泥ねずみと呼ばれた少年は、いっそ要塞に住みたい

カシナシ

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寒い、熱い、やっぱり、……寒い。

毛布を引き寄せようにも丈が足りない。直ぐに足が出てしまって、僕はぎゅっと体を縮めた。
ガタガタと震える身体をさすって暖を取ろうとする間に、こんなに高熱を出すのはいつぶりだろうと考える。
ああ、また母を心配させてしまう……。


ごく平凡な中流階級に産まれ、幼い頃は神童と呼ばれたけれどそれは田舎での話。難関中高一貫に通ってみれば、良くて上の下。それも、努力しても努力しても上には上がいて、遺伝子からやり直さないと勝てない友人たちに、いつしか『まぁ、いっか』と思うようになった。

それでも母は大喜びをしてくれて、家族の期待を一身に背負った気になった。一日の大半を勉強に費やしてギリギリ受かった名門大学。あと5点も落とせば不合格だったの、逆にすごいでしょ。

残り少ない高校生活を、友人たちと遊び尽くそうとして……羽目を外しすぎたみたい。
受験で体力の落ちた身体は、簡単に熱を出してしまった。

寒いなぁ。寒くてガタガタと震える。

母が帰ってきたら『あんた遊びすぎだからよ!ほら、さっさと布団にくるまって大人しくしときなさい!今日はお粥だからね!』と、布団に叩き込まれるに違いなかった。でも、母の卵粥は地味においしいから、いい。はやく、作ってくれないかな。

意識はだんだん薄れていって、……そしてまた浮上する。

なんだか、臭い。

あれ?いつも匂いには気を遣っていた方なのに、一晩寝付いただけでこんなに臭くなる?

違和感はそれだけではなかった。毛布が、なんとかファイバーの、もこもこの毛布じゃない。

ゴワゴワしていて、とにかく皮脂のニオイ。薄いし、ボロボロだ。え?と思って目を開けようとするも、まぶたが張り付いたように、僅かにしか開かない。

ほんの少し開いた視界。見覚えのない、古く朽ちそうな、木の板の壁。

え?どこ、ここ?

僕に起こっている異変は、場所だけではなかった。ものすごく、体調が悪い。

乗り物酔いに限りなく近い。吐き気すらあって、胃が空っぽで良かった。でないと、布団を汚してしまう。辛くて辛くて、元凶と思われる胸に手を当てる。

「は、あっ……、な、に……?」

胸の、心臓に近いところがぐるぐると、自分とは違う意志を持った生き物が、狂い踊っているような感覚。
その上、頭をガンガンと金槌で叩かれているような激しい頭痛。

全身の毛穴から汗が噴き出して止まらない。寒いのか熱いのか分からない。

ソレは、身体の中の小さな箱に押し込められているというのに、行儀良くは収まってくれないらしい。

身体の異常は間違いなく、コイツのせい。間違いなく。本能でわかる。

大人しくして!

僕の胸で大きな顔で暴れているソイツを、ぎゅっと、丸くして小さくする。

ジュッと胸の奥が熱くなった一瞬後、体内のその箱の中はより濃密なものに変わっていくのを感じた。おにぎりを作るように、全力で圧縮する。

箱の中はソイツが小さくなったお陰で、少し余裕が出来、ソレと共に身体の熱は引いていく。すう。

「は……、ふぅ……」

あー、辛かったぁ。
僕、そうだ、風邪引いて、自室にしている屋根裏部屋に放り込まれて……んん?

違う、久しぶりに遊んで興奮しすぎたんだ。

いやいや、下働きし過ぎて殆ど休めなくて、体調を悪くして……?


