僕は人畜無害の男爵子息なので、放っておいてもらっていいですか

カシナシ

文字の大きさ
上 下
27 / 76
本編

27 ジキル・ミント

しおりを挟む


 猫は好きだが、人間は基本的に嫌いだ。けれどもそれでは、宰相などというものにはなれない。

 ぼくはそれを理解する程度には賢く、対応策として、人間を猫だと思って生きていた。

 ぼくに寄ってくるのは、盛りの付いた仔猫ちゃんたちと思えば、まあまあ可愛いじゃないか。男はみんな、大なり小なりボス猫。縄張りを荒らさないよう、こちらも荒らされないよう、気をつけて。面倒だけど、プライドをくすぐってやれば簡単に操れる。

 エカテリーナ嬢は……どこにでもいる、特別なところなど無い普通のご令嬢こねこだと思っていたのに、いつ頃からか。唇を合わせるようになっていた。

 このぼくが時期を覚えていないなんて、今考えればありえないことだ。それなのにズルズルと、アレキウスに罪悪感を覚えながらもエカテリーナ嬢の唇を見ると、葛藤の挙句触れてしまうようになっていた。



 それでもアレキウスから奪おうだなんて思っていなかったから、彼ら二人を支えるためならこの身を捧げたっていいと、勤しんでいた。



 そうして日々忙しくしていたら、いつの間にか婚約者に振られていた。なんでも、“八方美人すぎる”とか、“義務的すぎる”と言われて。事実すぎてぐうの音も出なかった。親父と同じようにはなるまいと思っていたのに、結局似てしまっているようだ。

 大体、忙しすぎるんだ。学園の勉強、宰相業務の引き継ぎ、剣術の嗜みに人脈作り、それに本もたくさん読みたいし、本物のにゃんことも遊びたい。婚約者に構っている場合じゃない。


 ……まさか、仔猫だと思っていたエカテリーナ嬢が、立派な雌猫だったとは。油断しすぎだ、ぼく。


 ぼくたちは聖者によって浄化されて、アレキウスと共に証拠集めをしている所。エカテリーナ嬢に影響されている人が多すぎて、候補が絞れずに難航している。いっそのこと、ロロくん、一気に国中を浄化して欲しい。……証拠が、無くなってしまうから出来ない相談だ。



 ロローツィア・マカロンはどことなく猫に似ている。顔が似ている訳ではなくて、雰囲気だと思う。

 人間は猫ほど自由ではないのに、ロロくんは自由だ。正確に言えば、ロロくんは男爵令息だし、聖者としての仕事もある。全く自由ではない。それなのに、ふわふわと空を泳ぎどこへでも行ってしまいそうな、そんな雰囲気があった。

 自由で、時に迷惑で、でも憎めない。ただそこに存在するだけで愛される。ぼくは猫のそんなところが好きなんだけれど、それは、まさにロロくんのことのようだ。


 羨ましい。ぼくは、そうはなれなかった。ぼくは後継として優秀だから、愛されているだけ。そうでなければ、放り出されていただろう。

 だから、ちょっとだけ気になるのかな……。


 窓の外をちらりと見ると、魔術学をやっている一年生のクラスが見える。ショーンの赤頭と、ロロくんの頭は分かりやすい。

 エカテリーナ嬢にデレデレしているショーンとは違い、ロロくんは真剣に講義を受けている。微笑ましいなぁと頬が緩んだ時、ロロくんから神々しい光が漏れ出て、それは龍の形を形成した。


 …………すごい…………。


 ロロくんの剣術の授業も、こっそり見ていたけれど、あの脳筋のショーンに立ち向かっていた。結果は負けてはいたけれど、十分賞賛に値する。あの小さな体はまさに仔猫のようなのに、内側には虎を飼っているようだ。


