50 / 158
49 炎獄の迷宮
しおりを挟む「はぁー……美味しい」
人里から離れて天幕暮らしをするようになり、三年が経っていた。
天幕は魔改造が進んでますます快適を極めているし、今食べているのも天幕内のキッチンで作った親子丼。日本の調味料が手に入ってから、思うままに料理を楽しんでいる。卵が最高級に美味しいからってのもあるけど。
何をしているかって、主に迷宮攻略をしている。これまで踏破した迷宮はゆうに10を超えた。
冒険者ギルドへは行かず、迷宮へは不法侵入と言うべきか、自己責任で潜っている。短距離転移と隠密を使って。
目的は強くなることと、より良いアイテムを手に入れることだから出来ることだ。
商業ギルドにある銀行口座は、例え10年行かなくとも没収されることはないと確認しているので、放置している。
何度も『魂の強化』を経て、僕は今や歩いているだけで他の冒険者を圧倒する程の何かを身につけたらしい。
それでなくとも、迷宮内で冒険者に声をかけることはあまりないから、僕にとっては望ましい環境だ。
そうして迷宮に潜っていれば、否応なしに人助けや人と関わることはある。
しかし足を引っ張るのがこの顔だ。隠そうとしてもフードを被るのは視野が狭くなってしまって、闘うのに不便。
そこで僕は、もう一度『泥のような顔』になろうと、ギンに酸を顔にかけるよう言ったのだが、どうしても嫌がってダメだった。飼い主に危害を加えるのは、命令であっても嫌みたい。それは精霊であるマシロもそうだ。
試行錯誤の末、完成したのは泥パック。
あ、美容目的ではない。作れそうだけど。
ギンに出してもらった粘液を使い、きめ細かい泥を混ぜたそれをべっとりと顔に塗って、乾かして完成!
まるで顔が半分溶けているような、気味の悪い色と質感になる。外す時はぺりりと剥がせばいい。若干の保湿力があるのか、素肌はぷるぷるのままだ。
10歳以前と全く同じでは無く、目の部分は覆わずちゃんと見えているのだが、我ながら、そこそこ気味が悪い。
この顔で人助けをしても、皆怯えるように去っていくので都合が良かった。もう、あんな思いをしなくて済むから。
お化け屋敷の中の人ってこんな気持ちかな。心理的に無双状態。
そのようにして殆ど迷宮の中で野営し、攻略したら次の町でスススーっと最短時間で補給をして、また迷宮へ。
ここはBランク相当を推奨とする迷宮なので、人は少ない上、とても深い。ランクの高い迷宮は、階層が多いか、もしくは一層一層が広いかのどちらかなのだが、ここは前者の方だ。
もうどのくらい潜っているのか忘れたけれど、魔物との命を削るような闘いは僕の血を沸騰させるような興奮を覚え、いつまでも潜っていられる。
13歳になった身体は少しは男らしく成長し、筋肉を全身に纏う。骨格は相変わらず細身なので、素早さで補う。髪は魔道具を作るのに長く伸ばした方が便利なため、後ろの低めの位置で一つに括っている。
汗の匂いも汚れも無い綺麗なまま、顔に特徴的な痣を持って迷宮探索している僕は、少しずつ有名になっているようで、たまに助けに入ると『噂の……!』とか、『迷宮人だ!助かった!』とか言われるようになった。
何だろう、迷宮人って。新しい人種?僕?
しかしそんな僕の誤魔化しも、限界を感じつつあった。
ランクの高い冒険者たちは、皆どこかしら古傷を抱えていてむしろ勲章のようにしている為、以前は僕の顔を見れば目を合わさないようにそそくさと去っていたのに、最近はじっくりと眺められては『良く見れば整っている』と気付かれてしまっているようだった。
……顔を眺められると、居心地が悪い。
僕にとって、素の顔は誘蛾灯のようなもので、良い人もそうで無い人も誘き寄せるし、中には良い人さえ性格を変えてしまうような、そんな恐ろしさを感じていた。
だから寄ってくる人を見極める目と、何かあっても対応できる強さ、それも心の強さも兼ね備えた余裕を手に入れるまでは、この偽りの顔のままで。
泥パックを外しても揺らがずに生きていけると自信が持てた時、素の顔に戻そうと決めていた。
今日はとうとう、第七十層にも及んだ迷宮の最深部に到着した。溶岩のような階層で、敵はミスリルゴーレムが多いみたい。
ギンによって強化された装備はレディー・アラクネ・クイーンの糸で作られている。
魔法攻撃を殆ど通さない、中途半端な攻撃では傷もつかないベストとパンツスタイルだ。
両手には竜骨の双剣なんていう厨二病も真っ青なブツを持つ。違うから、宝箱で出て握ってみたら凄かったから!
白金の指輪に嵌め込まれた魔石は五個にも増えて、それぞれ魔力回復・体力回復・光球展開・防汚・体温保持の効果がある。これ以上は白金が壊れそうなのでやめた。
問題なのは、ここのミスリルゴーレム……めっちゃくちゃ硬い!
「ギン、お願い……」
『まかせて!』
僕の竜骨の双剣でも刃が通らない。関節部に差し込めばさすがに折れてしまいそうだ。どうやって倒すのか分からず、目には目を、鉱物にはシルバースライムを、ということでギンに任せた。
ぶにゃっと広がったギンが、ミスリルゴーレムを包む。おおっ。ゴーレムが動かなくなって、少しずつ消化しているみたい。これならミスリルもギンが吸収して、再利用できそうだ。
ただ……。
「暇だな……」
すっっっごい、時間がかかる。僕は少し離れた所に座って、ギンが奮闘しているのを待つ。魔力を練ったりぷゆっと出したりして練習しながら。
そこに、珍しいことに、声がかかった。
「あれっ、こんにちは!」
「あ……こんにちは」
見上げると、僕と同じか少し上くらいの少年。ニカッと屈託なく笑いかけられ、動揺したまま挨拶を返す。
「君が噂の迷宮人?わぁ~、オレと同じくらい?オレは13!オーランドって言うんだ」
「あ、僕も13です、多分」
「すごいなぁ。人間でしょ?オレは竜人だけど」
竜人!
その言葉にびっくりして、少年をマジマジと眺めてしまった。
121
お気に入りに追加
717
あなたにおすすめの小説

