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33 Dランク 雨の迷宮
しおりを挟むランスさんにされた事で赤くなったり青くなったりと大忙しの僕を、彼は容赦なく追い出した。曰く、『これ以上一緒にいたら多分襲うよ~』と。慌てて飛び出すよね。
僕は宿屋で働いていた時、この世界の人は異性も同性も関係なく付き合ったり、性行為をすることを知っていた筈だった。
それを自分に置き換える事なんて、想定していなかった。だって、10歳だよ?中身は18+10でも、10歳だよ?
少し前までは、村中から嫌悪されるほど顔が酷かったというのもあるし、治安の良い日本にいた記憶もその一因だったと思う。
僕が性的に襲われることなんてない、と思い込んでいた。
ランスさんに、うわ、襲われる、と思った時、動けなかった。身体が言う事を聞かない、という恐怖と混乱を味わい、無力さが身に沁みた。
何で僕が、そう思ったけど……。
落ち着いて考えてみれば、確かに言われた通りだ。
日本でも、小学校帰りの少年少女を狙う変質者とか、そういう事件はあった。親に何度も注意されてたっけ。僕は幸い、隣近所に友人がいたから常に行動を共にしていて、何か事件に巻き込まれたことはなかったけど……今は、一人だ。
ランスさんに言われなければ、完全に忘れていた。いや、言われただけだったら、どこか『大丈夫でしょ』と思っていたことだろう。
単純な暴力だけでなく、甘い言葉をかけてくる人たちにももっと、警戒しないといけない。そう痛感した。
『でも、ねぇギン、なんで止めなかったの?ランスさんを』
練習した念話で呼びかけると、ギンはしれっとして答えた。
『だって、ろー、あの人のこと、傷つけたく無いって思ってたでしょ?』
『ええ~……まぁ、それは、うーん……』
何となくむしゃくしゃした僕は、宿屋で長風呂をした。風呂に浸かりながら冷たいミルクを飲み、時に冷水を出して浴びつつ長風呂をした。
水面に映る僕の顔。
長い銀の睫毛に縁取られた紫色の瞳は、見ようによってはアメジストのように輝いてもみえる。つんとした鼻も唇も、女の子だったのなら可愛らしく見えただろう。
線は細いものの、うっすらとついた筋肉はこれまでの鍛錬の成果で、白い肌にシミ一つもないのは、充満した高密度の魔力によって傷付いたそばから再生されているからだと思う。だって、かすり傷、ついたとしてもすぐに治るから。
意識すると治らないようにもできるけど、こんな体だから、紫外線の影響も受けないのだろう。
確かに、だ。小綺麗にはしているし、なんとなく中性的だ。ランスさんの言う通り、女の子だけじゃなく、男にも気をつけなきゃいけないな、と自分の姿を見てため息をついた。
とは言えやる事はそう変わらない。早くBランク冒険者になれと言ったって、まだ登録してから一ヶ月経ったくらい。Eランクになれただけでも速い方だ。
ファングボアは、肉の半分は売らずに宿で調理しておいた。ほろほろと崩れるシチューはもちろん、ステーキ、ハンバーグ、鍋、野菜スープ、などなど。パンは一番マシな店のを大量に買い、米は自分で炊いた。
この世界の人は、なぜか米は全てお粥にしてしまう。米と言うより澱粉のとろみを味わうためのスープに近い。理由はわからない。水加減が壊滅的に下手なのかな。
初迷宮攻略の記念で出た、空間についての魔法書は、とても面白かった。空間拡張や、物の転移、人間の転移、長距離転移のコツ、などが書いてあり、読んだだけで使えるようになった。便利!
やっぱり長距離転移は、どこか限定した場所を覚えておく必要があるみたい。それは僕の考えていたことと一緒だった。
それにしても読むだけで使えるようになるなんて、魔法書ってすごすぎないかな?
