僕は人畜無害の男爵子息なので、放っておいてもらっていいですか

カシナシ

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本編

18 聖域

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 思わずびくりと肩を揺らした。目を合わせられないのに、オーランドはつかつかとやってきて僕の腕を掴む。昨日、口付けのために押さえつけられたことを思い出し、顔が引き攣る。


「待ってた。昨日は、ごめん」

「オーランド。私が見えないのかな?私もロローツィアに用があるのだが」

「殿下の用が何にしろ、婚約者同士を引き裂くなんて、まさかしませんよね?今、オレたちは大事な時期なんです」

「私だって人の命のかかっている大事な話だ。今日は遠慮してもらおうか。大体、“ごめん”なんて軽い謝罪を受け入れてもらえるなど、ロローツィアに甘えすぎではないか?」


 肉に食い込みそうなほどオーランドに掴まれた手首を、アレキウス様が払ってくれる。うう、痛かった。

 怒肩いかりがたの殿下の背中に隠されたまま、オーランドと殿下のピリピリした会話を聞く。


「……殿下に、何が分かるのですか。オレたちの間に挟まらないでください」

「いいや、ロローツィアはウチの大事な聖者だ。いくらでも挟まらせてもらおう。昨夜迎えに行った時、ロローツィアは腰を抜かしていたし、顔が青いを通り越して真っ白だった。何をしたのか知らないが、暴力でも振るったのではないか、と推察していたんだ」

「暴力!?そんな、婚約者にそんなこと、するわけがありません!白かったのは、もともと彼が色白だからで」


 オーランドは動揺し、叫ぶように抗議する。
 けれど、“暴力”と聞いて、すとん、と納得してしまった自分がいた。

 いくら婚約者とはいえ、望んでいない、口付け。頭を掴まれて動けなかったし、今だって腕を強く掴まれた。

 それを、オーランドはこれっぽちも暴力と認識していないけれど、僕にとっては恐怖に値する。


「……オーランド。怖かったよ。それに、悲しかった。オーランドは、僕の気持ちなんてどうでもいいんでしょう。まさかあんなことをされて、僕が喜ぶとは思っていなかったよね?だから、謝ってくれたんだよね?」

「突っ走ってしまったんだっ!ロローツィアを大事にしたいのに、出来なくてすまなかった。けど!お前があんなことを言うから……っ!」

「そうだとしても!僕、エカテリーナ様と間接的に口付けなんて、したくなかった」

「なっ!ろ、ロローツィア!それはっ!ちが……」


 ピキリ、と空気が凍る。あっ。うっかり口から出てしまったけれど、エカテリーナ様はアレキウス様の婚約者だったんだった。これ、結構マズイ失言だったのでは?

 恐る恐る見上げると、アレキウス様はゾッとするような微笑みを湛えて、優しく言った。


「どういうことだ?口付けを……オーランド、この件は後日じっくり聞かせてもらおう。今は、別件だ。……逃げられると思うなよ」

「殿下。わたしが聞いておきましょうか。わたしも気にな……」

「いや、今はいい。緊急の用事が先だ」

「……はい」


 ジキル先輩は間に入ろうとしたものの、もっと大事な要件があるらしい。一体何なのだろう?

