僕は人畜無害の男爵子息なので、放っておいてもらっていいですか

カシナシ

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番外編(と言いつつ番号順)

74 新婚(2)

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「ユーリス、冗談は顔だけにしろ。ロローツィアが本気にする」

「えー?ボクは本当のことにしてもらっても構わないけどー?ってか、顔はフツーに綺麗でしょぉ?失礼だなっ!」


 一瞬で、先ほどまで感じていた、困るくらいの幸福感が引いていく。どゆこと、愛人?で、なんで、僕のグレイの腕にしがみついて、身体を押し付けているの?

 グレイも迷惑そうに引き離そうとしているのだけど、いつか見た侵入蛸スパイオクトのようにくねくねとして、なかなか剥がせないでいるみたい。


「ユーリスは、俺の恩師の息子さんだ。たまに飯を一緒に食べるくらいの仲であって、……どうしたユーリス、お前飲み過ぎなんじゃないか」

「ええー!?ボクとリヒトは一緒にお風呂入ったり、ご飯食べさせあう仲でしょ~?ほら、あ~ん……」


 ユーリスさんは、とっても色っぽく流し目をしながら、近くにあったブドウを一粒、摘んでみせた。ううっ、僕には出せない艶やかな色香に、嫉妬だ……。

 イライラしていたのもあって、僕は簡単に挑発に乗る。グレイに差し出されたブドウは僕が噛み付くように食べてやって、遮るように間に立った。


「僕だって、グレイと一緒にお風呂に入ったことあります!あ~んしたことも、されたこともありますから!」

「ふぅぅんっ?でもさぁ、新婦ちゃんは見るからに……マグロでしょ?ボクみたいに熟練の方がさぁ、リヒトを楽しませられると思うんだよねぇ。ね、リヒト」


 まぐろ……?なんだって?おさかな?


「リヒト、新婦ちゃんに飽きたらボクを呼んでよ。絶対ハマると思うんだよねぇ。ね!決まり!」


 なにそれ、勝手にそんなこと決めないで!


「ぼ、僕だって、僕だって、」


 僕がぐっと下唇を噛んだ時、グレイの手がふんわりと触れる。そしておもむろに口付けると、舌を差し入れてきたのだ。
 びっくりして、もう唇を噛んでいる場合じゃない!ここ、人前!宴会の!真っ最中だよ!


「ロローツィア、噛むな。傷付いてしまう」

「はふっ、ん……っ、ふ、ふぁ……」


 くちゅくちゅと噛んだ跡をなぞるように優しく喰まれて、気がつけばしっかり深いキスになっていた。腰を掴まれているので仰反るしかなくて、みんなが見てるよと言いたくても塞がれてしまっている。

 ユーリスさんが何か言っているのに、全然耳に入らない。ああ、くらくらしてきた……。


「もうっ!いつまでチュッチュしてるのさ!リヒト!分かったから、もうやめてよぉおおお!」


 僕が息を荒げて身体を離した時、ユーリスさんは泣いていた。それはもう、号泣と表現してもいいくらいに。


「ボクの方が!ずっとずっとリヒトを好きでいたのにっ!どうしてポッと出の奴と結婚なんかしているんだよ!」

「お前、そんなこと一言も言ってないだろう……、知らん」

「わぁぁああ!人でなし!!」


 ユーリスさんは泣き叫んで、バタバタと出ていった。嵐のような人だ……。

 僕はグレイに支えてもらいながら立ち直ると、グレイをジト目で見つめる。


「長年、グレイの側にユーリスさんがいたってこと?グレイを好きな人が、近くにいたってこと、だよね?」

「近くでは、ない。恩師が連れてきた時だけだし、普段のユーリスはああではなかっ……」

「……中座させていただきますっ!」


 グレイの手から逃れると、僕は控え室へ駆け込み、鍵をかけた。
 なんだか無性にイライラする。すごく、嫌な気持ちだ。

 頭では理解しているんだ。グレイはにぶチンなだけ。ユーリスさんからの好意に気付かなかったのは、グレイが悪い訳じゃない。

 それに、あれだけ格好良い人なのだからモテるのも必然。ユーリスさんだけではなく、たくさんの人たちを魅了してきたと思うもの。いちいちヤキモチ妬いていたら焦げて身が持たない。

