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41 ゴブリン 小規模集落
しおりを挟むアドバイス風の毒舌を受けて、その少年は可哀想に、顔を真っ赤にして泣き出しそうになる。
少し考えて、僕も口を開いた。
「名前は知らないけど、君。アリサさんの死を僕のせいにしているうちは、冒険者活動はしない方がいい。多分、すぐ死ぬと思うから」
そういうと、いよいよ少年は憤死しそうな顔になって、パクパクと口を開くも何も話さないまま、逃げるようにギルドから出て行ってしまった。
「シガールさん、どうも、ありがとうございました。誤解を解い……て?くれて?」
「え、ええ……トドメはロキさんが刺しましたけどね……」
「なかなか良かったな」
「ええっ、レイよりもマシだと思い、ます……」
僕は心配だから言ったんだけどな。レイはまた僅かに笑うと、ゴブリン小規模集落の壊滅依頼を受注しに行っていた。
僕とレイ。その後ろからパーシーさん。
三人で連れ立って――に見えるけど、後ろから更に5人以上付いてきている――目撃例のあったゴブリンの集落を目指す。全員身体強化をして、少し本気を出して走るとすぐに目的地へと着いた。
道外れで、フォルナルクから距離はあるけれど、これ以上集落が大きくなると少し心配かもしれない。
ゴブリンの繁殖速度はとても速い。小説では異種族の女性を孕ませる印象が強かったけれど、ゴブリン同士での子作りペースがまず異常だから。ゴから始まる黒いアレと同じくらい速いんじゃないかな、多分。
この世界のゴブリンやオークも、異種族の女性を攫って孕ませることはある。それは異種族の胎を借りた方が強い個体が産まれるから、らしい。産まれる時に親の胎を食いちぎって産まれてくるので、ほぼ確実に母胎は死ぬ。
子供はどう言う訳か、魔物と人間のハーフと言う訳ではなく純粋な魔物。僕の頭の中では人間の遺伝子はどこへ?と疑問符だらけになる。産みつけた時点で子供の種として完成されているのかな。
ともかく、僕の察知した限りでは、捕らえられている人間が一人いる。魔力反応的に、弱ってはいるものの、まだ生きているはずだ。
ゴブリンは10にも満たない、本当に少ない数だ。ここからはスピードが大事なので、敬語は取っ払うことを了承してくれた。
「レイ、どうする?作戦は」
「……ロキならどうする?」
草むらに隠れてコソコソと囁き合う。集落から少し距離はあるのに、ゴブリン特有の体臭というか、蒸れた雑巾のような、濃縮した汗のような、そんな匂いが漂ってくる。臭い。僕とレイ、パーシーさんは、口元を覆うようにしてスカーフを巻いた。
作戦?そうだなぁ、出来ればあまり手の内を見せずに、サクッと終わらせたい。
「……もしかしたらあの小屋の中に捕まっている人がいるかもしれない。幸い隙間から覗けそうだから、僕が行って確認してみる。人がいたら、マルをつくる。レイはなるべく大騒ぎをしながら遠ざけつつ、倒せる?僕は人質を助けてから、挟み撃ちするように加勢する。人がいなければ僕が音を出して引き寄せながら、挟み撃ちで倒していこう。役割は逆でも大丈夫」
「いや、それでいこう。小屋は二つあるけど、大丈夫か?」
「問題ないよ」
「じゃあそれで」
パーシーさんや他の護衛は、レイを守るようにそっと配置に着いたようだ。
僕はそれを見遣りつつ、回り込んでゴブリンの小屋を確認する。視覚を強化すれば、遠くからでも視界に入った。
一つ目の小屋に、ぐったりと横になっている裸の女の人がいた。小屋はゴブリンの手作りらしい、木の板を並べたような簡素な作りで、直ぐに吹き飛ばせそうだ。
もう一つの小屋を覗き込んで、後悔した。僕と同じくらいの少女が、ピクリとも動かず、伏している。生命反応はもう、ない。お腹だけがぽっこりとして、蠢いている……。
と、とりあえず生きている人を助け出そう。
僕は大きくマルを作った。レイは小屋から離れた所で『ゴブリンめ!さっさと集まれ!』などと大声で叫んで狩り始めた。
大きな音に反応して、ゴブリンがレイの方へ集まり始める。僕は隠密をしながら、小屋の見張りをしていたゴブリンを斬り捨てて、女の人を救出した。
村人だったのか、筋肉のない柔らかい身体。焦点は合わず、口の端からは涎を垂らして、僕を見ても反応がない。
