

「えっ……いいんですか?」

「『ですか?』なんて敬語は要らないよ!同い年だろ?!しかもこんなところまでこれる子、初めてだ!友だちってことだよね!?」

「えっ、えっ、えと……」

「オレのことは、特別にオルって呼んでいいよ。君、名前は?」


この子、グイグイくる。けれど、僕は嫌じゃなかった。友だち。友だち、かぁ……。うん。いいな。


「僕は、ロキ。人間だけど、よろしくね」

「うん!ロキな。じゃあ、倒すけど……取り分は半分ずつでいい?」

「むしろ、半分ももらっちゃっていいの?」

「もちろん!だって、オレがいなくても倒せるには倒せるんだろ?」

「だけど……」

「じゃっ!行ってくる!」

「あっ、待って!ギン、戻って!」


ギンを慌てて呼び寄せた。オルはギンを見送ってニコッとした後、再び動き出したミスリルゴーレムを――一閃した。


み、見えなかった。一瞬のうちに大剣で真っ二つになったゴーレムが、崩れ落ちる。凄い……。

オルは軽々とそれらを運んできたけど、絶対に重いよね、それ。腕力がもう、人間離れしている。


「はい。魔石も真っ二つになっちゃったけど、いいよな?」

「うん。オル、すごいね。こんなに一瞬で……」

「わはは。ありがと。照れる」


オルは恥ずかしそうに鼻をかき、ベルトに括り付けている魔法鞄へと仕舞っていた。そしてチラチラと僕を見て、どこかキリリとした顔をした。


「な。ロキ、一緒に倒さないか?迷宮主」

「えっ?」

「ここで会えたのも縁だろ?この先、まだまだゴーレム出ると思うし」

「それは……確かに、そうだけど……」

「じゃ、行こう!」


もごもごと煮え切らない僕に構わず、オルは爽やかに笑って歩き出す。ええと、ここは着いていく感じかな。……方向、逆だと思うけど。


しばらく一緒に歩いて分かったこと。

オルの戦闘能力は文句なしに一級品の代わり、迷宮探索は行き当たりばったり。

地図書を出して、向かう方向を言うと、素直に従ってくれた。その上、想定通りに宝箱を見つけたり、罠を回避したりすると、大袈裟なまでに誉めてくれた。


「やっぱ、すごいな!ロキは。この飯も最高に美味い!」

「そんな……ふふっ。ありがとう。僕も、そう言われるといつもより美味しいような気がするよ」

「へへっ、それなら何回でも言う!」


野営する時は、一緒に魔道コンロを囲んで、料理を出してあげた。僕はゴーレム以外のロックスライムなどを担当しているけど、メインで出てくるミスリルゴーレムはオルに任せている為、あまり消耗していない。
高い突破力を持つオルと、細々と器用な僕は相性が良く、オルと二人なら、お互い拍子抜けするほど楽に探索出来るようになった。


「というか……本当に、オルはよくここまでこれたね……」

「おう!オレもそう思う。片っ端から行くしかねえからな!あと勘。おっ、これが唐揚げか?!最強の料理じゃねぇ?」

「今までご飯はどうしてたの?逆に」

「丸齧りだ。竜人の歯と胃は強ぇんだ!」

「ひぇ……」


オルは武者修行のために潜っているみたい。僕と同じく、不法侵入者。そして、オルもまた火属性の精霊王に加護されているのだとか。でも、オルの精霊王はマシロと違い、精霊界からの加護なので、姿や声は分からないみたいだった。

オルがそう話してくれたので、僕もオルに話した。花の精霊女王に加護されていること。マシロはこちらの在界に来ていること。マシロに『出ておいで』と言って姿を見せると、すごい興奮していた。


「わあ!可愛い!えっ、動くの!?わぁ~虫みたいで可愛い!」

「虫」

『もうっ!これだから火の奴は嫌いなの!デリカシーがない!』


マシロはぷんぷんと怒って、また姿を消してしまった。そりゃ、怒るよねぇ……。ごめんね。

食べ終わってしばらくゆったりして、僕は意を決して口を開いた。


「その、オル……、あのね、」

「ん?なんだ?もじもじして。用を足すなら向こう向いているぞ!」

「ち、ちが……、あの、気を悪くしてほしく無いんだけど」


言いにくかったけれど、実は言いたかったこと。言ってしまって傷付かないか心配だけど、気になって仕方がなかった。


「その……君を綺麗にする魔法を、使ってもいいかな?」


僕の言葉に、オルはきょとんとした後、自分のわきを嗅いでいた。

「うーん、自分の匂いだから分からねーなぁ。うん!かけてくれるならお願い!」

「分かった。ちょっとあったかくなるけどびっくりしないでね」


『湯上がり』をかけてあげる。ふわっと湯気が上がって、オルの肌が一層白くなったような気がする。心地よかったらしく、オルはぽうっとして口を開けたままだ。


「ふぁ~っ、なんだこれ!さっぱりするけどほかほかだ!気持ちいいな!これ毎日かけて欲しい!」

「気に入ってくれて嬉しいよ。……ひゃっ!?」


ぐい、とオルに抱き寄せられて、くんくん匂いを嗅がれた。犬かっ!?
ここまで近いと、オルの頭ひとつは大きい身体が、余計に大きく感じる!