聖女の力を隠して塩対応していたら追放されたので冒険者になろうと思います
登龍乃月
ファンタジー
「フィリア! お前のような卑怯な女はいらん! 即刻国から出てゆくがいい!」
「え? いいんですか?」
聖女候補の一人である私、フィリアは王国の皇太子の嫁候補の一人でもあった。
聖女となった者が皇太子の妻となる。
そんな話が持ち上がり、私が嫁兼聖女候補に入ったと知らされた時は絶望だった。
皇太子はデブだし臭いし歯磨きもしない見てくれ最悪のニキビ顔、性格は傲慢でわがまま厚顔無恥の最悪を極める、そのくせプライド高いナルシスト。
私の一番嫌いなタイプだった。
ある日聖女の力に目覚めてしまった私、しかし皇太子の嫁になるなんて死んでも嫌だったので一生懸命その力を隠し、皇太子から嫌われるよう塩対応を続けていた。
そんなある日、冤罪をかけられた私はなんと国外追放。
やった!
これで最悪な責務から解放された!
隣の国に流れ着いた私はたまたま出会った冒険者バルトにスカウトされ、冒険者として新たな人生のスタートを切る事になった。
そして真の聖女たるフィリアが消えたことにより、彼女が無自覚に張っていた退魔の結界が消え、皇太子や城に様々な災厄が降りかかっていくのであった。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

運命の番?棄てたのは貴方です
ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。
番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。
※自己設定満載ですので気を付けてください。
※性描写はないですが、一線を越える個所もあります
※多少の残酷表現あります。
以上2点からセルフレイティング

【完結】結婚前から愛人を囲う男の種などいりません!
つくも茄子
ファンタジー
伯爵令嬢のフアナは、結婚式の一ヶ月前に婚約者の恋人から「私達愛し合っているから婚約を破棄しろ」と怒鳴り込まれた。この赤毛の女性は誰?え?婚約者のジョアンの恋人?初耳です。ジョアンとは従兄妹同士の幼馴染。ジョアンの父親である侯爵はフアナの伯父でもあった。怒り心頭の伯父。されどフアナは夫に愛人がいても一向に構わない。というよりも、結婚一ヶ月前に破棄など常識に考えて無理である。無事に結婚は済ませたものの、夫は新妻を蔑ろにする。何か勘違いしているようですが、伯爵家の世継ぎは私から生まれた子供がなるんですよ?父親?別に書類上の夫である必要はありません。そんな、フアナに最高の「種」がやってきた。
他サイトにも公開中。

好きでした、さようなら
豆狸
恋愛
「……すまない」
初夜の床で、彼は言いました。
「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」
悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。
なろう様でも公開中です。

聖女として召還されたのにフェンリルをテイムしたら追放されましたー腹いせに快適すぎる森に引きこもって我慢していた事色々好き放題してやります!
ふぃえま
ファンタジー
「勝手に呼び出して無茶振りしたくせに自分達に都合の悪い聖獣がでたら責任追及とか狡すぎません?
せめて裏で良いから謝罪の一言くらいあるはずですよね?」
不況の中、なんとか内定をもぎ取った会社にやっと慣れたと思ったら異世界召還されて勝手に聖女にされました、佐藤です。いや、元佐藤か。
実は今日、なんか国を守る聖獣を召還せよって言われたからやったらフェンリルが出ました。
あんまりこういうの詳しくないけど確か超強いやつですよね?
なのに周りの反応は正反対!
なんかめっちゃ裏切り者とか怒鳴られてロープグルグル巻きにされました。
勝手にこっちに連れて来たりただでさえ難しい聖獣召喚にケチつけたり……なんかもうこの人たち助けなくてもバチ当たりませんよね?

兄を溺愛する母に捨てられたので私は家族を捨てる事にします!
ユウ
恋愛
幼い頃から兄を溺愛する母。
自由奔放で独身貴族を貫いていた兄がようやく結婚を決めた。
しかし、兄の結婚で全てが崩壊する事になった。
「今すぐこの邸から出て行ってくれる?遺産相続も放棄して」
「は?」
母の我儘に振り回され同居し世話をして来たのに理不尽な理由で邸から追い出されることになったマリーは自分勝手な母に愛想が尽きた。
「もう縁を切ろう」
「マリー」
家族は夫だけだと思い領地を離れることにしたそんな中。
義母から同居を願い出られることになり、マリー達は義母の元に身を寄せることになった。
対するマリーの母は念願の新生活と思いきや、思ったように進まず新たな嫁はびっくり箱のような人物で生活にも支障が起きた事でマリーを呼び戻そうとするも。
「無理ですわ。王都から領地まで遠すぎます」
都合の良い時だけ利用する母に愛情はない。
「お兄様にお任せします」
実母よりも大事にしてくれる義母と夫を優先しすることにしたのだった。

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。
彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。
父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。
わー、凄いテンプレ展開ですね!
ふふふ、私はこの時を待っていた!
いざ行かん、正義の旅へ!
え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。
でも……美味しいは正義、ですよね?
2021/02/19 第一部完結
2021/02/21 第二部連載開始
2021/05/05 第二部完結
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる