僕は人畜無害の男爵子息なので、放っておいてもらっていいですか

カシナシ

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本編

33 落涙

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 上級剣術でかいた汗を流しに、一旦寮の自室へと戻る。それだけのために、グレイが心配してついて来てくれた。グレイも上級剣術の授業にいたのに、汗一つかいていない涼しい顔をして、なんだか狡い。


「今のロローツィアは危険すぎる。汗がシャツまで濡らして……透けている」

「えっ、わっ!?み、見ないで!?」


 僕の胸から目を逸らすグレイ。慌てて前を隠すと、グレイはフッ、と笑った。


「俺が逸らしても、他の野郎の目もある。早く着替えてこい」

「わ、分かった!」


 シャワールームに押し込まれて、素直に体を洗う。ふう、気持ちいい。滝のようにかいた汗も、石鹸の泡と共に流れていく。

 ふと、僕は自分の貧相な体を眺めた。表層は、すこーしだけ筋肉がついてそれなりに割れて見えるけど、情けないほど薄くて細い。オメガだからかな。ヒートが来たから、これからもっとオメガらしく……つまり、このなけなしの筋肉も消えてしまうのかな。


 いや、王妃殿下のようなケースもある。努力をすればきっと、無くさないで済むかもしれない。


 グレイの身体は、凄い。夢で見るような逆三角形スタイルだ。ショーン様よりは細身だけど、密度がぎっしりと詰まってシュッとした感じ。
 僕が彫刻家ならモデルにしたいくらい、スタイルが良いのだ。


「うう……」


 急激に情けなくなって、涙が滲んできてしまった。なんで?こんなの、泣くほどじゃないのに!
 なにこれ、なにこれ、と慌てているうちにどんどん涙が溢れでてきてしまって、シャワーで洗い流しているのに止まらない。


『ロローツィア?大丈夫か?』


 シャワールームの外で、グレイの声がする。


「だ、だいじょうぶ!ちょっと時間かかる、かも、ごめんね」


 慌てて返事をするも、我ながら鼻声になってしまった。気付かれなかっただろうか。
 僕は何か体がおかしくなってしまったんじゃないかと、自分に治癒を施した。けれど、何も入っていかない。つまり正常。健康で元気な状態なのに、こんなに涙脆いのはおかしいはず。

 泣きたい気持ちがようやくおさまって、シャワーから出る。何事も無かったように、笑わなくちゃ。


「お待たせ!ごめんね。手間取っちゃって」

「……ロローツィア?」

「さ、ご飯、食べに行こ。遅れちゃったよね」

「待て」


 すると、グレイは僕に近付いてくる。えと……?
 きゅっと細められたワインレッドの瞳。僕は怖気付き、じりじりと後退した。シャワールームの扉に背中が当たる。
 グレイの手が僕の頬に伸びた。


「な、なに……」

「ロローツィア、目元が赤い。辛いことが?」

「えっ……、」


 少ししゃがんだグレイは僕に手を伸ばそうとし、迷った挙句、ぽん、ぽん、と頭を撫でた。子供を慰めるかのような、でも、優しい手付き。


「グレイ……?」

「俺の前では、取り繕うな。俺だって、君に助けられた。ロローツィアが辛い時や困っている時、なんだって力になりたいんだ」

「……ありがとう……」


 グレイのせいで、また泣けてきてしまった。何でかは僕だって分からないから、きっとグレイのせい。


 グレイのハンカチをぐっしょりと濡らしてやって、すっかり気分が晴れたのは内緒だ。











 隣のクラスでは、グレイがほんの少し冒険譚を聞かせただけで、一躍ヒーローのような扱いになったらしい。

 謹慎中のオーランドの存在などすっかりさっぱり忘れてしまったようなクラスメイトに呆れながらも、側近としての指示は全うしたみたい。僕がオーランドに薬を盛られたという噂より、グレイがどれだけの魔物を倒し、危険を乗り越え、入学にこぎつけたのかの武勇伝が話題となった。


 そんなグレイは、時間さえあれば僕から離れない。


 歩く時も僕の腰に手を添えるから、背中があったかくて硬くて、どこかからギリギリと睨まれているのも忘れちゃうくらいに、心臓が騒がしい。距離が近いのは、僕が転んだりしやすくなってしまったから。
 精霊さんからの悪戯は相変わらずなのに、ヒートが来る前より機敏に反応出来なくなってしまったんだ。僕が怪我をしないようにと心配してくれているのだ。

 そうと分かっているのに、動機、息切れ、眩暈……、やっぱりまだ、体調は落ち着かないみたい。体調だけじゃなく、情緒もぐらぐら不安定だ。

 僕が胸を押さえていると、グレイは穏やかな口調で言った。


「外野が煩いのは、じきに収まる。少しだけ我慢してくれ」

「じきに……?」


 周囲を見渡すグレイの横顔は、とても険しいものだった。










『グレイリヒト・シュトーレンには、婚約者がいない』。

 ーーーーそれはなぜか。理想が高すぎるからだ。

 しばらくして、そんな噂が駆け巡っていた。


「辺境伯領で生き抜くのに相応しい体力と知力とサバイバル能力、それから逞しくカリスマ性があって一食に五人前を食べて毎日2時間睡眠で働ける人間……?人間、なの?」


 言っていても引き攣る口端。グレイはいつも通り、ほとんど動かない表情で、淡々と昼食を食べている。もう、ちゃんと一人前の量に戻ったみたいで良かった。


「もちろん本気ではないが、そう言っておくと誰も近付いてこないから楽でいい。仮に近付いてきても『魔物を狩れるのか』と聞けばいい。楽だ」

「本気……じゃ、ないんだね」

「そうでなくっちゃ、おれがグレイリヒトの理想像みたいで気持ち悪ぃだろ?」


 ショーン様が『ウヘェ』という顔をして、グレイも嫌そうな顔をした。


「お前の存在を忘れてた。だが睡眠時間は違うだろう?」

「まぁな。一日10時間は寝てぇ」

「あと知力にも疑問がある」

「うっせぇな!補って余りあるカリスマ性があるだろ!?」

「そうか……?」


 そんな二人を見て、僕も顔が緩む。

 僕は体力とサバイバル能力はあるけれど、頭はそこそこだしカリスマ性も筋肉も自信なく、食べれても二人分が限界だ。睡眠時間は聖域をどうにか改造したらいけるかな……、なんて、ちょっと考えてしまった。


 そしてそんなグレイに、秋波しゅうはを送る人はいなくなったみたい。ほっ。……ほっ?










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