 トク、と鼓動が妙に跳ねる。


「ロロくん……」


 もっと、話してみたいような。それは、アレキウスも言っていた。分かる。ロロくんは、人を惹きつける魅力がある。

 それこそエカテリーナ嬢が警告していた『国を破滅させる』可能性は……無いか。ぼくたちは話しかけないようにする、と言ってホッとしていたくらいなんだ。あれは少し傷付いた。

 むしろエカテリーナ嬢に魅了されていた少し前の方が、危機的状況だった。アレキウスも彼女に散財していたし。でも今は、正気に戻ったぼくがいる。

 ぼくとしたことが、エカテリーナ嬢のことでアレキウスには借りを作っている。もしアレキウスがロロくんと婚約をしたいのなら、協力をしないと。ぼくは、ロロくんに手を伸ばす資格なんかない。無いんだ……。







***






 ショーンもまた浄化されると、ぼくと同じように混乱に陥っていた。うんうん、そうなるよねぇ……。
 アレキウスに頼まれ、ショーンを自室に連れていくと、ボスン、と枕を殴り出した。


「~~ッ、クソッ!クソクソッ!クソがァアッ!!!」


 枕に同情する。彼は拳でしか感情を発露出来ないのかな?ショーンの枕がとても頑丈で良かった、というかむしろこうなるから頑丈にしているのかも。

 しばらく椅子に座ってのんびり待っていると、ショーンは疲れてきたのかハァハァと息を荒げ、ポスンと寝台へ大の字になった。


「どう、気分は。すっきりしたかい?」

「最悪だ。いくらおれでも、ダチの婚約者になんか手出さねえよ……」

「そうなんだ。それは意外だ。君なら本能に従って手を出しそうなものだけど」

「おれを何だと思ってやがる。友情は裏切らねぇよ」


 ショーンはぼくをギロリと睨み、汗を拭いた。ぼくの思っているショーンは、確かに友情に篤い男。そして嘘のつけない素直な性格だから、ぼくやアレキウスが重宝しているのだ。


「これを言わないのはフェアじゃないから言うけれど、ぼくも、アレキウスを裏切っていたんだ。そしてアレキウスもまた、【浄化】をされて思考力が戻ったと言っていた。これから考えると……」

「ハッ!まてよ、それならまさか、ロロがなにかしたんじゃ……っ」

「君はおばかか?今と浄化前、どちらの思考がマトモなんだ」

「そ、そうだった」


 はぁ、とため息をつきながら説明する。エカテリーナ嬢周辺が限りなく怪しいが、浄化されているのはまだアレキウス、ぼく、ショーンだけ。向こうの仲間に気付かれると証拠を隠滅されるかもしれないので、慎重に浄化を進めないといけないということ。

 ぼくとアレキウスは、態度が変わらないよう気をつけつつも、エカテリーナ嬢から貰う食べ物は食べないようにしたり、接触は最小限にするよう努めている。

 ……ただ、ショーンの出来ることは、限られている。

 難しい顔をしているショーンだが、ぼくたちは君のことを良く知っているんだ。長い付き合いだもの。


「君、これまで通りに振る舞えるかい?間違ってもロロくんに浄化されたなんて言うんじゃないよ?エカテリーナ嬢の陣営にバレたのなら、ロロくんが危ない」

「あ……っ、お、おれに、演技をしろってか!?」

「……期待はしてないけど、そうだな。これまで通りにデレデレ出来ないのなら、いっそ嫌われるように仕向ける、とか。エカテリーナ嬢は、不潔な男は嫌いなはずだよ」

「捨て身にもほどがあるだろ!?てか、不潔な男は全人類嫌いだろうが」

「ははっ、流石に知っていたか」

「おめー……」


 イライラしながらも、すっかり元の調子に戻ってきたみたいだ。ショーンはピコン!と閃いたかのように、突然手を叩く。


「あ!おれ、ロロの監視しろって言われているし、『監視してる』、でロロに貼りつけば良くね?」

「……君にしては、いいかもしれないね……」


 なにそれ、ズルい。ぼくだって監視役の一人なのに。

 どこか納得いかないのは、ぼくの個人的感情。それを意識して削ぎ落とし、同意した。演技の出来なさそうなショーンには、いいと思う。


 ショーンがロロくんにはりつくなら、ぼくは順当に言ってオーランドだ。彼は聖者ロロくんが婚約者だからこそ側近とされているけれど、側近となれるほどの秀でた何かは示せていない。