彼女に、古いシーツ――洗ってあるから清潔だ――を被せてギンを置いて、もう一人の方も一応確認しに行く。
もう息はないことを確認して、レイへの加勢に回った。
一振り、二振り。滑らかに切り捨てながら近付き、あっという間に全滅だ。レイの方も、危なげなく速いペースで倒していた。
「人は?!」
「女性一人は生きてたから、ギンに見張らせてる。でも、女の子が一人死んでた」
「っ、」
息を詰まらせたレイは、ごくりと飲み込み、護衛を呼ぼうとして、一瞬悩み、止めた。
「……冒険者なら、こういうことはある、んだよな……」
「そうだね。早く安全な所に連れていこう」
濃い生臭い液体と血で塗れた女性を、清掃の魔法で綺麗にする。これくらいなら平民でも使える生活魔法だし、レイもびっくりはしない筈。
同様に女の子も綺麗にした。子供なのに、散々嬲られたのだろう、下半身は見ていられない程の惨状だ。
「死んでから時間が経っているね……ここで焼いていこう。そのあと、ゴブリンから魔石と耳を取ってくるけど、レイは出来る?」
「うっ……も、もちろんだ」
レイは女の子の惨状から目を背けていた。そうだよね。いくら魔物の討伐に慣れていたって、人間の死体には慣れない。
この世界、遺体を長期間放置するとアンデッドになってしまうので、火葬が基本だ。通常、教会で焼いて貰える。
僕の高火力の光魔法で浄化させ、天に送ることも可能だけど、ちょっと目立つかな……。
それに、いつ魔力が必要になるか分からないから、やっぱり魔法は最小限にしよう。
薪を集めて少女を乗せて、火打石を取り出した所で、レイが火をつけてくれた。どうやら、レイは風属性をメインとして使っているけど、火属性も少し持っているみたい。
流石、貴族令息だなぁ。ポテンシャルが高い。
肉の焼ける、何とも嫌な匂い。スカーフで鼻を押さえながら、手早くゴブリンから素材を抜き取り、ゴブリンの死体はまた別の場所で燃やす。なんとなく、一緒にはしたくなくて。
身体の脂もあって、轟々と燃え出した。
他の魔物からの襲撃も警戒しつつ、最後まで燃え尽きたのを確認して、その場から足早に立ち去った。
身体強化で女の人を横抱きにして運んでいる。背中に背負うには、しがみついてくれないといけないのだが、だらりとして力の入る様子が無いので諦めた。未だに意識は無い。
魔物がきたら、レイとギンに対処してもらおうっと。
「なぁ、ロキ、いいのか?俺も運べると思うけど……」
「それにしては顔色悪いし……レイっていい所の子でしょう、こんなことさせられないから、魔物の方をお願い」
「それは……悪い。分かった。魔物は任せろ」
レイは初めて死んだ人を見たショックからか、ただでさえ色白なのに真っ白になっている。
無表情だけど、辛そうなのは分かる。僕も初めて見た時の記憶は殆ど飛び飛びだから。
幾度かの魔物の襲撃を受けながら、レイとギンは的確に敵を屠り続け、ようやく町に帰還した。女の人の顔にもシーツを被せて、冒険者ギルドの裏側へ。
できるだけ、人目に晒さない方が良いかと思って。
「レイ、ここでパーシーさんと待ってて、シガールさんにどうしたらいいか聞いてくる」
「あ、ああ。分かった。……待ってる」
シガールさんに事情を話すと、慣れたようにコクリと頷いて、女の人をギルドの建物の裏に連れていった。そこはギルド備え付けの宿のようなもので、数日間療養し、薬師にも診察された後、シェルターのような保護施設に移動されることとなった。
レイと僕は任務達成の為に、レポートを書くこととなった。今回パーティーを組まなかったのでそれぞれで一枚ずつ。
被害者がいた場合は特にきっちり報告することで、『お前が殺したんだろ!』という濡れ衣を着せられる可能性をゼロにするらしいから、面倒でも書かなくちゃならない。
ギルドから報告用の紙とペン、インクを借りて、説教部屋でレイと二人、黙々と書いた。
サクサクと適当に、迅速に書き上げていく僕を、レイはじっと見つめていたようだ。ふと顔を上げると目が合う。少し……空気が重い。
「ロキ。君、は……何でそんなに落ち着いているんだ?」
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