 ……でも、ユーリスさんはきっと、これからも近くにいる。恩師の息子さんなら、無碍には出来ないのだろう。グレイは、『普段はああじゃない』と擁護していた。


「ううっ、なんでなんでなんで……っ」


 理解と感情はバラバラだ。かあっ、と苛立ちで頭が熱くて、今グレイに会ったのならひどいことを言ってしまいそうで、怖い。僕ってば温厚で穏やかなタイプなのに、こうも振り回されてしまうなんて。

 コンコン、とノック音がする。


「……俺だ。開けてくれないか」

「…………ごめんね。今は……会えない」

「少しだけでも」

「少しだけ、一人にしてくれる?」


 そう言うと、ぱた、ぱた、とグレイが遠ざかっていく気配がした。そうさせたのは自分なのに、寂しくて、自己嫌悪に陥る。



 しばらくするとまた、ノック音がした。今度は、グレイではなかった。


「ロローツィアちゃん。ごめんね、わたしで。少しだけ、いいかしら?」

「お義母さま……」


 泣き腫らした顔で扉を開けると、お義母さまは『なんてこと!』と慌てていた。すぐさま冷やしたタオルを持って来てくれて、優しい。素敵なお義母さまだ。

 自分の感情の整理もつかない僕に、ゆったりと話しかけてくれる。


「さっきはグレイリヒトが、ごめんなさい。あの子、本当にロローツィアちゃん以外、基本的にどうでもいいのよ」

「……えっ?」

「でもそれではいけないと教育されたから、なんとか取り繕っているだけ。本質的には無感情で無執着の、お人形さんみたいな息子だったの」

「そうなんですか……?」


 とっても困ったのよ、とお義母さんは頬に手を当てて、微笑んだ。


「言ったことは素直に取り組むし、期待した以上の成果を出すけれど、それだけ。自分からしたい!っていう意欲が無くて、わたしたちはオロオロしたものよ。婚約者を決めなかったのも、それが原因。きっと受け入れるだろうけど、淡々とした結婚生活になりそうでね。わたしたちも恋愛結婚だったし、グレイリヒトには恋をしてもらいたかったの」

「こい……」

「そうよ。だから、ロローツィアちゃんと出会って、恋をして、変わったあの子がとっても誇らしいわ。全部、ロローツィアちゃんのおかげなの。ユーリス?あの人のことは忘れてちょうだい。もう二度と会わせないようにしておくわ」

「えっ!そ、それは……」


 いいのかな。グレイの、おともだちだったんじゃないかな。僕のヤキモチで、おともだちを無くさせてしまうのは、あんまりに申し訳ない。


「僕は、グレイの交友関係に口を出したくはないんです。ただ、ちょっと……嫌だなって、思っているだけで……」

「あら。じゃあそれを、グレイリヒトに伝えましょう?思っているだけじゃ、グレイリヒトも分からないもの。ね?きっとあの子は、ユーリスを切り捨てると思うわ」

「…………はい………」








 “あなたのおともだちが、嫌です”。

 それを言う勇気は、なかなか、出なかった。

 それでも宴は関係なしに続く。移動をして、お披露目をして、乾杯をして、また移動。夜はお父様とお母様、それから5人の弟たちと騒いで笑ってスコンと寝て。

 いよいよ宴の最終日。進行に隙間が出来て、しどろもどろになりながらも、僕はようやくグレイに話しかけることが出来た。


「グレイ、あのね……ユーリスさんのことなんだけど……」

「奴とは縁を切らせてもらうことにした」

「僕、嫌だなって……え?」


 あ、あれ?何か今、時空がねじれたのかな?

 驚きに目を見張ると、グレイはとても不愉快そうな表情を露わにしていた。






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