 申し訳ないけれど、彼は捨て駒にさせてもらおう。


 ぼくやショーンより、エカテリーナ嬢にハマっている感じもする。ぼくがエカテリーナ嬢なら、自分に従順なオーランドを使わない手はない。




 
しおりを挟む
感想 143

あなたにおすすめの小説

僕はただの平民なのに、やたら敵視されています

カシナシ
BL
僕はド田舎出身の定食屋の息子。貴族の学園に特待生枠で通っている。ちょっと光属性の魔法が使えるだけの平凡で善良な平民だ。 平民の肩身は狭いけれど、だんだん周りにも馴染んできた所。 真面目に勉強をしているだけなのに、何故か公爵令嬢に目をつけられてしまったようでーー?

実はαだった俺、逃げることにした。

るるらら
BL
 俺はアルディウス。とある貴族の生まれだが今は冒険者として悠々自適に暮らす26歳!  実は俺には秘密があって、前世の記憶があるんだ。日本という島国で暮らす一般人(サラリーマン)だったよな。事故で死んでしまったけど、今は転生して自由気ままに生きている。  一人で生きるようになって数十年。過去の人間達とはすっかり縁も切れてこのまま独身を貫いて生きていくんだろうなと思っていた矢先、事件が起きたんだ!  前世持ち特級Sランク冒険者(α)とヤンデレストーカー化した幼馴染(α→Ω)の追いかけっ子ラブ?ストーリー。 !注意! 初のオメガバース作品。 ゆるゆる設定です。運命の番はおとぎ話のようなもので主人公が暮らす時代には存在しないとされています。 バースが突然変異した設定ですので、無理だと思われたらスッとページを閉じましょう。 !ごめんなさい! 幼馴染だった王子様の嘆き3 の前に 復活した俺に不穏な影1 を更新してしまいました!申し訳ありません。新たに更新しましたので確認してみてください!

【完結】僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。 ⭐︎表紙イラストは針山糸様に描いていただきました

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

【完結】伯爵家当主になりますので、お飾りの婚約者の僕は早く捨てて下さいね?

MEIKO
BL
【完結】そのうち番外編更新予定。伯爵家次男のマリンは、公爵家嫡男のミシェルの婚約者として一緒に過ごしているが実際はお飾りの存在だ。そんなマリンは池に落ちたショックで前世は日本人の男子で今この世界が小説の中なんだと気付いた。マズい!このままだとミシェルから婚約破棄されて路頭に迷うだけだ┉。僕はそこから前世の特技を活かしてお金を貯め、ミシェルに愛する人が現れるその日に備えだす。2年後、万全の備えと新たな朗報を得た僕は、もう婚約破棄してもらっていいんですけど?ってミシェルに告げた。なのに対象外のはずの僕に未練たらたらなの何で!? ※R対象話には『*』マーク付けますが、後半付近まで出て来ない予定です。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

【完結】婚約破棄したのに幼馴染の執着がちょっと尋常じゃなかった。

天城
BL
子供の頃、天使のように可愛かった第三王子のハロルド。しかし今は令嬢達に熱い視線を向けられる美青年に成長していた。 成績優秀、眉目秀麗、騎士団の演習では負けなしの完璧な王子の姿が今のハロルドの現実だった。 まだ少女のように可愛かったころに求婚され、婚約した幼馴染のギルバートに申し訳なくなったハロルドは、婚約破棄を決意する。 黒髪黒目の無口な幼馴染(攻め)×金髪青瞳美形第三王子(受け)。前後編の2話完結。番外編を不定期更新中。

処理中です...