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しおりを挟む真っ青で震えの止まらない男の子たちを宥めすかして、なんとか冒険者ギルドに着くと、さすが、対応が早かった。簡単に状況を説明して、後のことはシガールさんにぽーんとお任せである。
……とばかりに帰ろうとすると、呼び止められた。
「ロキさん、助かりました。毎年ではないですが、やはり新人で亡くなる方はどうしてもいるんです。たまたま貴方が近くにいたことで、更なる被害者を出すことなく、迅速に連れ帰って頂いた。なかなか新人でそこまで出来る方はいないです。冒険者ギルドを代表して、お礼を申し上げます」
「……いえ、そんなことは、」
「今日はお疲れだと思います。宿に着くまで、警戒は怠らぬよう。気をつけて下さいね」
そう労わるような声色で、シガールさんは珍しくふんわりと微笑んだ。たしかに、疲れに関して僕は鈍いようだ。多少無理は効くと、宿屋の労働で知っているから。
「あっ、あの!」
そこに飛び込んできたのは、パーティーに勧誘されていた女の子だった。
「ありがとう、ございました……っ!あたし、ユノって言います!あなたがいなかったら、あたし、あたし、」
「いいえ。僕はちょうど、一角兎の討伐依頼を受けていたので……」
「お前……っ!お前!」
お、おう。そこにまた割り込んで来たのは、あのパーティーのリーダー的な男の子だ。赤褐色の髪を逆立てて、なぜか僕を睨んでいる。
「お前、あんなに近くにいたんだろ?!どうしてアリサの時、助けなかったんだ?!」
ぐさり。
ぐっと言葉が詰まる。
それは、助けるか助けないか、迷ったからだ。
冒険者同士で獲物の取り合いにならないよう、助けが要りそうな場面なら一声かけてから、というルールがある。僕はそれを知っていて、他の冒険者たちと小競り合いにならないよう気をつけていた。
もしあの時何も考えずに飛び出していたら間に合ったかもしれないけど、そこまでの判断力が無かった。
「あんな一瞬で簡単に殺せるんなら、アリサを助けられたはずだったろ?!なんでだ?!お前のっ、お前のせいで……っ!」
「それ以上言うなら、認識タグを剥奪しますよ」
その場にいた全員が、凍り付くような冷たい声。シガールさんだった。いつも優しく見守ってくれるシガールさんが、氷のように冷たい視線で少年を射抜いていた。
「アリサさんは残念でした。しかし、あなたのパーティーは何をしましたか?アリサさんが襲われて、次に狙われている子がいたのに、何かしましたか?」
「え……」
「彼のお陰で二人目の死者を出すことも、それ以上の魔物に襲われることなく帰ってこれたのですよ。あなた達だけなら、ぼうっと呆けている間に三人四人と皆殺しになっていたことでしょう、違いますか?」
「……そんな、」
「あなた方がしたことと言えば、そこの彼に助けられたのに、彼に言い掛かりを付けること。冒険者をする覚悟が、まるでありません。冒険者なら、自分の命に責任を持ち、人に委ねないこと。不安なら、先輩冒険者に教えを請うこと。このまま反省しないのなら、資格を剥奪します。少なくとも二ヶ月の活動停止を言い渡します」
「………………すみませんでした……」
ギリリと歯を食いしばり、悔しそうに謝られた。これはとてもじゃないけれど、悪いとは思っていないだろう。ただ、彼が反省しようとしまいと、僕には正直、関係ない。
もういいかなと足を踏み出せば、
「あっ、あの!あたしは、本当に感謝しています!ほんとうのほんとうに、ありがとうございました!」
「……どういたしまして。では、僕は疲れているので」
ぐいぐいと近寄ってくる女の子から逃げるように、僕は早足で宿へと向かい、何も食べずに寝た。
眩しいほどの朝日に照らされても、まだ、瞼は開けたくなかった。
何だか、あまり寝た気がしない。
女の子の胸に穴の空く瞬間が、何度も蘇る。
