1 / 158
0
しおりを挟む寒い、熱い、やっぱり、……寒い。
毛布を引き寄せようにも丈が足りない。直ぐに足が出てしまって、僕はぎゅっと体を縮めた。
ガタガタと震える身体をさすって暖を取ろうとする間に、こんなに高熱を出すのはいつぶりだろうと考える。
ああ、また母を心配させてしまう……。
ごく平凡な中流階級に産まれ、幼い頃は神童と呼ばれたけれどそれは田舎での話。難関中高一貫に通ってみれば、良くて上の下。それも、努力しても努力しても上には上がいて、遺伝子からやり直さないと勝てない友人たちに、いつしか『まぁ、いっか』と思うようになった。
それでも母は大喜びをしてくれて、家族の期待を一身に背負った気になった。一日の大半を勉強に費やしてギリギリ受かった名門大学。あと5点も落とせば不合格だったの、逆にすごいでしょ。
残り少ない高校生活を、友人たちと遊び尽くそうとして……羽目を外しすぎたみたい。
受験で体力の落ちた身体は、簡単に熱を出してしまった。
寒いなぁ。寒くてガタガタと震える。
母が帰ってきたら『あんた遊びすぎだからよ!ほら、さっさと布団にくるまって大人しくしときなさい!今日はお粥だからね!』と、布団に叩き込まれるに違いなかった。でも、母の卵粥は地味においしいから、いい。はやく、作ってくれないかな。
意識はだんだん薄れていって、……そしてまた浮上する。
なんだか、臭い。
あれ?いつも匂いには気を遣っていた方なのに、一晩寝付いただけでこんなに臭くなる?
違和感はそれだけではなかった。毛布が、なんとかファイバーの、もこもこの毛布じゃない。
ゴワゴワしていて、とにかく皮脂のニオイ。薄いし、ボロボロだ。え?と思って目を開けようとするも、まぶたが張り付いたように、僅かにしか開かない。
ほんの少し開いた視界。見覚えのない、古く朽ちそうな、木の板の壁。
え?どこ、ここ?
僕に起こっている異変は、場所だけではなかった。ものすごく、体調が悪い。
乗り物酔いに限りなく近い。吐き気すらあって、胃が空っぽで良かった。でないと、布団を汚してしまう。辛くて辛くて、元凶と思われる胸に手を当てる。
「は、あっ……、な、に……?」
胸の、心臓に近いところがぐるぐると、自分とは違う意志を持った生き物が、狂い踊っているような感覚。
その上、頭をガンガンと金槌で叩かれているような激しい頭痛。
全身の毛穴から汗が噴き出して止まらない。寒いのか熱いのか分からない。
ソレは、身体の中の小さな箱に押し込められているというのに、行儀良くは収まってくれないらしい。
身体の異常は間違いなく、コイツのせい。間違いなく。本能でわかる。
大人しくして!
僕の胸で大きな顔で暴れているソイツを、ぎゅっと、丸くして小さくする。
ジュッと胸の奥が熱くなった一瞬後、体内のその箱の中はより濃密なものに変わっていくのを感じた。おにぎりを作るように、全力で圧縮する。
箱の中はソイツが小さくなったお陰で、少し余裕が出来、ソレと共に身体の熱は引いていく。すう。
「は……、ふぅ……」
あー、辛かったぁ。
僕、そうだ、風邪引いて、自室にしている屋根裏部屋に放り込まれて……んん?
違う、久しぶりに遊んで興奮しすぎたんだ。
いやいや、下働きし過ぎて殆ど休めなくて、体調を悪くして……?
そこまで考えて、『僕』が二人いる事に気付く。
よ、よーし、落ち着け。僕。
一人は、日本人、男子高校生。受験が無事終わって、遊んだ際に熱を出していた。
もう一人は、宿の下働きで、ここの奥様と旦那様、看板娘に酷使されてボロボロの少年。昨日、誕生日だったから、多分5歳。
なんだか痒くて顔をボリボリと掻く。薄い皮膚は爪によってポロポロと剥がれて、空気に舞う。また痒くなると分かっているのに、掻かずにはいられない。
僕は顔にある、大きな火傷跡と共に生きている。まるで溶かされたように、顔の大部分は赤茶色に爛れ、目は殆ど開かないままに瞼は繋がっている。幸いなのは、視力はちゃんとあって、一応前は見えるということ。糸目というやつだ。
それでも表面は塞がっているのは、治癒魔法なんてお高いモノをかけてもらえたから。それは親が4才までいた時に、教えてもらった。
冒険者をしていた彼らは、ある日、この宿屋に僕を置いたまま居なくなった。
客観的に見れるようになった僕には分かる。冒険者が帰ってこないということは、『二度と』帰ってこないということ。
宿屋を営む中年夫婦は、そのまま僕をここに置いてくれている。屋根裏部屋に住まわせてもらえる代わりに、あらゆる雑用をして、一日に二度、十分ではないものの残飯をもらえた。
…………立派な奴隷だ。なんで?僕、何も悪いことなんてしていない。やっとこれから、花の大学生になって、一人暮らしもする予定だったのに。
なんとなく分かるのは、18歳だった僕も、この5歳の僕も、同じ僕だということ。そして現実を見れば……僕はもう、日本人ではなくこの世界の住人で。
もう戻れない。愛してくれた父と母。いつも面倒くさそうな顔をするけど、姉。それから、友人。もう会えないと理解をして、きゅっと痛む胸を抑えた。
ここは剣と魔法の世界。地球上のどこでもない、違った理のある世界に生まれついた模様。所謂、異世界転生というやつ……?
すとん、と腹落ちした時、僕は自分を自分と認識した。
タン、タン、タン。
跳ね上げた床板から顔を覗かせたのは、白髪の混じったグレーの頭。厳つい顔とモジャモジャの髭。次いで、歳の割にしっかりと鍛えられた身体。
「……トア爺」
「ロキ、具合はどうじゃ」
この付近一帯の良心を掻き集めて出来たのが、トア爺だ。貧しい子も診てくれるお医者さんで、宿屋家族から虐待紛いの扱いを受けている僕の事も、前々から気にしてくれている。
あ、ロキというのは僕の名前。いつも『あれ』とか『それ』呼ばわりされている僕のその名前を、トア爺だけは呼んでくれる。
「3日も眠っていたんじゃ。もうダメかと……」
「3日?昨日から、じゃないの?」
「まさか。魔力暴走を起こしかけてのぅ」
僕の、床に直接敷いたシーツの横に胡座をかいて、トア爺は僕の小さな手を握った。三日も寝ていたのか。通りで体が重すぎる。というか良く、看病もなしに乗り越えられたなぁ。自分の生命力に感心すると共に、聞き慣れない単語に首を傾げる。
「トア爺、まりょくぼうそうって?」
「魔力を封印しておる子の中には、魔力が多過ぎて、魔畜臓が魔力を封じ続けられなくなることがあるんじゃ」
トア爺は僕の糸目みたいな目をこじ開けさせたり、喉の奥をじっと見たりしながら教えてくれた。
人には魔畜臓と呼ばれる、魔力を貯めておく器が体内にあるらしい。らしいというのは、死亡後解体しても見つけられないから。
幼いうちは不用意に魔力を使わせないよう、魔畜臓は封じられる。母親のお腹にいる時に。そして10歳になる年に、教会へ行って『開封の儀』を受けると、魔力が使えるようになる。
トア爺が言うには、僕は成長とともに魔力が増え過ぎて、魔畜臓の貯められる量を越えてしまいそうだったらしい。
「ふむ。今は何故か落ち着いておるが……近いうち、また同じことが起こるじゃろう。そうなれば次は、お前さんは死ぬ。……おそらく、三ヶ月以内に」
え、死ぬの、僕。
92
お気に入りに追加
717
あなたにおすすめの小説
「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。
桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」
この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。
※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。
※1回の投稿文字数は少な目です。
※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。
表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年10月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
1ページの文字数は少な目です。
約4500文字程度の番外編です。
バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`)
ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑)
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

