泥ねずみと呼ばれた少年は、いっそ要塞に住みたい

カシナシ

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「うわっ……」


何匹かファングボアを倒した先に、何かブヒブヒと蠢くものがあった。その足の下に、ヒトの体の一部があった。バラバラになった、人だったもの。凄惨な現場に、込み上げるものがある。

吐き気を堪えてよく見ると、子供のファングボアが群がっていた。火球を飛ばして蹴散らす。

どうやら、落石の罠にかかってしまったようで、見事なまでに潰れていた。落石が砕けた破片がそこかしこに散らばっていて、かなり大きなものだったのだろうと分かる。天井を見上げれば、それなりの大きさの窪みもあった。あ……そうか。薄暗いし足元ばかり気にしていたか、この人一人だったからか、分からなかったのかもしれない。


「ねぇ、ギン、この罠、見抜けた?」

『うん!だって、石だもん!』

「そっか……」


魔力のない、機械的な罠は僕でも見つけるのは難しい。

手を合わせていると、ズズズと死体が消えていく。これが『吸収される』と言うことか。死体だけでなく、装備も何もかも、無くなっていく。

ああ、だから人を殺して装備を奪っても、刺し傷なんかが残る死体は迷宮に吸収されてしまうから分からないのか。

この人のおかげで、僕は警戒心を最大限まで引き上げた。

……迷宮の外で死んだ人をここに運び入れたらどうなるのかな、という疑問は残るけれど、きっと僕の考えるべきことではない。『所持品』と見做されて吸収されないといいな。でないと殺人犯が……ううん、何でもない。


間合いをとって、空間を結界で覆った。ギンに作り替えさせた装備を身につけて、剣はいつでも抜けるし、ギンにも警戒させている。

そうでなくても身体強化と隠密は、ほぼ常に作動している。だから普通の矢や針が飛んできても無傷でいられる自信はある。
けれど、小心者で、石橋を叩き壊すタイプの僕は、念には念を入れ過ぎるくらいで丁度良い。

脳内マッピングを続けていると、いつのまにか時間の感覚が無くなっていたことに気付く。予想以上に第一層は広くて、まだ階下へ降りる道を見つけていないけれど、とりあえず昼食にする。

角になっている石壁の安全を確かめて、屋台で買ってきたものを出して食べた。お湯を出して、お茶を作って喉を潤して、ようやく呼吸ができたような気がする。

ふう。やっぱり迷宮内では、食べている時も索敵を怠けることは出来ない。結界を張っている僕でもそうなのだ、他の人ならもっとピリピリ緊張し続けて疲れてしまうだろうな。それはパーティーを組んで、担当制にする方が安全だ。

つまりソロでやるならば、上手く緊張感を残しつつも、迷宮攻略まで気力が長続きするようにならないといけない?


『ろー、大丈夫~?ギンはねぇ、あっち行きたい!』

「そうなの?ちょっと待ってね……よし、忘れ物はないよね。行こう」


ひと休憩を入れると、ギンがるんるんで先行した。


立ち止まったと思ったら、ギンに向かって矢が飛ぶ。するとギンはぷちゅんと矢を取り込んで、食べた。……食べた?


『ギンはねぇ、大体溶かせるからね~』


そうぽよぽよと答えるギンに、焦燥感はない。まるで串刺しの団子のようなギン。団子の方が串を食べている。ちょっと絵面が悪いけど、ギンがそう言うなら大丈夫だ、きっと。


「そうなんだ。頼りになるね、ギン」

『ふふん!』


そう言ったギンに、また矢が打ち込まれた。事もな気にもちゅもちゅと吸収しているけど、それ、普通の人なら死んでるよね?

ぽよぽよとマイペースに進むギンは、行ったことのない道を知っているように進んでいる。これまでより、一回り狭い道。


角を曲がる直前、黒い塊が飛び出してきた!

ちゃんと警戒していた僕は、落ち着いて宙返りし、着地がてら首を落とした。ドスン、と大きな頭が転がる。


「ブラックファングボアだ!美味しいらしいよ」

『わぁ、楽しみ!ギンも食べるう!』

「そうだね。これは解体だけしてもらって、肉は頂こうか」


まるっと収納する。普通のファングボアは茶色の毛皮だけど、こいつは黒々として、艶もある。毛皮も売れそうな個体だった。
この黒い毛皮を利用し、闇に紛れて攻撃してくるので、初見さえ躱せばなんとかなる相手だね。

ギンはふんふんと機嫌良さげに進み続け、僕なら気付かない小部屋に案内してくれた。


『なんかいいのが入ってる気がする!んー、でも、罠も入ってる!』

「そうなの?ギン、開けられる?」

『もっちろん!』


針や矢が飛んできても、ギンのマシュマロボディは傷つかない。むしろ、どんな攻撃なら効くのか聞きたい所だ。

ギンが開けるのを、僕は魔力をたんまりこめた結界の中から見ていた。
プス、と針が四方八方に飛ぶ。いくつかはギンに刺さり、幾つかは結界に当たって落ちた。


『うわ、毒針だ。ろー、毒消し』

「はい。毒は効くんだね……」


ギンに直接毒消しポーションを注ぐ。声に緊張感がないのは、さほど強い毒では無かったからかな。


『はぁ、ろーのポーションおいし』

「ギン、まさかそれが目当て……?」

『う、いや、ちがうよ!一応ね!念のためだよ!死なないけど、ちょっとは痺れてたよ、えへへ……』


わたわたしているギン。怪しいね?ジッと見ていると話題を逸らすように、宝箱の中身を捧げてきた。


「んっと、小さな……指輪?」


この世界、鑑定魔法なんてものはない。だって、知識は湧いて出るものではなく、取り込まなくてはいけないから。自分の知る以上のことを知る魔法はないらしい。


「なんだろ、これ……呪いがかかっている感じはしないね」

『白金で出来てるよ!純度も良い!なかなかいいんじゃない?!そんなにたいした魔法はかかってないけど……』

「わかるの?」

『ロキ、これは付けてると体力が少しずつ回復する指輪よ!早速付けてみたら?』


マシロの声にも驚いた。えっ、結構すごいじゃないか。僕は早速指輪を人差し指に嵌めた。

輝く白金に、トパーズに似た小さな宝石が嵌め込まれている。無骨なデザインで良い。嵌めた瞬間何か変わった感じはしないが、また歩き出してしばらくすると、その効果が分かった。


「ん、確かに、疲れのたまるペースが遅いかも……?」

『うん、そんなに効果は大きく無いから分かりにくいだろうね~!』


ギンは僕の脳内でケラケラと笑った。うーん、まぁ、確かに微妙な回復具合だけど、無いよりは大分マシだと思う。


ギンにどんな毒が効くのかと聞くと、自分の吐き出す酸よりも強い毒、みたい。ほわっとしてて分からない。
とりあえずギンは毒も気にしないとね。

今日は第一層のマッピングを中心に、罠や宝箱の仕様も知れたし、ボアも10匹ほど収納出来たから、そろそろ出ようかな。
そう思って道を引き返していると。


「きゃぁぁあっ!!」

「おい、叫ぶなっ……!クソ、強い!」


そう騒いでいる集団がいた。


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