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ガサッ。草むらが不自然に動く。
「……一角兎だ」
目に止まらぬ速さで僕の脳天めがけて飛び出した、白い物体。
僕は手にしていた鉄剣で、滑らかに跳ねた。
もはや癖になっている身体強化のせいか、ランスさんに教わった剣捌きのおかげか。
それはちょうど首元だった。
僕の目には止まってさえ見える速度だったから、狙いを当てるのは簡単で。
勢いを失った一角兎の体がべしゃっ、と地面へ沈んだ。
あ、祝、初討伐。撒き散らされた血で、服が汚れてしまった。次からは避けないと。
意外と落ち着いている。前世、少しイキの良い貝――母は普通に調理してたけど――にすらびくついていた、箱入り息子な僕はもうすっかりいないと、実感してしまった。
こちらでは、宿屋の食堂でよく捌いていたから、血には慣れていた。
その上、一角兎についても頻繁に聞いていたんだ。『油断した奴の腹に風穴空いてた』って、本当に色々な冒険者が言う。
一角兎も、駆け出しの冒険者にとっては鬼門だ。鋭く固く尖った角に、一瞬で跳ね上がる脚力。普通のウサギと違って、臆病な個体は殆どいない。
だから見かけたら即、殺すのだ。
僕はその場で血抜きをして、また歩き出す。
寄ってくる虫は魔物でなくとも危険な奴が多い。毒を持っていたり、蚊のように血を吸って痒みを引き起こす奴。全部全部、身体に近付かせる前に剣を振って追い払う。
スライムも、倒しやすい代わりに殺気も弱く、気づきにくいのが難しい。一般的なスライムはアクアスライムといって、水色をしたぷにぷにの、大きいわらび餅のような姿をしている。大きなきゅるんとした、立派なおめめも付いているので斬りにくい。
臆病なスライムは放置し、酸を浴びせかけてくる個体は倒す。
ぷにっとした身体を真ん中で切り分けると、中央に小さな魔石があるのだ。それをすぐに抉り出さなきゃいけない。切り分けても、じわじわとまた増えてしまうからね。
それにしても、ぷにぷに。癒される。倒すけど。
マシロにあげる魔力を小さく調整し、思う通りの効果を得られるようにするのは難しかった。
六属性を試してみたけど、光属性が一番使いやすかった。闇、土、水もかなり使えて、使いにくかったのは風属性。そよ風しか出ない。火属性に至っては全くで、煙すら出なかった。
一つの属性しか使えないなんてことはなかったのは、多分マシロの精霊としての格が高いから……かもしれない。
火打ち石を出して、集めた薪に火をつけた。
飲水はコップ一杯分。思っていたより喉は渇いていて、ごくごくと飲み干した。少し甘さすら感じる綺麗な水は、旅には必需品。
それに、このくらいの魔法では、僕にとっては殆ど魔力を消費した感じがしないのもお得。
「お風呂、分かる?マシロ。あったかい湯船くらいの……そうそう!」
大量の水を空宙に浮かべて良い温度まで温めてもらう。そこにちゃぽんと入ると……。
「あ~……」
湯船だ。湯船なしの、お湯の塊だけど、湯船に浸かっている。
頭だけ出して、身体はお湯に包まれていた。
いつぶりだろう。前世ぶりだ。思い出してからは5年か。涙が出るほど幸せだ。
そう、鞭打たれることも、残飯を漁ることもない。今世で初めて味わった幸せだ。
「くあぁぁ……さいこう……マシロってば最高だよ~」
マシロは姿を現したりパッと消えたりする。今は僕が褒めたからか、頭の上でぴょんぴょんと跳ねていた。
淵のない湯船は浸かり辛いけれど、それでも非常に満足した。身体が芯から温まって、こびりついた脂や汚れでお湯が真っ黒になった。うわ、きったな。自分では綺麗にしていたつもりだったからショックだ。ひええ。そりゃ、臭いって言われても納得なくらいだ。
何度もお湯を換えて綺麗になった頃には、灰色だった髪は僅かに光り、銀色にも見えるようになった。
気分が良くなったので、バッサリと髪を切る。裁ち鋏で。
切れ味は良くないけど、なんとか見れる髪型に整えられたと思う。
お、弱火でじっくり焼いた一角兎の肉が良い頃合い。僕はそれにかぶりついた。
「~~~っ!おいしっ!!」
焼きたてほやほや。じゅわじゅわのパリパリ。
狩ってからさほど時間の経っていない新鮮な肉は、あの宿屋の食堂で出される肉とは比べられない程美味い。それに、あの人たちにバレないように急いで飲み下す必要もない。
調味料は一つもない。けれど、僕にとっては至上のご馳走を、お腹いっぱい堪能した。