そこまで考えて、『僕』が二人いる事に気付く。
よ、よーし、落ち着け。僕。


一人は、日本人、男子高校生。受験が無事終わって、遊んだ際に熱を出していた。

もう一人は、宿の下働きで、ここの奥様と旦那様、看板娘に酷使されてボロボロの少年。昨日、誕生日だったから、多分5歳。

なんだか痒くて顔をボリボリと掻く。薄い皮膚は爪によってポロポロと剥がれて、空気に舞う。また痒くなると分かっているのに、掻かずにはいられない。

僕は顔にある、大きな火傷跡と共に生きている。まるで溶かされたように、顔の大部分は赤茶色に爛れ、目は殆ど開かないままに瞼は繋がっている。幸いなのは、視力はちゃんとあって、一応前は見えるということ。糸目というやつだ。

それでも表面は塞がっているのは、治癒魔法なんてお高いモノをかけてもらえたから。それは親が4才までいた時に、教えてもらった。

冒険者をしていた彼らは、ある日、この宿屋に僕を置いたまま居なくなった。
客観的に見れるようになった僕には分かる。冒険者が帰ってこないということは、『二度と』帰ってこないということ。

宿屋を営む中年夫婦は、そのまま僕をここに置いてくれている。屋根裏部屋に住まわせてもらえる代わりに、あらゆる雑用をして、一日に二度、十分ではないものの残飯をもらえた。

…………立派な奴隷だ。なんで?僕、何も悪いことなんてしていない。やっとこれから、花の大学生になって、一人暮らしもする予定だったのに。

なんとなく分かるのは、18歳だった僕も、この5歳の僕も、同じ僕だということ。そして現実を見れば……僕はもう、日本人ではなくこの世界の住人で。

もう戻れない。愛してくれた父と母。いつも面倒くさそうな顔をするけど、姉。それから、友人。もう会えないと理解をして、きゅっと痛む胸を抑えた。

ここは剣と魔法の世界。地球上のどこでもない、違った理のある世界に生まれついた模様。所謂、異世界転生というやつ……?
すとん、と腹落ちした時、僕は自分を自分と認識した。

タン、タン、タン。



跳ね上げた床板から顔を覗かせたのは、白髪の混じったグレーの頭。厳つい顔とモジャモジャの髭。次いで、歳の割にしっかりと鍛えられた身体。

「……トア爺」

「ロキ、具合はどうじゃ」

この付近一帯の良心を掻き集めて出来たのが、トア爺だ。貧しい子も診てくれるお医者さんで、宿屋家族から虐待紛いの扱いを受けている僕の事も、前々から気にしてくれている。
あ、ロキというのは僕の名前。いつも『あれ』とか『それ』呼ばわりされている僕のその名前を、トア爺だけは呼んでくれる。

「3日も眠っていたんじゃ。もうダメかと……」

「3日?昨日から、じゃないの?」

「まさか。魔力暴走を起こしかけてのぅ」

僕の、床に直接敷いたシーツの横に胡座をかいて、トア爺は僕の小さな手を握った。三日も寝ていたのか。通りで体が重すぎる。というか良く、看病もなしに乗り越えられたなぁ。自分の生命力に感心すると共に、聞き慣れない単語に首を傾げる。

「トア爺、まりょくぼうそうって?」

「魔力を封印しておる子の中には、魔力が多過ぎて、魔畜臓が魔力を封じ続けられなくなることがあるんじゃ」

トア爺は僕の糸目みたいな目をこじ開けさせたり、喉の奥をじっと見たりしながら教えてくれた。

人には魔畜臓と呼ばれる、魔力を貯めておく器が体内にあるらしい。らしいというのは、死亡後解体しても見つけられないから。

幼いうちは不用意に魔力を使わせないよう、魔畜臓は封じられる。母親のお腹にいる時に。そして10歳になる年に、教会へ行って『開封の儀』を受けると、魔力が使えるようになる。

トア爺が言うには、僕は成長とともに魔力が増え過ぎて、魔畜臓の貯められる量を越えてしまいそうだったらしい。

「ふむ。今は何故か落ち着いておるが……近いうち、また同じことが起こるじゃろう。そうなれば次は、お前さんは死ぬ。……おそらく、三ヶ月以内に」

え、死ぬの、僕。

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