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7 開封の儀

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明日はいよいよ、開封の儀だ。長かったぁ!

トア爺には一通り調薬を教わり終わっているし、ランスさんや冒険者のお兄さんたちから、技術は盗めるだけ盗んで、今では多少腕に自信が付いた。
まだそのランスさんには勝てていないけれど、これからの目標だ。

使える魔法は、自称、『身体強化』『隠密』『治癒』のみっつ。どれも自分で勝手に名付けたので、他の魔法がどんな感じなのかは知らない。

宿屋で身につけて良かったのは調理、かな。下準備や下処理はほとんど僕がしていて、旦那様はそれを完成させるだけ。忙しい時は僕も調理を担当するから、これだけでも、どこの食堂でも雇ってくれそう。
お掃除はもちろん、冒険者たちの噂話をちょこちょこと仕入れるのも上手になった。

魔畜臓の中に押し込み続けた魔力は、とんでもなく濃密になっていて、押しこむ頻度もかなり高くなっていた。それは、生まれる魔力も同じものだからだと思う。

魔力暴走をした時の魔力と比べたら?
感覚で言うなら、さらさらの牛乳だったのがバターになった、くらいの違いだ。

それがすこーしだけ流れ出して体内を満たしている。魔力の濃度が上がったからか、わざわざ意識して『治癒』をしなくても治ってしまう。

流石に古傷は意識をしないと治らないけれど、新しいものは傷跡も残らずに無くなる。
農作業をしているのに、肌は日焼けもせず、そばかすもシミもひとつもない絹肌だ。
顔は不細工なのにね。


トア爺のところでもらったお駄賃を貯めて、背嚢はいのうをひとつ、買った。
それに、宿屋でこつこつ集めたのが、古いシーツや火打ち石、綱や、何にでも使えそうな布、使っていない古い鍋や曲がったフォークやスプーンなど。

それらを背嚢に詰め込み、裏庭に隠しておいた。これで家を出る準備は万端である。

11歳になったマリーは、魔力の使い方を教わるために教会へ通うようになった。自由参加のもので、魔力を開封した後、希望者が通うものだ。
そこで教育されたのか、前よりもしずしずと歩くようになったし、大口を開けて笑うこともしなくなった。

そうした上品な皮を被っているのはストレスの溜まることらしく、もう何か理由付けをして体裁を整えることもなく、僕の背中を鞭でめちゃくちゃに打つようになった。

完全なる八つ当たり。サンドバックである。
僕、身体強化使えてなかったら死んでるよ?ってくらい激しいし、無駄に鞭使いが上達していることを実感した一年だった。









翌朝。

朝でもこの季節は日差しが強い。じわり、じわりと汗が浮かぶ。
今日は、村中の10歳の子が教会へ集まる日。僕はまだ暗い内から起き出して、パンパンに詰めた背嚢を背負って、まず、トア爺の所へ向かった。

まだ寝ているトア爺の家へずかずかと入って荷物を下ろし、勝手に茶を入れて一息する。長いこと入り浸っているのでもはや第二の家だね。

目をしょぼしょぼとさせて起きたトア爺に朝食を作って、最後の薬草を納品した。もうあの家には戻らないから、残った野菜達にはごめんと言ってきた。もう、君たちに水が与えられる事はない。と考えると切なくなるけれど、僕には最優先事項があった。

ここから逃げて、自由になること。


「じゃあ、行くかの」

「ありがとう、トア爺」


糸目だけどにっこり笑うと、トア爺もしわしわの微笑みを返してくれた。

教会へトア爺と並んで向かう。まだ涼しい午前中、少しずつ人が集まってきて、皆んなそわそわしているのを親にくすくすと笑われている。

孤児院の子もいる。以前会ったシスターとよく似ているけど、優しそうな人に背中をさすられている女の子は、可愛らしい顔を不安に真っ青にさせていた。

僕がその集まりに向かおうとすると、誰もが嫌そうな顔をした。
汚い、臭い、近寄るな。そんな視線が突き刺さる。

鼻に、眉間に皺を寄せ、ゴミ虫でも見るような顔をして、そそくさと離れようとしているので、僕もあまり近づかないように距離を取った。

ちなみに毎日体を水で清めているので臭くはない、と思う。服も毎日洗っている。確かに石鹸なんて気の利いたものはないので本当に臭かったらごめん。

でも、こんな遠くから顔を顰める彼らは皆、視覚的に――この顔の火傷痕で判断しているのだろう。前髪で隠していても、老人みたいな灰色の髪の僕は、悪い意味で有名だから。

トア爺が僕の手を握った。かさついた、でも力強い手だった。少しつんとした薬品の匂い。僕は心がぽかぽかしたような気がして、照れ臭くて、少し笑った。


「ひぃぃぃ!き、気持ち悪い……!」


僕を見て悲鳴を上げたのは、先程シスターに背中を撫でられていた美少女だった。


「わたし、あの子見てたら具合が悪くなっちゃうわ。シスター、どうしましょう」

「ええ、ええ、あの子は最後尾にしておけば視界に入ることはありません。リリー、安心しなさい」

「よかったわ、シスター、ありがとう」


そんなことを聞こえよがしに言われて、僕は何となく一番後ろに並んだ。トア爺の方からギリギリと不穏な音が聞こえてくるけど気のせいだ。

そうあの子に言われたって納得するほど、本当に、僕の顔はじっと見れば見るほど不安になるような顔。そうあっけらかんと受け止められるのは、前世らしき日本人の記憶があるからか。

もう前世の僕の名前も、顔もよく覚えていないのだけど、なんとなく鼻と唇の雰囲気から、前世の僕と同じような顔をしている気がする。
清潔感はある顔だったと思う。ずっと男子校だった上ガリ勉だったから、彼女が出来たことは無かった。嫌うなら嫌えばいいし、出来れば放っておいてくれたらいい。







綺麗なステンドグラスなどないけれど、木造の教会は、古びたライトグリーンの屋根が印象的。列になって中に入れば、シンプルで質素な、小さな教会だ。

礼拝堂は高めの天井になっていて、天使やら神様らしき絵が描かれている。意外とというべきか、かなり緻密で荘厳だった。

奥の正面には丸い玉を抱える女神の像。少し古びてひび割れた石膏の像に、丸い玉だけが生きているように透き通り、日差しを受けて煌めいた。

中央の祭壇には神父が待ち構えていて、集まった二十人以上いる子供たちへ厳かに話し出した。


「今日は神聖なる開封の儀を行います。成人はまだですが、今日からは魔力を使えるようになる人もいます。精霊の取り扱いには十分注意しなさい。もう、10歳のあなた方ならそれが出来る。そう、信じています」
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