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39 魂の強化
しおりを挟む身体強化を解除しているのに、身体が軽い。
魔力が、使ってくれと言わんばかりに溢れている。
頭はスッキリとして、今ならどんな複雑な魔術陣でも覚えられそう。
これが『魂の強化』か。
こんな熱が出るなら、安全な所に居ないといけない。宿屋に帰ってきてて良かった。幸いなことに僕には頼れる従魔がいるから何とかなるけれど、本来これは、パーティーメンバーがいないと危ないかもしれない。
一番嬉しかったのは、自分の身体に少し、筋肉がついていたこと!
「ふおおお……!」
『……?』
骨格が華奢なのか、筋肉が付きにくい体質なのか、なかなか筋肉が付かなかったのだ。身体的にこれだけ動けるのだからもう少し逞しい体付きをしていてもおかしくないのに、見た目が貧弱で舐められやすいのを気にしていたから、今回の変化はとても嬉しかった。……ギンには違いが分からなかったらしい。もっとよく見て!
念の為もう一日休んで、身体を休ませた。柔軟をしたり軽く筋トレをして、新しく生まれ変わったような身体を馴染ませる。
るんるん気分で冒険者ギルドに行くと、シガールさんがぎょっとしたように僕を見て、あっという間に説教部屋に連れ込まれた。え、何?
「ロキさん、なんか出てます。色気?何かありました?仕舞ってもらえます、それ」
「何を言っているんです?あ、昨日、初めて『魂の強化』が起こったみたいで。ちょっと気分は高揚しています」
「……なるほど、なるほど……、え、初めてですか?通常、『魂の強化』は子供は起こりやすいんですが、不思議ですね。ロキさんはもう何度も経験なさっていると思っていました」
「そうそう、僕も不思議だったんですが、ようやくみんなと同じになれて嬉しいです」
「おめでとうございます。それから、ロキさん、何をしました?貴族から、指名依頼されそうになっていましたよ。心当たりは?」
「あ、もしかして、レイって子ですか?やっぱりお貴族様だったんですね。迷宮の中で少し話しただけなんですが……」
シガールさんの話によると、『同年代の冒険者と共に過ごし、実力の具合を把握したい』という依頼だったそうだ。それもブランドン侯爵家、このフォルナルクやイヤゴーも含めた領地の領主でもある貴族からの、正式な依頼なんだそう。
ただ、レイと同じ、10や11歳の冒険者は僕も含め、精々Eランク。だから指名依頼は受けられない。
「はい。なので本人と直接交渉になります。私は反対したのです、『ロキさんはまるで参考になりません、あれを平均に見たら他の子が可哀想です』と……。そうすると余計に火に油を注いだようでして、全く諦めてなさそうでした。おそらく直接来ると思います。まぁ、断れないですよね……」
「断ったら、不敬に……」
「なるかもしれませんねぇ……。もしくは、不敬に処さない代わりに『ウチの傭兵に』と望まれる可能性も。いや、ブランドン侯爵家は結構良心的だと思うので、それはないと思いますが……」
そんな手があるのか。うーん、僕も同年代の実力の具合は、知りたいけど……でも、貴族の子ならまたちょっと違うんだろうな。エリートの英才教育を受けているのだもの。
「よし、逃げよう」
「いやいやいやっ!私が逃したと思われるのでやめてください、お願いします!」
「なんでわざわざ手の内を見せるような依頼を受けなきゃいけないんですか……」
「それはそうなんですよね。パーティーを組む時は信用出来そうな人と組みますからね、一時的であっても。貴族の命令……依頼でも、やはり嫌がられると思います、はい。しかし、それがまかり通るのが貴族なんですよ」
シガールさんはふう、とこめかみを抑えた。シガールさんからは、目をかけて貰えていると感じる。貴族に目をつけられ、いいように使われないように気を遣ってもらっているようだ。
「一応、冒険者達の心象は悪くなるとは伝えていますから、それでももし依頼を承諾せざるを得ない場合、出来るだけ手の内を見せないよう工夫して下さいね。あなたを貴族に取られるのは、ギルドの損失ですから」
「そこまで……まだEランクの僕を、気にかけてくださってありがとうございます。気をつけますね」
「もう『雨の迷宮』、攻略したんですよね。本当はもうDに上げられるのですが、試験を受ける必要もありますし、あの貴族の方が諦めてからにしましょうか。Dであれば指名依頼、受けられるようになってしまいますし」
「そうですね……そうして下さい。指名依頼って、必ず受けなくちゃいけない訳では無いんですよね?」
「はい。しかし、Dランクだと冒険者ギルドも積極的には助けに動かないので、貴族からの依頼を断る時は皆さん工夫していますね。町を移動したり、一時的に行方を眩ましたり……」
つまり、何があっても、依頼を断ったことに対して貴族から報復されても自分で対処しろと言う事か。Dランクの冒険者を一人潰すくらい訳ないだろうなぁ。しかし、そんな暇な貴族もいるのか。
互いを労わるように背中を叩き合った。僕にお父さんがいたらこんな感じだろうか。
説教部屋を出るとすぐ、早速黒髪の美少年と目が合った。うわ、うわわわ。逃げる隙も、対策を練る時間もなかった。
「ロキ!やっぱりここにいた!」
「……はい、レイ、さん」
何となく呼び捨ては、側にいる護衛らしき人から睨まれている気がして『さん』を付けると、レイはむっと眉根を寄せた。
「同じ冒険者だろ。レイ、でいい」
「でも……」
「レイ。言ってごらん」
レイの無表情による圧。この傲慢とも言える圧は苦手だ。
「レイ。……これでいいですか?」
「敬語も要らない。普段、そんな感じじゃないだろう?」
「いえ、シガールさんとか、年上の方にはみんなこうしてます」
「それなら……まあいいか。なぁ、一緒に何か討伐、行かないか?俺、ロキと探索してみたいんだ」
直球だった。ランクを無視した指名依頼未遂も、このように言い換えると何とも愛らしい感じに聞こえるけれど、手の内を晒すようなことはあまりしたくない、それも貴族本人に。
「僕、人見知り激しくて……、共同作業は全く向きません。他の人を誘ってはいかがですか?」
婉曲な断りに、近くにいる護衛らしきおじさまが怖い顔をした。やっぱりそうなるよね。
「いいや、俺はロキと行きたいんだ。共同作業が苦手なら、俺で慣れたらいい。ダメか?」
しゅーんとしょげたように上目遣いをされても、ねぇ。
絶対に諦めないだろうなぁ、これ。今まで生きてきて思い通りにならなかった事などないのだろう。
「分かりました。でも、一度だけです。それに、期待に答えられなくてもお許しを」
「おい、お前、生意気だぞ!」
「パーシー」
鋭い一声で、レイは護衛を黙らせた。ひぇ、護衛のおじさんも怖いし、レイの変わりようも怖い。僕と話していた時の人懐こいような声とは全く違う。どこからその声出しているんだろう。
「ごめん、俺の付き添いがイカツイおっさんで怖いよな。出来るだけ遠ざけるから」
「……」
パーシーさんはピクリと頬を動かしたが、もう口は出さないようだった。
うわ!
気付けば、ギルド中がしーんとして僕らを見ていた。
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