『それはねっ!ロキの想像力が正しいからだと思うわ』
『そうなの?でも、読めば分かるよね?』
『いいえ?だって、ロキから伝わってくるイメージは、この世界と違うんだもの。ま、そんなところが面白くって好きなのよね~っ!』
マシロはくすくすと笑った。イメージって、僕の読んだ小説のイメージかな?ああ、でもアニメの影響も多分にあると思う。そっか、ここではイメージを得るには、経験者に見せてもらったりしないと想像も付かないのかも。
魔法書で覚えた空間拡張をテントに施すと、20畳程にも広がった。入った瞬間、遠近感が狂う。
ベッドも置ける。湯船も、ちょっといいソファも机も置けてしまう。けれど、見た目は普通のテントというのが良い。変に羨望を集めても仕方ないもの。
消費する魔石に、忘れずに魔力を込めて置けば持続する。なんて便利で素敵な魔法なんだろう。
僕以外が入ってくるなんて恐怖でしかないので、登録者以外は入れないよう、結界も併せて設置した。
そうして魔道具と食糧を亜空間収納に溜め、新たな迷宮攻略に向けて、依頼票を眺める。
初心者の迷宮よりもう少しだけ難易度は高い、Dランク迷宮。けれど、中級者向けとまでにはならない、ちょうど良い迷宮。あ、あった。少し遠くて野営は必要そうだが、条件が良い。
僕は迷宮茸『走り茸』と、鳥の魔物『ネイジルクロウ』の卵の採取を受注して、今度は馬車で向かった。
次の迷宮は、『雨の迷宮』と言う。ひたすらずっと雨らしい。移動型の結界の腕輪をつけておけば問題は無さそうだが、見た目的に違和感が歩いているようなもの。大変よろしく無いので、一応雨具を身につけている。
入ってすぐに驚いた。入り口近辺は多くの人で賑わっていたからだ。
この迷宮は全五階層で、各階に転移陣が設置されているタイプらしい。親切。
そしてその転移陣のある周辺はセーフティゾーンとなっており、魔物は来ないし罠もない。そのため冒険者たちの休憩所になっているみたいだ。
転移陣をじっとみると、僕の使う転移の時のものに似ている。けれど、『誰』でも自分の意思で、『同時に何人』でも、『行ったところのあるところだけ』とかなんとか色々と条件があって……ふ、複雑だ。
僕が乗ってみても、当然ながら、なんにもならない。他の階層に行ったら試してみよう。
僕は休憩している人に話しかけてみた。少し歳上くらいの少年だ。
「こんにちは。ちょっと質問いいですか?」
「えっ?あ、うん。いいよ」
僕をみて少し驚いたような顔をしていたけど、すぐに快く頷いてくれた。
「なんで入ったばかりのところで休んでいるのですか?」
「あー、そっか、君は来たばかりなんだね。俺達は一通り探索してきて戻ってきたところなんだ。ずっと雨に打たれていると寒いし、火も使えないし、気が滅入ってくるんだよな」
「そうそう。だからここまで戻ってきて休憩中。君、かわいーね?一人?」
「そうなんですね、どうもありがとうございます」
「おっ、おう、」
「じゃあ僕来たばかりなんで、行ってきますね」
肩に乗せられた手をそっと外して、隠密を発動させる。すうっと消えるように移動を開始した。
ローブには快適に過ごせる魔術陣が入っているお陰で、寒さは感じない。数日おきに、定期的に掛け直す必要はあるものの、とっても便利だ。
結界によって頭上の少し上から雨は弾かれていて、パッと見は雨具によって防がれているように見えるだろう。
霧のようなモヤのある、薄暗い樹海を思い出させる鬱蒼とした森の中だ。ゴーストとか出そう。ひぇぇ。
『ろー、ゴーストは攻撃力ないから安心して』
『そうなんだっけ?』
『そうだよぉ。気分を悪くする呪いをかけてくるだけ。煩わしかったら光魔法浴びせて。すぐいなくなるよ』
『それはいい事を聞いた、ありがとう……おっと』
葉に隠れていた、毒蛇が飛び出してきたので躱す。足元が滑りそうなのもやりにくいなぁ。電気玉を投げつければ麻痺し、ポトリと落ちた。動かない間に強力睡眠薬を飲ませて細かい網の中に入れて、生きたまま背嚢の中に入れた。
『ええっ、何してるの、ろー?』
『毒蛇って毒腺があるから、薬師に売れると思って。下手に刺したら破っちゃいそうだから生きたまま持って帰るんだ。ついでに解体も教えてもらえるかなって、浅知恵です』
トア爺はあまりにお金が無かったため、蛇の毒腺という少しお高い素材は取り扱ってなかった。その為、僕もそのあたりの知識は少なかった。
『わー、びっくりした。そっか、亜空間収納だと死ぬからかぁ』
『そうそう。生きてても入れる亜空間、作れるみたいだけど、まだ成功していないんだ』
あの空間に関する魔法書には、そんな魔法も存在するらしかった。ただ、どんな条件の空間にするのか曖昧だったせいか、一度も成功していない。
『ろーなら、宿屋みたいに、たくさん部屋つくれそう。薬草の部屋、蛇の部屋、とか』
『わ、それなら出来そう!そっか、小さくていいんだ』
ここで試すには不用心なので、後で試してみようっと。出来そうな気がしてきた。背嚢の中に生きた蛇がいると言うのも嫌だしね。
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