「ロキは匂いまで花っぽいな。さっきの魔法とは関係無さそうだから、……精霊の悪戯?」


なんと腕を持ち上げられて、腋まで嗅がれてしまう。僕はまだ『湯上がり』をかける前だから、今日一日分の汗もかいているのに……!

それも一瞬で、オルはぱっと手を離してくれた。綺麗になったオルからは、汗の匂いはしなくなっていた。

どうやらオルは探索中、水拭きしかしていないらしい。水もどこの階層で手に入れたか忘れたと言っていたので、使いまわしていたのだろう。なかなかな匂いだった。まぁ、こんなところまで潜っている人にはありがちだし、その中ではまだマシな方だけど。
この先も一緒にいるのなら、僕が気になるので綺麗でいて欲しかった。

寝る時は別々の天幕で。オルは襲撃があっても即座に起きられる自信があるみたい。すごいなぁ、竜人って。
結界を張ってから一人になると、オルのいない空間に少しホッとしつつも、少し寂しいような気もしていた。













それから数日オルと探索し続けた今日は、迷宮主の攻略を予定している。いつも以上に気は抜けない。しっかりと飯を食べ、睡眠をとり、柔軟と素振りで身体の隅々までコンディションを確認し、温める。


「さて、行こっか」

「おう!いよいよだな!」


誰もいない迷宮主の部屋の前。立ち上がって気合を入れ、二人して中へと進んだ。


中には炎龍が待ち構えていた。

入った瞬間、灼熱の熱さで焼かれそうになるけれど、オルが火属性のシールドを張ってくれて無傷。

熱さは指輪とローブに施した効果により一瞬で元に戻った。しかしそれは部屋自体の効果であり、攻撃ですらなかった。
僕らが足を止めた一瞬で、龍は地獄炎のブレスを吐きかける。


短距離転移で、視界に収めた龍の背中に移った。三年かけて磨いた短距離転移は、魔法の起動も揺らぎも無く、着地点を察知されることもない。
龍の身体は隙間なく強靭な鱗に覆われて、物理も魔法も殆ど効かない。だから、僕を探して振り返ったその瞬間、大きな口に切り込む。

口が裂けて暴れる炎龍。痛みに開けっぱなしの口の中に、ギンが最大限硬化させた剣を幾つも撃つ。オルは逆鱗という、喉元にちらりと見える弱点を狙って掻い潜り、的確に突き刺した。

ちょこまかと動く僕たちを叩き潰そうして、暴れる尾。それも避けなくてはいけない。

大量の血が噴き出して僕にかかる所を避けて、弱った炎龍を拘束し、口内に氷の霧をどんどん浴びせて内部から凍らせ、ついに、その動きを止めた。


『お疲れさまぁっ』

「ありがと、ギン。オルもお疲れ様!」

「ロキも!やっぱロキとは戦い易かったぜ」


炎龍をまるっと亜空間に収納した。オルは龍の素材は要らないらしい。竜人だからかな?

僕もこれまで倒した魔物は殆ど死蔵している。売り払うと目立ってしまうから、買い出しの際はボア肉やちょっとした魔石だけを売っている。

宝箱の罠を解除するのは僕も出来るのだけど、ギンがやりたがって譲らない。役目を貰うと嬉しそうなので、いつも微笑んで眺めている。

ギンの魔力操作もかなり上達して、罠を作動させることなく開けることが出来るようになった。
ドヤ顔のギンを撫でて中身を確認すれば、銀色の……一対の付け羽が入っていた。


「何これ……コスプレグッズが入ってることなんて、ある?オル、要る?あげる」

「すげーいらない。オレ、飛べるし」

『ろー、すごいよこれ!付けると空飛べるよ!』

「うん……す……すごいけど……見た目が……」


わさわさとした羽をつけた、黒いローブで顔の溶けた男が飛ぶ姿を想像する。

……。

……これも死蔵になるかなぁ……。


『ろーの素のかおはかわいいから、きっとぴったりだよ!』

『そうよ!めっちゃくちゃかわいいに決まってるわ!』

「う……うん……?」


戦闘というより移動では使えそうだが、恥ずかしいので透明化して行こう。
そう固く誓って収納し、オルと共に帰還の転移陣に乗る。
何ヶ月ぶりかの地上へ帰るのだ。





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