 アレキウス殿下に促されて調合室を離れるまで、オーランドはずっと僕を睨みつけていた。








 正直、アレキウス様が間に入ってくれて助かった。
 まるで見知らぬ人のように変わってしまったオーランドと、どう接すればいいのか分からなかったから。


 有り難くて拝みながら着いていく。昨日のように診療所へ連れて行かれると思ったら、違った。

 足を踏み入れたことのない、寮棟の一角。扉の間隔はかなり開いていて、このフロアには贅沢にも、4つの部屋しかないことが分かる。


「このフロアは私、ショーン、ジキルが入っている。もう一つがここで、空き部屋だった」

「すごい……豪華ですね。流石です」

「ここにグレイリヒトを運び入れた」

「へ?」


 アレキウス様はゴゴンと雑なノックをして中へ入る。広い空間の端に、診療所よりもよほど高級で、ゆったりとした寝台に横たわるグレイがいた。

 ……診療所の簡素な部屋より、よほど似合う。眠れる城の王子。そうタイトルを付けたいくらい。

 グレイは一瞬死んでいるのかと思うくらいに、静かな寝息をたてていた。でも良かった、顔色はかなり良くなっている。


「今は寝ているが、起きた時に言っていたそうだ。『楽園のようだった』と。ロローツィア、そこで仕事だ」

「もしかして……」

「グレイリヒトが復学するまで、ここで就寝して欲しい」


 あちゃー。昨日の【聖域】による効果が大きかったから、かな。




 よく使う【治癒】は、身体的に不足している部分を満たしていく。怪我とか、欠損とかだけでなく、病までも。だから、“ついでに色々治る”のだ。

 欠けたパズルのピースを埋めるような感覚っていうのかな。そんな感じ。

 それに比べると、【聖域】は穏やかな点滴のようなもの。疲労回復効果は、間違いなくグレイの回復を早めるだろう。


 ただし、デメリットがある。【聖域】に入れておくということは、僕も同じ空間にいるということ。それも、就寝しているから無防備の状態で。

 寝ている間、【聖域】にいることで安心して眠れるのに、そこに患者とはいえ他人がいると思ったら……ちょっと、遠慮したい。

 グレイは良い人だと思うし、警戒する必要は無いのだけど、これは僕の問題。兄弟みんなでひしめき合って寝ていた頃の反動で、一人寝が大好きになってしまったんだ。

 それに、冒険者をしていると色々あったから……。

 ちょっと顔を顰めてアレキウス様を見上げると、先に口を開かれる。


「どうも、ロローツィアと一緒に寝ると、とても良い睡眠を取れるらしい。ああ、同じ寝台という訳ではないぞ、ちゃんと別の、新品を用意した」


 アレキウス様は誇らしげに逆側の隅を指し示す。そこには、まるでプリンセスが生まれるお花のように、夢夢しい寝台が置いてある。……まさか、あれに、寝ろって?


 花弁のような寝台周りのヒラヒラは、桃色のグラデーションで彩られ、ポコポコと柔らかそうな綿もくっつけられている。物語に出てくる小さなお姫様が寝るのなら、きっとさぞかし絵になるだろう。……あのー、僕では、ちょっと。

 ほら、ジキル先輩もジト目で殿下を見ている。やっぱりおかしい……よね?


「ヴァンドーラ・アッペルの新作、『アレイムの夢』ラインの高級寝台だぞ。寝心地は保証する」

「……あの、落ち着かなくて寝られそうにありませんが……何故あれをチョイスしたんですか……」

。何より、ここでうとうとするロローツィアを見……と、とにかく。これは報酬の一部だから、受け取ってくれ」


 に、二回も言わなくても。いつになく殿下の押しが強い。確かに肌触りは良さそうだし、寝てしまえば大事なのは寝心地だけで、外観は関係ない、か。せっかく用意して頂いたのだしね。


「しかし、僕には婚約者がいます。同室で寝るというのは……」

「それも、グレイリヒト付きの侍従兼護衛が控えているから大丈夫だ。何も起こらないし、起こらせない。オーランドにもこちらから伝えておこう。彼は、君のこととなると少し熱くなりすぎるらしいしな」

「すみません。お手数をおかけします」


 報酬も出ることだし、彼の身の回りの世話は侍従さんがしてくれる。僕がすることはいつも通り【聖域】を張って寝ることだけ。

 それによく考えてみれば、僕の寮室はオンボロだし、訳のわからない男の人たちもくるし、もしかしたらオーランドに押し入られてしまう。セキュリティの高いこの部屋で寝起き出来ることは有難いことだった。


 ……と、素直に感謝の気持ちを伝えた所、アレキウス様は青ざめてしまった。









 
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