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本編
27 ジキル・ミント
しおりを挟む猫は好きだが、人間は基本的に嫌いだ。けれどもそれでは、宰相などというものにはなれない。
ぼくはそれを理解する程度には賢く、対応策として、人間を猫だと思って生きていた。
ぼくに寄ってくるのは、盛りの付いた仔猫ちゃんたちと思えば、まあまあ可愛いじゃないか。男はみんな、大なり小なりボス猫。縄張りを荒らさないよう、こちらも荒らされないよう、気をつけて。面倒だけど、プライドをくすぐってやれば簡単に操れる。
エカテリーナ嬢は……どこにでもいる、特別なところなど無い普通のご令嬢だと思っていたのに、いつ頃からか。唇を合わせるようになっていた。
このぼくが時期を覚えていないなんて、今考えればありえないことだ。それなのにズルズルと、アレキウスに罪悪感を覚えながらもエカテリーナ嬢の唇を見ると、葛藤の挙句触れてしまうようになっていた。
それでもアレキウスから奪おうだなんて思っていなかったから、彼ら二人を支えるためならこの身を捧げたっていいと、勤しんでいた。
そうして日々忙しくしていたら、いつの間にか婚約者に振られていた。なんでも、“八方美人すぎる”とか、“義務的すぎる”と言われて。事実すぎてぐうの音も出なかった。親父と同じようにはなるまいと思っていたのに、結局似てしまっているようだ。
大体、忙しすぎるんだ。学園の勉強、宰相業務の引き継ぎ、剣術の嗜みに人脈作り、それに本もたくさん読みたいし、本物のにゃんことも遊びたい。婚約者に構っている場合じゃない。
……まさか、仔猫だと思っていたエカテリーナ嬢が、立派な雌猫だったとは。油断しすぎだ、ぼく。
ぼくたちは聖者によって浄化されて、アレキウスと共に証拠集めをしている所。エカテリーナ嬢に影響されている人が多すぎて、候補が絞れずに難航している。いっそのこと、ロロくん、一気に国中を浄化して欲しい。……証拠が、無くなってしまうから出来ない相談だ。
ロローツィア・マカロンはどことなく猫に似ている。顔が似ている訳ではなくて、雰囲気だと思う。
人間は猫ほど自由ではないのに、ロロくんは自由だ。正確に言えば、ロロくんは男爵令息だし、聖者としての仕事もある。全く自由ではない。それなのに、ふわふわと空を泳ぎどこへでも行ってしまいそうな、そんな雰囲気があった。
自由で、時に迷惑で、でも憎めない。ただそこに存在するだけで愛される。ぼくは猫のそんなところが好きなんだけれど、それは、まさにロロくんのことのようだ。
羨ましい。ぼくは、そうはなれなかった。ぼくは後継として優秀だから、愛されているだけ。そうでなければ、放り出されていただろう。
だから、ちょっとだけ気になるのかな……。
窓の外をちらりと見ると、魔術学をやっている一年生のクラスが見える。ショーンの赤頭と、ロロくんの頭は分かりやすい。
エカテリーナ嬢にデレデレしているショーンとは違い、ロロくんは真剣に講義を受けている。微笑ましいなぁと頬が緩んだ時、ロロくんから神々しい光が漏れ出て、それは龍の形を形成した。
…………すごい…………。
ロロくんの剣術の授業も、こっそり見ていたけれど、あの脳筋のショーンに立ち向かっていた。結果は負けてはいたけれど、十分賞賛に値する。あの小さな体はまさに仔猫のようなのに、内側には虎を飼っているようだ。
トク、と鼓動が妙に跳ねる。
「ロロくん……」
もっと、話してみたいような。それは、アレキウスも言っていた。分かる。ロロくんは、人を惹きつける魅力がある。
それこそエカテリーナ嬢が警告していた『国を破滅させる』可能性は……無いか。ぼくたちは話しかけないようにする、と言ってホッとしていたくらいなんだ。あれは少し傷付いた。
むしろエカテリーナ嬢に魅了されていた少し前の方が、危機的状況だった。アレキウスも彼女に散財していたし。でも今は、正気に戻ったぼくがいる。
