上 下
12 / 158

11

しおりを挟む
ガサッ。草むらが不自然に動く。


「……一角兎ホーンラビットだ」


目に止まらぬ速さで僕の脳天めがけて飛び出した、白い物体。

僕は手にしていた鉄剣で、滑らかに跳ねた。
もはや癖になっている身体強化のせいか、ランスさんに教わった剣捌きのおかげか。

それはちょうど首元だった。
僕の目には止まってさえ見える速度だったから、狙いを当てるのは簡単で。

勢いを失った一角兎の体がべしゃっ、と地面へ沈んだ。

あ、祝、初討伐。撒き散らされた血で、服が汚れてしまった。次からは避けないと。

意外と落ち着いている。前世、少しイキの良い貝――母は普通に調理してたけど――にすらびくついていた、箱入り息子な僕はもうすっかりいないと、実感してしまった。

こちらでは、宿屋の食堂でよく捌いていたから、血には慣れていた。
その上、一角兎についても頻繁に聞いていたんだ。『油断した奴の腹に風穴空いてた』って、本当に色々な冒険者が言う。

一角兎も、駆け出しの冒険者にとっては鬼門だ。鋭く固く尖った角に、一瞬で跳ね上がる脚力。普通のウサギと違って、臆病な個体は殆どいない。

だから見かけたら即、殺すのだ。

僕はその場で血抜きをして、また歩き出す。
寄ってくる虫は魔物でなくとも危険な奴が多い。毒を持っていたり、蚊のように血を吸って痒みを引き起こす奴。全部全部、身体に近付かせる前に剣を振って追い払う。

スライムも、倒しやすい代わりに殺気も弱く、気づきにくいのが難しい。一般的なスライムはアクアスライムといって、水色をしたぷにぷにの、大きいわらび餅のような姿をしている。大きなきゅるんとした、立派なおめめも付いているので斬りにくい。
臆病なスライムは放置し、酸を浴びせかけてくる個体は倒す。

ぷにっとした身体を真ん中で切り分けると、中央に小さな魔石があるのだ。それをすぐに抉り出さなきゃいけない。切り分けても、じわじわとまた増えてしまうからね。

それにしても、ぷにぷに。癒される。倒すけど。













マシロにあげる魔力を小さく調整し、思う通りの効果を得られるようにするのは難しかった。

六属性を試してみたけど、光属性が一番使いやすかった。闇、土、水もかなり使えて、使いにくかったのは風属性。そよ風しか出ない。火属性に至っては全くで、煙すら出なかった。

一つの属性しか使えないなんてことはなかったのは、多分マシロの精霊としての格が高いから……かもしれない。







火打ち石を出して、集めた薪に火をつけた。
飲水はコップ一杯分。思っていたより喉は渇いていて、ごくごくと飲み干した。少し甘さすら感じる綺麗な水は、旅には必需品。
それに、このくらいの魔法では、僕にとっては殆ど魔力を消費した感じがしないのもお得。


「お風呂、分かる?マシロ。あったかい湯船くらいの……そうそう!」


大量の水を空宙に浮かべて良い温度まで温めてもらう。そこにちゃぽんと入ると……。


「あ~……」


湯船だ。湯船なしの、お湯の塊だけど、湯船に浸かっている。

頭だけ出して、身体はお湯に包まれていた。

いつぶりだろう。前世ぶりだ。思い出してからは5年か。涙が出るほど幸せだ。
そう、鞭打たれることも、残飯を漁ることもない。今世で初めて味わった幸せだ。


「くあぁぁ……さいこう……マシロってば最高だよ~」

マシロは姿を現したりパッと消えたりする。今は僕が褒めたからか、頭の上でぴょんぴょんと跳ねていた。


淵のない湯船は浸かり辛いけれど、それでも非常に満足した。身体が芯から温まって、こびりついた脂や汚れでお湯が真っ黒になった。うわ、きったな。自分では綺麗にしていたつもりだったからショックだ。ひええ。そりゃ、臭いって言われても納得なくらいだ。

何度もお湯を換えて綺麗になった頃には、灰色だった髪は僅かに光り、銀色にも見えるようになった。
気分が良くなったので、バッサリと髪を切る。裁ち鋏で。
切れ味は良くないけど、なんとか見れる髪型に整えられたと思う。

お、弱火でじっくり焼いた一角兎の肉が良い頃合い。僕はそれにかぶりついた。


「~~~っ!おいしっ!!」


焼きたてほやほや。じゅわじゅわのパリパリ。

狩ってからさほど時間の経っていない新鮮な肉は、あの宿屋の食堂で出される肉とは比べられない程美味い。それに、あの人たちにバレないように急いで飲み下す必要もない。

調味料は一つもない。けれど、僕にとっては至上のご馳走を、お腹いっぱい堪能した。

しおりを挟む
感想 62

あなたにおすすめの小説

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~

モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎ 飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。 保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。 そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。 召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。 強制的に放り込まれた異世界。 知らない土地、知らない人、知らない世界。 不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。 そんなほのぼのとした物語。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

処理中です...