「……一角兎だ」
目に止まらぬ速さで僕の脳天めがけて飛び出した、白い物体。
僕は手にしていた鉄剣で、滑らかに跳ねた。
もはや癖になっている身体強化のせいか、ランスさんに教わった剣捌きのおかげか。
それはちょうど首元だった。
僕の目には止まってさえ見える速度だったから、狙いを当てるのは簡単で。
勢いを失った一角兎の体がべしゃっ、と地面へ沈んだ。
あ、祝、初討伐。撒き散らされた血で、服が汚れてしまった。次からは避けないと。
意外と落ち着いている。前世、少しイキの良い貝――母は普通に調理してたけど――にすらびくついていた、箱入り息子な僕はもうすっかりいないと、実感してしまった。
こちらでは、宿屋の食堂でよく捌いていたから、血には慣れていた。
その上、一角兎についても頻繁に聞いていたんだ。『油断した奴の腹に風穴空いてた』って、本当に色々な冒険者が言う。
一角兎も、駆け出しの冒険者にとっては鬼門だ。鋭く固く尖った角に、一瞬で跳ね上がる脚力。普通のウサギと違って、臆病な個体は殆どいない。
だから見かけたら即、殺すのだ。
僕はその場で血抜きをして、また歩き出す。
寄ってくる虫は魔物でなくとも危険な奴が多い。毒を持っていたり、蚊のように血を吸って痒みを引き起こす奴。全部全部、身体に近付かせる前に剣を振って追い払う。
スライムも、倒しやすい代わりに殺気も弱く、気づきにくいのが難しい。一般的なスライムはアクアスライムといって、水色をしたぷにぷにの、大きいわらび餅のような姿をしている。大きなきゅるんとした、立派なおめめも付いているので斬りにくい。
臆病なスライムは放置し、酸を浴びせかけてくる個体は倒す。
ぷにっとした身体を真ん中で切り分けると、中央に小さな魔石があるのだ。それをすぐに抉り出さなきゃいけない。切り分けても、じわじわとまた増えてしまうからね。
それにしても、ぷにぷに。癒される。倒すけど。
マシロにあげる魔力を小さく調整し、思う通りの効果を得られるようにするのは難しかった。
六属性を試してみたけど、光属性が一番使いやすかった。闇、土、水もかなり使えて、使いにくかったのは風属性。そよ風しか出ない。火属性に至っては全くで、煙すら出なかった。
一つの属性しか使えないなんてことはなかったのは、多分マシロの精霊としての格が高いから……かもしれない。
火打ち石を出して、集めた薪に火をつけた。
飲水はコップ一杯分。思っていたより喉は渇いていて、ごくごくと飲み干した。少し甘さすら感じる綺麗な水は、旅には必需品。
それに、このくらいの魔法では、僕にとっては殆ど魔力を消費した感じがしないのもお得。
「お風呂、分かる?マシロ。あったかい湯船くらいの……そうそう!」
大量の水を空宙に浮かべて良い温度まで温めてもらう。そこにちゃぽんと入ると……。
「あ~……」
湯船だ。湯船なしの、お湯の塊だけど、湯船に浸かっている。
頭だけ出して、身体はお湯に包まれていた。
いつぶりだろう。前世ぶりだ。思い出してからは5年か。涙が出るほど幸せだ。
そう、鞭打たれることも、残飯を漁ることもない。今世で初めて味わった幸せだ。
「くあぁぁ……さいこう……マシロってば最高だよ~」
マシロは姿を現したりパッと消えたりする。今は僕が褒めたからか、頭の上でぴょんぴょんと跳ねていた。
淵のない湯船は浸かり辛いけれど、それでも非常に満足した。身体が芯から温まって、こびりついた脂や汚れでお湯が真っ黒になった。うわ、きったな。自分では綺麗にしていたつもりだったからショックだ。ひええ。そりゃ、臭いって言われても納得なくらいだ。
何度もお湯を換えて綺麗になった頃には、灰色だった髪は僅かに光り、銀色にも見えるようになった。
気分が良くなったので、バッサリと髪を切る。裁ち鋏で。
切れ味は良くないけど、なんとか見れる髪型に整えられたと思う。
お、弱火でじっくり焼いた一角兎の肉が良い頃合い。僕はそれにかぶりついた。
「~~~っ!おいしっ!!」
焼きたてほやほや。じゅわじゅわのパリパリ。
狩ってからさほど時間の経っていない新鮮な肉は、あの宿屋の食堂で出される肉とは比べられない程美味い。それに、あの人たちにバレないように急いで飲み下す必要もない。
調味料は一つもない。けれど、僕にとっては至上のご馳走を、お腹いっぱい堪能した。
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