僕は気にしていないのに。
非情だと言われようが、女の子とは何も関係はないし、思い入れもない。
あの男の子に言われた事も、気にする必要はない。シガールさんだって、僕の働きは二人目以降の命を救ったと言ってくれた。
魔物避けを下げていたのに、効果が弱まっていたのか、あの個体には効かなかったのか。前者なら気をつけていればなんとかなったかもしれないけれど、それでもやっぱり、魔物避けを信頼し過ぎてはいけない。
あの子は自分が死ぬなんて、思う暇もなかっただろう。
僕だって、そう。18歳だった僕が何故死んだのか、いまだに分かっていない。高熱如きで死んだなんて信じられないけれど、恐らく合併症か何か、起こっていたとしてももう僕には分からない。
それでも、たしかにあの一瞬。
迷わなければ、確実に守れた命。
そう思うと、自分の指先から命が溢れていくような、後悔にも似た焦燥感に駆られてしまう。
「ロキ。大丈夫かー?朝飯、出来てるぞー?」
従業員の少年の声だ。昨日、目は合ったけど知らないふりをしてしまった。何だかとても疲れていて、余裕がなかった。
ギンは肩に乗ったまま、触手?腕を伸ばして僕の頭を撫でた。マシロは肩に乗って、すりすりと頬に擦り寄っている。二匹とも、僕が落ち込んでいると思ったのだろう。
……はたして、僕は落ち込んでいるのかな?何故?だって、落ち込む理由は無いはずだ。
「うん、今、行きます。ありがとう」
身支度を終えて階下へ降りると、エマちゃんや女将さん達が料理を運んでいる。
何一つ変わりない光景に、少しほっとして、配られた朝ごはんに手を付けた。
「……ん?どうしたの、エマちゃん」
「んーん、元気、出して」
黙々と食べていると、エマちゃんが小さなトマトをぽいっ、と皿に入れてくれた。ちょっとあったかいそれは、ポッケに入れていたのだろうか。
続けて、少年がおずおずと、僕の背中を叩く。
「君、何があったのか知らないけど。顔色悪いよ。今日は休んだら?」
「ふふ、んー、二人とも、ありがとう。そうだね、今日はぶらぶら……することにします」
「うん、その方がいい!」
優しい二人に励まされて、強張っていた体が解けるようだ。ふっと微笑むと、心なしか、食堂の雰囲気も柔らかくなった気がした。
今日はそろそろ湯船が出来た頃合いだから、引き取りに行こう。
そう思い立ち、陶器屋に行ってみると、素晴らしい出来の湯船が完成していた。
滑らかな表面でつるっつる。人が二人くらい入ってもぶつからないくらいの大きさ。内側に段差があるから、下半身だけ浸かる事もできる。
尽力してくれた職人たちにお礼を言って、なんとなく防具屋へ向かった。
即死攻撃に対する危機感が高まったからだ。
皮のベストでは、一角兎の攻撃すら防げない。かといって鎧だと重くて動けなくなる。
一角兎以外にも、毒を受けたら?小さな小さな針で気付かぬ内にさされたら?寝ている間に襲われたら?
初手さえ防げれば、あとは結界を張るなりなんなり出来るだろう。そう思って防具屋の親父に聞くと、
「お前は何と闘う気だ」
と鼻で笑って追い出されそうになった。ヒドイ。
「言っていることは理解する。お前、即死した奴でも見たのか?良くいるよ、身近なやつの死で怖気づくやつは、本当に、山ほどいる。脱落する奴もな。まぁ、警戒心を高めるのは悪いことじゃねえが…」
顔に深い傷跡を持つ、殺人鬼も逃げ出す顔の親父は言う。
「冒険者ってのはみんなそのリスクを負ってんだ。防具どうこうじゃねえ。知識が足りない。だから怖いんだろ。どの土地ではどんな魔物がいて、どんな攻撃をするか。お前は全然知らないから、怖いんだよ。怯えて外に出れなくなるくらいなら、勉強しろ
勉強」
親父はそうサラリと言い放つと、今度こそ僕を追い出した。
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