ぼくとしたことが、エカテリーナ嬢のことでアレキウスには借りを作っている。もしアレキウスがロロくんと婚約をしたいのなら、協力をしないと。ぼくは、ロロくんに手を伸ばす資格なんかない。無いんだ……。
***
ショーンもまた浄化されると、ぼくと同じように混乱に陥っていた。うんうん、そうなるよねぇ……。
アレキウスに頼まれ、ショーンを自室に連れていくと、ボスン、と枕を殴り出した。
「~~ッ、クソッ!クソクソッ!クソがァアッ!!!」
枕に同情する。彼は拳でしか感情を発露出来ないのかな?ショーンの枕がとても頑丈で良かった、というかむしろこうなるから頑丈にしているのかも。
しばらく椅子に座ってのんびり待っていると、ショーンは疲れてきたのかハァハァと息を荒げ、ポスンと寝台へ大の字になった。
「どう、気分は。すっきりしたかい?」
「最悪だ。いくらおれでも、ダチの婚約者になんか手出さねえよ……」
「そうなんだ。それは意外だ。君なら本能に従って手を出しそうなものだけど」
「おれを何だと思ってやがる。友情は裏切らねぇよ」
ショーンはぼくをギロリと睨み、汗を拭いた。ぼくの思っているショーンは、確かに友情に篤い男。そして嘘のつけない素直な性格だから、ぼくやアレキウスが重宝しているのだ。
「これを言わないのはフェアじゃないから言うけれど、ぼくも、アレキウスを裏切っていたんだ。そしてアレキウスもまた、【浄化】をされて思考力が戻ったと言っていた。これから考えると……」
「ハッ!まてよ、それならまさか、ロロがなにかしたんじゃ……っ」
「君はおばかか?今と浄化前、どちらの思考がマトモなんだ」
「そ、そうだった」
はぁ、とため息をつきながら説明する。エカテリーナ嬢周辺が限りなく怪しいが、浄化されているのはまだアレキウス、ぼく、ショーンだけ。向こうの仲間に気付かれると証拠を隠滅されるかもしれないので、慎重に浄化を進めないといけないということ。
ぼくとアレキウスは、態度が変わらないよう気をつけつつも、エカテリーナ嬢から貰う食べ物は食べないようにしたり、接触は最小限にするよう努めている。
……ただ、ショーンの出来ることは、限られている。
難しい顔をしているショーンだが、ぼくたちは君のことを良く知っているんだ。長い付き合いだもの。
「君、これまで通りに振る舞えるかい?間違ってもロロくんに浄化されたなんて言うんじゃないよ?エカテリーナ嬢の陣営にバレたのなら、ロロくんが危ない」
「あ……っ、お、おれに、演技をしろってか!?」
「……期待はしてないけど、そうだな。これまで通りにデレデレ出来ないのなら、いっそ嫌われるように仕向ける、とか。エカテリーナ嬢は、不潔な男は嫌いなはずだよ」
「捨て身にもほどがあるだろ!?てか、不潔な男は全人類嫌いだろうが」
「ははっ、流石に知っていたか」
「おめー……」
イライラしながらも、すっかり元の調子に戻ってきたみたいだ。ショーンはピコン!と閃いたかのように、突然手を叩く。
「あ!おれ、ロロの監視しろって言われているし、『監視してる』、でロロに貼りつけば良くね?」
「……君にしては、いいかもしれないね……」
なにそれ、ズルい。ぼくだって監視役の一人なのに。
どこか納得いかないのは、ぼくの個人的感情。それを意識して削ぎ落とし、同意した。演技の出来なさそうなショーンには、いいと思う。
ショーンがロロくんにはりつくなら、ぼくは順当に言ってオーランドだ。彼は聖者が婚約者だからこそ側近候補とされているけれど、側近となれるほどの秀でた何かは示せていない。
申し訳ないけれど、彼は捨て駒にさせてもらおう。
ぼくやショーンより、エカテリーナ嬢にハマっている感じもする。ぼくがエカテリーナ嬢なら、自分に従順なオーランドを使わない手はない。
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