婚約破棄された国から追放された聖女は隣国で幸せを掴みます。
なつめ猫
ファンタジー
王太子殿下の卒業パーティで婚約破棄を告げられた公爵令嬢アマーリエは、王太子より国から出ていけと脅されてしまう。
王妃としての教育を受けてきたアマーリエは、女神により転生させられた日本人であり世界で唯一の精霊魔法と聖女の力を持つ稀有な存在であったが、国に愛想を尽かし他国へと出ていってしまうのだった。

運命の番?棄てたのは貴方です
ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。
番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。
※自己設定満載ですので気を付けてください。
※性描写はないですが、一線を越える個所もあります
※多少の残酷表現あります。
以上2点からセルフレイティング

子爵家の長男ですが魔法適性が皆無だったので孤児院に預けられました。変化魔法があれば魔法適性なんて無くても無問題!
八神
ファンタジー
主人公『リデック・ゼルハイト』は子爵家の長男として産まれたが、検査によって『魔法適性が一切無い』と判明したため父親である当主の判断で孤児院に預けられた。
『魔法適性』とは読んで字のごとく魔法を扱う適性である。
魔力を持つ人間には差はあれど基本的にみんな生まれつき様々な属性の魔法適性が備わっている。
しかし例外というのはどの世界にも存在し、魔力を持つ人間の中にもごく稀に魔法適性が全くない状態で産まれてくる人も…
そんな主人公、リデックが5歳になったある日…ふと前世の記憶を思い出し、魔法適性に関係の無い変化魔法に目をつける。
しかしその魔法は『魔物に変身する』というもので人々からはあまり好意的に思われていない魔法だった。
…はたして主人公の運命やいかに…
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?

兄を溺愛する母に捨てられたので私は家族を捨てる事にします!
ユウ
恋愛
幼い頃から兄を溺愛する母。
自由奔放で独身貴族を貫いていた兄がようやく結婚を決めた。
しかし、兄の結婚で全てが崩壊する事になった。
「今すぐこの邸から出て行ってくれる?遺産相続も放棄して」
「は?」
母の我儘に振り回され同居し世話をして来たのに理不尽な理由で邸から追い出されることになったマリーは自分勝手な母に愛想が尽きた。
「もう縁を切ろう」
「マリー」
家族は夫だけだと思い領地を離れることにしたそんな中。
義母から同居を願い出られることになり、マリー達は義母の元に身を寄せることになった。
対するマリーの母は念願の新生活と思いきや、思ったように進まず新たな嫁はびっくり箱のような人物で生活にも支障が起きた事でマリーを呼び戻そうとするも。
「無理ですわ。王都から領地まで遠すぎます」
都合の良い時だけ利用する母に愛情はない。
「お兄様にお任せします」
実母よりも大事にしてくれる義母と夫を優先しすることにしたのだった。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる